精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
2 / 228
一章

1-2 説明して貰おうか、我が妹よ

しおりを挟む
 いつの間にか駅には到着していたらしい。
 お帰り、オレの意識。
 お帰り、胃液を吐き出さない胃袋。
 ただいま、美味しい空気。

「説明して貰おうか、我が妹よ」
「正当な報酬は貰った」

 ベンチにぐったりと身体を預けたオレの質問に、スティアはこんな時だけ可愛らしい笑顔を浮かべて返す。

「詳しく話して貰おうか、我が妹よ」
「二人分の汽車の運賃にはなった」

 オレは、大きな大きなため息を吐いた。
 ベンチで風にあたりながら精神の回復を図るオレがいるのは、駅のホーム。
 ここには、駅員の他に少女が二人いた。一人はオレの妹であるスティア(守銭奴)、もう一人は先程の巨乳ちびっこ大魔法使い(糖分の悪魔)である。

 汽車に乗っていた大方の客は、オレの意識が復活するまでの間にそれぞれ必要な所へ旅立って行ったらしい。そんな中で、巨乳ちびっこ大魔法使いがここにいるというのはおかしな話である。
 それにより、オレはすぐに理解した。妹がなんらかの小遣い稼ぎをしている、と。

「あ、あの。あたし、ネメシア・ツェーン・ディーしゅたべークっていいましゅ」

 噛んだ。思いっきり、自分の名前を。
 これは、オレ達精術師せいじゅつしでは考えられないような暴挙だ。なぜなら名前は力なのだ。
 特に苗字は、家に居てくれる精霊そのものの名前。それを間違えるのは、とんでもなく失礼だ。

 ちなみに、精術師というのは彼女のような魔法使いの前に活躍していた、魔法っつーか、精術せいじゅつを使う家系の者の事である。
 世界には精霊というものが存在し、それら全てが自然を司り、オレ達の生活を支えてくれている。その精霊を視認し、自然現象サービスを受ける事が出来るのが、オレとスティアのような精術師の家系の者だ。
 同じ精霊というくくりにするにはちょっとポジションは違うが、人の強い欲などから発生する、シュヴェルツェという名の黒い蛇も存在する。この蛇は一度倒しても何度も復活するし、復活する度に人間を唆してあくどい事をさせては喜ぶ性悪だ。
 親父の代に一度復活していて、その時は大変だったとか何とか。
 この、人間の汚さの塊が精霊化したやつをその都度倒すのも、精術師の仕事の一つ。だが、その役割すら忘れられ、それぞれの家系は衰退の一途をたどっていた。親父の時からそんなに長い時間が流れている訳でもないだろうに、よくもまぁそれだけ都合よく忘れられるものだ。

 まぁ、残っている家は、精術師としての誇りを胸に、今も色々している……はずだが、全員もれなく就職難に陥っている可能性が高い。
 理由は、魔法使いという、精術とは違う魔法を使う事が出来る存在が現れたからだ。おかげで(嫌味)、オレ達精術師は過去の産物と成り果ててしまったのである。
 オレ達の生まれる前にはもう、精術師は昔の魔法使いとして馬鹿にされるような存在になっていた。そうなってしまうと、精術師の仕事で食いつなぐ事は難しくなった。
 短くまとめよう、人生ハードモード。対して、ネメシアのような大魔法使いは人生イージーモード。羨ましい限りだ。

「……でースターヴぇーきゅっちぇいいます!」

 俺が長々と脳内で自分の事について考えている内に、巨乳ちびっこ大魔法使いは言い直してまた噛んだ。何だこいつ。舌に鉛でもつけてるのか?

「でぃーしゅたーべーく! ……うぅぅぅ」

 ついに言い切れなくて涙目になり始めた。幼さが抜け落ちることなく成長してしまった顔に涙が浮かぶと、小さな子を虐めた気分になって、なんとなく申し訳ない。

「彼女は、ネメシア・ツェーン・ディースターヴェークだそうだ」
「です! よろしくお願いします、クルトさん」

 結局スティアに苗字を代弁して貰い、巨乳ちびっこ大魔法使い――もとい、ネメシアは涙を拭って笑顔を見せる。ちょっと可愛い。

「オレはツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルだ」

 名前はスティアから聞いているようだったが、一応名乗られたからには名乗り返すしかあるまい。それが礼儀だ。
 オレは精術師の礼儀にのっとり、苗字を強調した方法で名乗る。
 その上で、もう一度ため息を吐き、スティアをジロリと睨んだ。

「せ・つ・め・い」

 必殺、区切り強調! 聞きたい事をちゃんと相手に伝えるのは大切な事である。

「なあに、予想もついているだろう。簡単な話さ。面接を受けるという職場が同じでな。その上彼女は極度の方向音痴らしい。どうせ同じ所に行くのだ、ついでに金も……人助けをしても問題はなかろう」

 こいつ今、金儲けって言おうとしやがった。
 それにしても面接、大魔法使いと一緒に受けるのか。定員は何名までだとかは募集のチラシには書いていなかったが、オレ、多分落ちたわ。
 ふう、受ける前から気分はブルーになった。なんならブルー通り越してブラックでも構わない。

「あの、精術師さんなんですよね」
「そう、だけど」

 なんだ、嫌味でもいうつもりか。精術師への嫌味は、巨乳相手でもゆるさねーぞ。

「名前、カッコイイですね!」

 ……え、何それ。予想もしてなかったんだけど。ていうか、格好いいって言った? 格好いいって言ったか?
 オレはドキドキしながら「お、おう」とか適当に返した。
 名前どころか、どこをとっても格好いいと言われた事の無いオレには刺激が強いくらいの発言だ。
 確かに精術師は名前を大事にするし、個々の名前も現代とは少し変わった響きを持っているらしい。だが、それを馬鹿にされた事はあれ、格好いいと言われた事は無かったのである。

「さて、クルトも鼻の下を伸ばせる程度には回復したようだし、そろそろ行くか」
「おー!」

 すたすたと歩き始めたスティアの後ろを、ネメシアは巨乳とリュックサックを揺らしながらついて行く。

「待てこら、鼻の下なんて伸ばしてねーよ!」

 オレはと言えば、スティアの言った不本意な発言を必死に否定しながらベンチから立ち上がった。それから大きく深呼吸を一つしてから、二人を追ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...