精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-7 なぜなら可愛いものが好きだから。動機はこれで十分でしょう?

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 ドアをくぐると、背の高い男性がオレ達を手招きした。それこそ、やたらと可愛い店の前で。
 真っ黒な髪に、切れ長の紫色の瞳。ものすごく目立つスタイリッシュな服に身を包んだ彼に近付くと、「こんにちは」と低い声で話しかけられた。

「こんにちは!」
「こんにちは」
「こっ、こんにちは」

 オレ達が銘々に返事をすると、その男性は穏やかに笑う。
 年齢は所長と同じくらいなのだろうが、凄く落ち着いていて穏やかそうだ。

「雑貨屋ドルンリートの店主の、スターチス・ブルーメです。よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げるスターチスさんに、オレも慌てて名乗る事にした。

「あ、えっと、ツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルです」
「同じくツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルです。クルトの妹です」
「ネメシア・ツェーン・ディーしゅにゃー……でースちゃー……うぅ」
「彼女はディースターヴェークです」
「です!」

 相変わらず自分の苗字を名乗れないネメシアに変わり、スティアが伝える。ネメシアは、嬉しそうに胸を張ってはいるが、全くもって誇れる要素はどこにもない。

「あの、これ、おつかいって……」

 オレは手にしていた紙をスターチスさんに渡すと、彼はそれに目を落として微笑んだ。

「承りました。どうぞこちらへ。妹も紹介します」

 妹、と言われて、オレはぎくりとした。
 そりゃあスターチスさんについて歩きだしはしたものの、妹と言えばスティア。つまり、金にがめつく、ちゃっかり屋で、無駄に偉そう。兄を兄と思わぬ極悪非道な所業の数々。
 妹という人種は、恐ろしいものだ。少なくとも、オレの中では。

 店の前には、なんだか可愛い花だとか、置物だとか、ドアベルだとかがセンス良く飾られていた。そのドアには「Dorn Lied」と店名の書かれた綺麗な飾りが付けられていた。
 これらのセンスから察するに、何でも屋のドアにかけられていたアレもこの店の商品だったのだろう。

 ドアは開かれ、中に招かれると、これまた異世界のような空間が広がっていた。
 柔らかな外の日差しの降り注ぐ店内には、服や靴、テーブルランプや鳥かごのような飾り、更にはお菓子などが並べられていた。

「いらっしゃいませ!」

 それから、背の高い女も一人。オレやスティアと同じくらいなのだろうが、長い毛髪の上半分をツインテールにしたような髪型に、紫色の切れ長の瞳。ふりっふりで吐き気を及ぼすほど可愛らしい服装の彼女は、確実にスターチスさんが言った妹だろう。

「うわぁ、可愛い!」
「ありがとう! でも貴女もすっごく可愛いわ! 本当に可愛い! 三人とも可愛い! 可愛すぎて飾り立ててしまいたいくらいよ!」

 この発言に、オレの背筋を冷や汗が伝った。この女、三人とも飾り立てたいような発言をしやがったな。
 それから、アルメリアさんが戻って来た時の格好を思い出したのである。事務所を出た時は無かったはずの装飾品が、帰って来た時には増えていた。その容疑者はこの場には二人。
 一人は穏やかそうな男性。もう一人はハイテンションの女。
 この二人から察するに、犯人はハイテンションの女の方だ。テンションが高いままに飾り立てたに違いない。

「犯人はお前だ!」

 オレは、思わず指さしながら言ってしまった。彼女は面食らったようだったが、やがて「ふっふっふ」と低く笑う。

「そうよ。あたしがやったの。なぜなら可愛いものが好きだから。動機はこれで十分でしょう?」
「お、おう」

 なんだかよくわからないが、乗ってくれた。おかげで寒い思いをせずにすんだのはありがたいが、そっとオレに近付いてくるのは止めて貰いたい。
 なにしろ彼女は、オレよりも遥かに……もとい、ほんのちょっとだけ背が高いのだ。ヒールの高い靴を履いているのも理由ではあるだろうが、元々スラリとしていそうだ。
 隣に並ぶのを止めて貰いたい。いや、本当に。
 隣に佇むのも止めて貰いたい。オレの身長が強調されそうで嫌……っていうか、えーと、うん。

「この子が、私の妹のコスモスです」
「こんにちは、コスモス・ブルーメです! 好きな物は可愛い物全般、コスモス・ブルーメです!」

 二回言った! こいつ、名前を二回言ったぞ!
 それに対し、オレ達も自己紹介をした。またしてもネメシアは苗字を言い切る事が出来なかったが、もはやそれにも慣れてきた。
 今日会ったばかりだと言うのに、何故か昔から一緒に居るかのような馴染みっぷりだ。

「ここ、凄く可愛いですね!」
「そうでしょう、そうでしょう。何しろ、このお店の商品の大半はお兄ちゃんが作ったんですから! お兄ちゃんは凄いのよ。お兄ちゃんは何でも出来るんだから。あたしも早くお兄ちゃんみたいになりたいけど、中々難しいのよね。あ、これつけてくれる?」
「あ、うん」

 一言褒めたネメシアに、十倍くらいの発言が返って来た挙句、頭に何かをつけられている。十倍くらいの発言の大半は兄をほめたたえる台詞だったので、これはスティアに見習ってほしいものだった。

「フーさんからの依頼は、君達の制服や、家具の話なんですけど」
「はい?」

 スターチスさんは穏やかにオレとスティアに話しかけてきた。フーさん、というのは、話しの流れ的に所長の事だったのだろう。

「あぁ、勿論冒頭にはもし採用する事になったなら、が付いているんだけど」
「は、はぁ」
「お隣の制服や装飾なんかはウチが請け負っているので、デザインの話をしてくれ、っていう事なんです」

 そういう事か。これがここに来るのを面接内容に含んでいた理由、とは思えないが、とりあえずおつかいとしてそれを聞かれて来い、という話だったらしい。
 全くこちらに絡んでこないネメシアをちらっと見ると、彼女は明るくコスモスと喋りながらどんどん着飾られていっていた。むしろ、アレと仲良く出来るかが面接内容だったのかもしれない。
 ネメシアは尊い犠牲になったのだった。

「それと、君達は精術師さんだよね?」
「そう、ですけど」

 声に反応して見たスターチスさんの視線は、オレとスティアの胸元に注がれていた。正確には、胸元につけた小さな花の蕾の形をしたバッヂに。
 これは国から支給されている精術師を証明する物だ。魔法使いが胸元を開けて痣を見せるのと同じように、オレ達も精術師であることを相手に知らせる為に支給されるバッヂをつける決まりがあるのである。
 そんな事しなくたって、名前を聞かれれば直ぐに答えるから分かるのに。つーか、花弁に関連付ける為に蕾にするとか、舐めてんのか。クソッ。

「クルト、顔が可笑しいぞ」
「うっせ!」

 オの考えは表情に現われていたようで、スティアに指摘されてしまった。とはいえ、顔が可笑しいとは心外だが。

「馬鹿にするための確認ではないので、進めてもいいですか?」
「そ、そりゃ、勿論」
精霊石せいれいせきのデザインなんだけどね」
「な、何で精霊石の事知ってるんだ!?」

 スターチスさんの口から出た意外な言葉に、オレは食い気味に尋ねる。
 精霊石と言うのは、精術師が所持する親指の爪程のサイズのツルンとした石の事だ。これは武器に変形し、先程の面接でスティアが説明した「精術の力を増強する」役割を果たす物なのだが、一般人で知っている人はほとんどいない。
 何しろ、オレ達は時代遅れの魔法使いと言われているのだ、興味を持っているヤツ以外は、石の事まで眼中には無い。それにこの石は、精霊が結晶化して出来るもの。精霊を信じていないヤツが知る筈も無い……と、思う。

「えぇと、精術師さんは何人かお会いしていたり、仲良くさせて頂いているので」
「お、おう。そっか」

 精術師と仲良くしてくれてるのか。じゃ、この人はいい人なんだな!

「すみません、精霊石の話の続きをお願いします」
「そうですね。つまり、精霊石の加工も承っているのですが、希望があれば形状を変える事が出来ますよ、という事を言いたくて」
「加工!? マジで!?」

 加工とは言っているが、つまり身に着けやすい形状にするという事だ。これは特殊な台座が必要になるのだが、この人は精術師ではないのに手に入れる事が出来ている。
 一体何者なのだろうか。
 オレはポケットの中に入れたむき出しの石の存在を思い出して、彼の顔をマジマシと見た。困ったような表情を浮かべているが、オレよりもイケメンに見えた。悔しい。

「どんな形状でも構いませんが、貴方に出来るんですか?」
「精霊石や精霊に語りかけるのは精術師さんじゃなければできませんが、台座の二次加工はこちらで出来ます。ですので、例えばペンダント型にしたい、だとか、イヤリングにしたい、だとか希望に沿う形で提供できます」
「断言しますね」
「ええ。今までも何度か作っておりますので」

 スティアの厳しい視線にも臆することなく、穏やかな態度のまま、スターチスさんは答える。本当に何者なんだろう。

「では、それに関しては受かるかどうかはさておくとしてもお願いしましょう。安くして下さいね」
「おそらく受かるとは思いますが、誠心誠意作らせて頂きます。料金もお安くしておきましょう」

 スティア、さらっと決めていやがる! オレの! 兄の! 意見を無視して!

「きゃー! ほんっとに可愛いー! 飾っておきたいくらい可愛いわ!」
「あ、ありがとう……」

 コスモスの歓声に、オレとスティアは同時にそちらを向いて――同時に視線をスターチスさんに戻した。

 向こう側には恐ろしい光景が広がっていたのだ。
 ネメシアは服装がフリルとレースで構成されたこんもりとした何かになっており、髪形まで変えられていた。しかも、元気な様しか見ていなかった彼女は、今やげんなりとした表情を浮かべていたのである。
 あちらに近付いたら、フリルに食われる!

「ちょっとこっちに座ってくれる?」
「うん……」

 フリル地獄からは、コスモスの明るい声と、ネメシアの沈んだ声が聞こえてきた。

「お菓子食べる? お茶はどう?」
「食べる! 飲む!」

 あ、大丈夫そう。お菓子で復活してるわ。

「今準備するから可愛く待っててね!」
「か、可愛く、待つ?」

 今度は戸惑った声が聞こえる。
 よし、向こうはネメシアに任せよう。頑張ってくれ。
 目の前では、スティアとスターチスさんの値段交渉が繰り広げられていた。これ、値段交渉にオレが入らないと、向こうに巻き込まれるパターンか?
 一瞬にして現実に引き戻され、オレはスティアとスターチスさんの会話に頭をねじ込んだのだった。

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