精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-22 このタイミングで普通聞く?

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 廊下に出ると闇が広がっていたが、精霊はしっかりと見える。こいつらは闇に溶けるという事は無い。
 ちんまい鳥が、その辺をうろうろと飛んでいるのだ。

「スティアとシアの部屋まで案内頼む」
『がってんしょうちー』
『よばい? よばい?』
「ちげーよ!」

 断じて夜這いではない!
 オレは精霊に大声で返しながら、そいつらの声と姿を頼りに走り出す。

『クルト、もうちょっとでまがりかど』
「おう」
『に、ぶつかる』

 ゴチン、と、角に頭部を打ち付けた。痛い。

「そのトラップ止めろ!」
『ごめんごめん』
『めんごめんご』

 反省してない……。
 けれど、どうにかこうにかしてスティアとシアの部屋までたどり着くと、ノックする。中からはスティアの声が聞こえたので、「開けていいか?」と尋ねた。
 程なくして、中からドアが開き、スティアがオレを招き入れる。

「シアは?」
「お休み三秒」

 スティアは、ベッドを顎でしゃくって見せた。
 ふかふかの布団にくるまれ、シアは既に寝息を立てているようだった。オレはずかずかと近寄って、がくがくと揺さぶる。

「すまん、起きてくれ! おーきーてーくーれー!」
「……んあ?」

 シアはぼんやりと目を開けると、ぽやっとした声を吐き出した。

「悪いけど、明かりの魔陣符作ってくれ!」
「んー……」

 シアは寝ぼけ眼を擦りながらベッドから這い出ると、いつものピンクのリュックサックをごそごそと漁り始める。

「紙とペン、出ておいでー」

 やたらとゆっくりとした動きでがさごそやって、しばらくすると「てれーん」などと言いながらメモ帳とペンを探し出す事に成功した。
 彼女はそれらを持って、部屋に備え付けられたテーブルに向かうと、よれよれの字で魔法陣を描きはじめた。

「なぁ、これ、発動するのか?」
「んんー?」

 ダメだ、シアは寝ぼけている。

「こんなよれよれで、どうにかなるのか?」
「……むりだー」
「頼む! 起きてくれ!」
「んあー」

 もう一度肩をがくがくと揺すっていると、スティアが「どうしたんだ?」とオレに問いかけた。

「ベル! ベルが暗所恐怖症だったんだよ! 暗いのが苦手レベルじゃなく、本物の恐怖症!」
「それで明かりが必要なんだな」

 オレが頷くと、シアは「うーむ」と寝ぼけた声をあげながら再び自分のリュックサックを漁り始める。

「てれーん、イチゴ味のキャンディー!」

 やがて香料と砂糖の塊を出すと、彼女は口に放り込んだ。スースーしない奴舐めたくらいで、何が起こると言うのか。
 そんなオレの内心とは正反対に、シアは「しゃきーん!」と明るい声を上げると紙に一気に魔法陣を描き上げて、魔力注入までこなした。

「はい。一応作動するか確認して」

 魔陣符をオレに渡してきたので、受け取って魔法陣の描かれている反対側を指で弾くと、一気に光が溢れた。基本的に魔法は一直線にしか進まないのだが、明かりとなれば何の問題も無い。

「魔力切れたら持って来て。そしたらまた補充するから」
「おう、サンキュ!」
「じゃ、あたしは寝るね」

 シアはさっさと布団にもぐりこむと、あっという間に寝息を立て始めた。というか、口に飴入れたままなんだけど、大丈夫なのか?

「チッ。あの女飴を口に入れたまま寝やがったな。一度起こしてやるか」
「お前、口は悪いけど面倒は見てるんだな」
「朝目覚めて隣で窒息してたら、それこそ嫌だからだ。お前はとっととミリオンベルの方に行ってやれ」
「お、おう」

 妹だ妹だと思っていたが、いつの間にか成長していたらしい。今はお姉さんのようだ。胸のサイズは子供のままだが。

「貴様、今失礼な事を考えなかったか?」
「い、いや、全然! オレはベルの方に戻る!」

 やっべー、あの眼光、人の心臓射抜きまくりだわ。つーか、勘が鋭すぎ。
 オレはそそくさと女子の部屋を後にすると、貰った魔陣符の明かりを頼りに廊下を歩く。燭台よりも遥かに安定し、遥かに眩い光が行く先を照らすお蔭で、今度はどこにもぶつからずに行けそうだ。

「うわ、眩しい! 何? 都会の精術師は蝋燭じゃ歩けないの?」

 唐突に後ろから声がかかって振り向くと、そこにはアーニストがいた。燭台片手に、不快そうな表情を浮かべている。

「ベルが暗所恐怖症だったから、シアに明かりの魔陣符作って貰って来た帰りだよ」
「暗所恐怖症? はっ、どうだか。ただ暗いのこわーい、程度じゃないの? その程度で君は堂々と女の子の部屋に入って、もう一回シアの巨乳を眺めて来たっていうの?」
「じゃあ一緒に来いよ! ベルの様子を見れば分かるよ! 今フルールと一緒にリビングにいるんだから」

 小馬鹿にしたようなアーニストの態度にムカついて、オレが行く先を指差した。

「あのイケメンが姉様と二人きり!? 直ぐにいかないと! 姉様が泥沼ラブロマンスに落とされる!」
「多分ねぇよ!」

 突然蝋燭の火が吹き飛ぶ勢いで走り出したアーニストを追いながら、オレは突っ込む。
 あ、でも、ちょっと弱み見せた所がよりイケメンって思われてたら恋に落ちるのか? 女の子の恋愛思考はさっぱり分からないし、絶対恋してないとは言い切れないかもしれない。
 二人で走ると、直ぐにリビングまでたどり着いた。前を走っていたアーニストが勢いよくドアを開くと「狼はどこだー!」と声を上げる。
 いや、狼はいねーから。
 オレも入ると、ソファに座ったベルが涙目でオレを見た。

「……帰って来た」
「おう。直ぐ戻るって言っただろ」
「……うん」

 近付くと、ベルはオレの服の袖を握る。その隣にはフルールが腰かけて、困ったような表情を浮かべていた。
「大分マシになったか?」

「た、多分? あ、あの、……ずっと不安そうに、ドアを見ていて……えっと、それだけ、です」

 オレがこの部屋を出て行ってからの話をフルールがする。そんなに不安だったのか。でも、明かりが無いともっと不安だっただろうしなぁ。

「本当に暗所恐怖症なんだ……」

 アーニストがぽつりと呟く。

「ここ、明るいから大分マシになったけどな。さっきまで凄かった」
「なんか、それを疑ったのは悪かった。ごめん。明るい場所でもこの顔色なんじゃあ、嘘じゃないっていうのくらい嫌でも分かるし」

 アーニストはベルの顔色で判断したらしい。異様にかいた冷汗で前髪が額に張り付き、ぐったりとした表情は、確かに顔色が悪いと取れる物だった。

「ベル、部屋に戻るか。明かり貰ったから」
「……うん」

 ベルは素直に頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

「あ、そうだ」

 オレはベルの手を握ってからフルールに向き直った。

「お名前と年齢をお願いします。オレはツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルです」

 ふと、今ならちょっとだけ調書の項目の確認が出来そうだと思ったのだ。オレが名乗るのは、精術師は名乗られたら名乗らない訳にはいかないからだ。
 つまり、秘技・アーニスト封じである。

「あ、えっと、あの、ベルンシュタイン。フルール・ベルンシュタイン、冬で18歳です」
「弟の方は?」
「くっ! このタイミングで普通聞く?」
「答えられないのか?」
「ベルンシュタイン。アーニスト・ベルンシュタイン! 16歳だよ!」

 よっしゃ、これで調書の名前と年齢クリア!

「んじゃ、おやすみ」

 成果を得た所でオレは挨拶を残し、ベルを連れて部屋に戻ったのだった。

   ****

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