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一章
1-18 あの手この手で妨害してやるから
しおりを挟むベルンシュタインの家は、立派な物だが年季が入っていた。
レンガを取り入れた木組みの家の大きさはかなりのもので、家の中に入るとより広さを実感出来た。家の周りには樹木、野菜、ハーブなど、種類ごとに分けられた畑があるようだ。
中はと言えば、燭台があちらこちらにあるのを見るに、どうも魔法による明かりはほとんど使われていないようである。唯一魔法の明かりを使用しているのは広いリビングのようだったが、ここにも燭台が置かれている所から察するに、基本は蝋燭の生活なのかもしれない。
「ここ、夜になったら明かりは……?」
ベルが引き攣った表情でフルールに尋ねると、彼女はにっこり笑って「蝋燭です」と答えた。やはり、そうらしい。
「ねぇねぇ、ここの魔法の明かりは使わないの?」
「父が魔法使いなので、父がいる時なら使えるのですが、今は魔力切れを起こしていて使えないんです。三日ほど前に両親で首都まで出かけたのですが、昨日帰って来る予定だったのにまだ帰ってこなくて……。少し、心配です」
「んじゃ、あたしが魔力注入しておくよ。荷物持って貰ったし! そしたら、とりあえず明かりの心配だけは解消されるでしょ?」
シアが、ぴょこんと手を上げて明るく言った。手を上げた瞬間の胸の揺れを、オレは見逃さなかった。いい揺れだった。
「そ、そんな! 10枚の大魔法使い様に雑用を押し付けるような事……」
「えー、雑用じゃないよ。魔力注入だって、生活には必要な事だもん。それにあたし、大魔法使い様、って感じじゃないし、10枚とか気にしなくていいよ」
確かに、このマイペース娘は『大魔法使い様』という感じではない。大魔法使い特有の厭味ったらしさなど微塵も感じさせない、アホな仕上がりになっているのだ。
「いや、それよりもとっとと調査を終わらせたいんだけど」
「僕は答えないよ」
ベルが荷物から調書用の紙を取りだしながら言うと、アーニストがそっぽを向く。
「国の犬に、どうして答える必要があるの? どうして僕がその他大勢に管理されなきゃいけないの? 意味わかんないし」
「アーニー!」
「……じゃあ、先にフルールから」
くどくどと、回りくどいんだか直接的なんだかよくわからない嫌味を吐き出すアーニストを後回しにしようと思ったのだろう。ベルはフルールに向き直る。
「姉様にも答えさせないよ。あの手この手で妨害してやるから」
って、事は、今日中に終わらないって事だよな?
「おい、じゃあ、オレ達野宿じゃねーか」
「やったね、キャンプだ!」
明るく跳ねたシアとは反対に、ベルが引き攣った表情で「出来れば早く帰りたいんだけど」と呟く。
「あ、あの、良かったら泊まって行ってください」
「ま、それが当然だな。お前の弟が馬鹿な事を言いだしたせいで、私達が野宿になり、ネメシアが野犬にでも臓物を引きずられるような事になったら後悔するのはお前だ」
「具体的かつ怖い想像! 何で被害者あたしなの!?」
フルールの提案にすかさず続けたスティアに、シアが抗議した。確かに、グロくて怖い。
多分シアがさっきから弾むたびに胸が揺れているので、それへの嫉妬だろう。おかげで、オレの目は幸せで一杯なわけだが、これが万が一にでもスティアにバレると恐ろしい事になってしまうので必死に隠す。
「冷静に考えてみろ。この中で一番体力が無くてどんくさいのは誰だ?」
「あ、あたしだ! あたし、か弱かったんだね!」
「か弱いと言うか、馬鹿弱い」
「むっ。今、馬鹿にしたね?」
いや、まぁ、先に馬鹿って言ったからな。シアが馬鹿であるとこだけは同意しよう。
「とにかくそういう訳だ。故に、答えて貰うまでここに滞在させて貰う」
「でも、君達にだって期間が定められてるんでしょ? まさか、一生ここにいられる訳がないもんね」
「うむ。しかし、期間内に貴様を殺してフルールから情報を引き出す方法もある。精々用心して生活するんだな」
確かに一週間という期間は設定されているが、スティアは敢えて一週間という単語を口にする事は無いようだった。賢い。
「ここに、暫く……」
ベルは、また小さく呟くと青い顔であたりを見渡した。
「とりあえず、魔力注入やっちゃうね! あと、アーニーにお菓子あげる」
「君だけはいつまででもいてもいいんだよ、シア」
「あはは。気持ちだけもらっておくね」
なんか、シアの躱し方がこなれているように見えるのはオレだけか?
「いや、本当に。巨乳でお菓子好きな女の子は大歓迎だから」
「よし、今すぐ殺そう」
「や、ややや、止めて下さい!」
魔法陣による明かりに魔力注入を施すために、スイッチの方へと向かったシアに、アーニストはしみじみと頷いた。だが、次の瞬間にはスティアの殺意と、フルールの静止の声が続く。
「……うん、やってもいいかもな」
「ベル! せめてお前は止める役であってくれ!」
「いや、でもとっとと帰りたいし」
「どうしたんだよ、お前は」
ベルは青い顔のままアーニストを見つめた。なんだこいつ。どうしたんだ?
オレ達の会話を余所に、シアはマイペースにも壁に設置された明かりのスイッチの蓋を空け、中の魔法陣をなぞった。正確には、描いた方向とは逆方向になぞっているらしい、というのは学生の時には習ったが、オレにはよくわからない。
分かるのは、今魔法陣が光っていて、どうやらシアの魔力が送り込まれているらしいという事と、これが終わればボタン式のスイッチを押せば連動して天井の魔法陣から明かりが溢れるらしいという事だ。
「おーわり!」
シアはさらっと終わらせてカバーを閉めた。
「さすが10枚だよな」
ぼそっとベルが言うので、オレは「どういう事だ?」と聞き返す。
「俺は1枚だから、魔力注入一回やったら暫く立てないくらい疲れるんだ。魔心臓から生成される魔力量が異なるから、オレの場合は魔力注入すらしきれない事もある。まぁ、なんだ、花壇の水やりをするのに、ジョウロを使うかスプーンを使うかくらいの差がある、みたいな話だな」
ジョウロとスプーンとなると、随分と違う気がするが、1枚と10枚の差はその位あるのだろう。
魔心臓は、確か花の痣のあるあたりに存在する、魔法使い特有の器官だったはずだ。これが心臓のような形状をしていて、体中に魔力を巡らせて放出する事が出来るとか何とか。
それ故に、格段に魔力量の多くなる10枚からが大魔法使いと呼ばれ、とっても良い暮らしを出来ている訳だ。
「すみません、ありがとうございます。大魔法使い様のお蔭で、大変助かりました」
「お安い御用だよー! でも、さっきも言ったように大魔法使いとか気にしないでほしいんだけどなぁ。……あ、アーニーにお菓子をあげるね」
「あ、あの、その前に、皆さんをお部屋に案内したいのですが」
一人マシンガントークをかましたシアだったが、フルールに困惑した表情を浮かべられると、直ぐに「そっか」と頷く。
「じゃあ、後であげる! ちょっと待ってね」
「勿論。いつまでも待ってるよ」
アーニストはと言えば、キリっとした顔でシアのピンクのリュックサックを持った。どうやら、部屋まで持って行ってやるつもりらしい。
「えっと、部屋は多いので、一人一部屋で宜しいですか?」
「いや、二人一部屋で」
「ミリオンベル、何故だ!」
即座に一人部屋のロマンを捨て去ったベルに、スティアが噛みつく。スティアが噛みついていなければ、オレが噛みついていたところだっただろう。
一人部屋っていう物は、それくらい素晴らしいものなのだ。学生時代まではスティアと同室だったオレが言うのだから、間違いはない。
「タダで一人一部屋あてがわれるチャンスを、何故みすみす逃す!」
「……えっと、悪いだろ。そういうのは」
「い、いえ、構いませんが」
ベルが困ったような、スティアが勝ち誇ったような顔をした。
「この女も良いと言っているんだ。一人一部屋にしようじゃないか。そうしないと、私は部屋でネメシアのお守になるんだ」
「この女って……」
オレは噛みつきこそしなかったが、フルールをこの女呼ばわりしたスティアにはツッコミを入れておいた。一応こっそり。
「も、もしもこいつを一人にしておいて、勝手にうろうろされて家の外まで行かれたらアウトだろ。それこそ野犬に襲われる。そうなったらスティアだって寝覚めが悪いだろう?」
「チッ、仕方ない」
「あたし襲われるの確定!?」
確かにベルの言う事は尤もだ。この方向音痴が、万が一にでも外に出てしまったら即アウト。出来るだけリスクは減らしたい。
だからと言ってオレ達まで同室である必要はないが、もしもこっちだけ一人部屋という事になると、スティアが暴れる。恐ろしすぎる。
と、なれば、自然と二人部屋にすることになるのだが……なんか、引っかかるような気がする。まぁ良いんだけどさ。
「そういう訳だ。二人部屋で頼む」
「……ああ、二人部屋確定だ」
ベルがフルールに向き直ると、スティアが肩を落として続けた。どうやら決まったらしい。
そうしてオレ達は部屋に案内され、荷物を置いた。部屋には燭台はあるが、リビングのように魔法の明かりは灯らない古風な仕様になっている。
「ベル、どうした?」
燭台を見たきり、口元を引き攣らせたベルに声を掛けると、彼はギギギとこちらを向いた。
「先に謝っておく。多分迷惑をかけることになるけど、キレないでくれ」
「え、なに? 何の話だ?」
「いや、多分夜になれば分かる……出来れば知られたくないんだけどな」
ベルは引き攣った表情のまま。窓の外へと視線を向けた。色々とトラブルがあったせいもあるが、既に日は落ちてきているようで、空の色はオレンジ色へと変わっている。
「あと、怒鳴らないでくれ」
「何でいきなり!? オレ、怒鳴ってねーじゃん!」
「悪かった。大きな声を出さないでくれ」
何だ、こいつ。どうしたんだ?
オレは脳内を疑問符まみれにしたせいで、脳みそまで疑問符の形になったような気分になりつつ首を傾げたのだった。
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