精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-23 一回だけだからね!

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 夜に名前と年齢をクリアした以上の成果は、翌日には得られなかった。
 あの後灯りで安心したベルが寝入ったのを確認してからオレも睡眠をとり、朝から調査の為にアーニストとフルールを追ったのだが、中々上手くいかないのだ。
 何しろ、先にフルールを、と行くと必ずと言っていいほどフルールが口籠っている内にアーニストの邪魔が入り、それならばアーニストから先にどうにかしようとしても一切答えない。

「もうこうなったら、お前のその無駄に蓄えた胸……もとい、脂肪でも使ったらどうだ?」

 どうにかしようと作戦会議をした昼前。スティアは大きなため息を吐いてからシアに促した。

「胸を、使う?」

 シアは不思議そうに首を傾げてスティアを見る。

「ああ。どうもあのふしだら男は、膨大な脂肪の塊とお菓子が大好きなようだからな。お前のその大きな二つの膨らみにキャラメルの一つでも挟んで迫り、質問に答えてくれたらこのキャラメルを取ってもいいよ、とでも言えばいいだろう」
「何それ、すごくえっちぃよ! 変なお店みたい!」
「そ、そうだそうだ! シアの胸をそんな風に使うのは断固反対だ!」

 オレは胸にキャラメル(極小)を挟み、「質問に答えてくれたら……いいよ」と言うシアを想像して、慌てて首を左右に振った。
 そんなのうらやま……もとい、絶対に駄目だ。キャラメルは嫌いだが、ちょっとやって貰いたい、とか思ってないんだからな!

「しかし、それでもつられないのであれば、昨日ベルが言ったように調査されると困る事でもある証明になるのではないか? 自らの欲望よりも、答えない方が価値があると捉えている事になるのだから」
「で、でもそれって、もしもスラスラ答えてくれたら、あたしの胸がエッチスケッチワンタッチされちゃうんだよ」
「好きにさせてやれ。胸だと思うから恥ずかしいのだ。それは、巨大な脂肪だ」

 スティアの巨乳憎しで吐き出された台詞に、シアは「ぴゃー」と悲鳴を上げた。

「シア、やるだけやってみないか? 無理に、とは言わないが」
「なぜミリィまで!」

 そうだそうだ! 何でベルまでオススメしちゃってるんだ! 胸が揉まれてる所でも見たいのか!?

「もし仮にこれで答えたとしても、全てに回答するとは限らない。そこで、どこまでなら欲望を優先させられるのか……つまり、何を聞かれたくないのかというあたりをつけたい」
「スラスラ全部答えちゃったら?」
「フルールの調書も完成させ、一刻も早く下山する」

 あぁ、暗い中でもう一晩過ごすのが嫌だったんだな。
 でもなぁ、シアの胸を使うっていうのがな。駄目だろ、女の子の胸を道具にしちゃうのは。使うのならいっそ、オレかベルの胸板にすれば……いやいや、それじゃあ釣れないか。

「わ、わかった。頑張る」
「嘘だろ!?」
「い、一回! 一回だけだからね!」
「あぁ。私も付いて行ってやるし、いざという時はヤツの腕を切り落としてやる。だから存分に色仕掛けしてこい」

 本人のやる気に火がついてしまえば、色仕掛けの流れは決まったようなものか。仕方ない。心配だし、オレもついて行こう。
 そんなこんなで、シアは一度部屋に戻ってキャラメル(マジで持ってた)を取りに行った後、全員でアーニストとフルールの前に立ちはだかった。正確には、庭仕事を終えて家に入ってきたアーニストとフルールを玄関で迎え撃った形だ。
 シアは思いきり胸を寄せると、スティアが悪魔みたいな顔で谷間にキャラメルを一粒置く。

「ちょ、調査に協力してくれたら、このキャラメルあげるよ」
「うん、良い眺めだね」

 アーニストは真顔で頷き、直ぐ後ろのフルールは驚愕に目を見開いた。

「でも僕は答えないよ。女の子にどんな卑劣な手を使ってこんな事をさせたのかは分からないけど、君達の中の紅一点であるシアにこんな苦痛を強いるなんて、理解が出来ない」
「待て。私も女で、紅の中に居るのだが?」
「君はでしょ? 君を紅にするくらいなら、そこのイケメン君に女装させた方がマシだね」

 アーニストは眉間に皺を寄せてから、ベルの方をチラリと見た。

「すればいいのならするぞ。先に言っておくが、俺はとてつもなく美しく女性の服を着る事が出来る自信がある」
「ちょ、ベル! それ、誇る所じゃない!」

 普通嫌がる所だ! こいつ、変なヤツだな。
 ……つーか、ベルの女装は置いておくとして、シアの辺りの話は反論出来ないのが痛い。

「あう! きゃ、キャラメル! キャラメルが服の中に入っちゃった! ど、どどど、どうしよう!?」
「僕が取ってあげるよ」

 シアの胸の谷間からキャラメルがすってんころりんして、彼女が慌てていると、アーニストはシアの胸元から片手を突っ込んでキャラメルを取りだした。

「はい」
「あ、ありがとう?」
「騙されんなー!」

 恥ずかしそうに頬を染めたシアは、アーニストから取り出されたキャラメルを受け取った。
 が、これではアーニストが美味しいだけだ。

「あ、あ、アーニー!」
「姉様。僕は困っているシアを助けただけです」
「そ、そんっ、そんな言い訳っ!」

 フルールは顔を真っ赤にして必死に言葉を紡ぐ。だよな! オレも今はお前の気持ちが分かるぞ!

「どれ。スケベ心を満たしたのだから、答えて貰おうか。貴様についてくれている精霊の属性と、その形状を」
「君達には見えてるでしょ?」
「だが、形式として必要な質問だからな」

 アーニストは鼻で笑うと「見ての通りだよ」と続けた。

「属性は緑。琥珀で出来た羽を持つ蝶のような形状。これでオッパイ分くらいは答えた事になるでしょ? あとは知らない」
「あたしのオッパイ安くない? まるで叩き売りのようなぞんざいな扱いだよ」

 不満を口にしたのはシアだった。
 まあ、胸の間にズボって手を入れられたからな。うっかり騙されてたけど。
 オレもやりたか……いやいや、そんな事は無い。羨ましいとか思ってないし!

「とにかく、これ以上付き合う気はないよ。行こう、姉様」
「あ、あの、でも……」
「おい、貴様はどうなんだ?」

 スティアは鋭い視線を、今度はフルールに向けた。
 向けられたフルールは「は、はい!」と縮み上がりながら返事をする。

「ずっと弟に庇われているようだが、何故貴様は答える気が無いんだ。私から見れば、不都合な事からは庇われ、気弱なフリをして逃げているようにしか思えない」
「姉様をそんな卑怯者みたいに言わないでくれる?」
「言われたくなければ、貴様も態度を改めるんだな」

 スティアは、ジロっとアーニストの事も睨む。こえーよ。
 オレの隣で、ベルがジリっと下がった。こえーよな。

「まぁまぁ、スティアがそんなに睨んじゃったら、ルルちゃんだってびっくりしちゃって言えるものも言えなくなっちゃうよ」
「ほう。ではお前に対してならばあの女は調査に協力的になるのか? というか、なっていたか?」

 スティアは、何度も躱されていた事を思いだしたのだろう。シアへも冷たい視線を向けた。

「だから、その調査自体に協力する気が無いんだよ」
「今は貴様の戯言などどうでも良い」

 シアを見ていた視線を再びアーニストに向け、スティアは眉間に皺を寄せる。この短時間で、ウチの妹は何度睨んだだろうか。

「あ、あの、わたし……わたし、は……」
「もういい。行こう、姉様」

 口籠るフルールの腕をアーニストは取ると、強引に引っ張ってオレ達を押し退けて歩き出した。

「そうやって逃げるわけだな?」
「どうとられようとも、関係ないね」

 アーニストは一言だけ返すと、あとはずんずんと廊下を進んだ。こちらは誰も動かずに、二人の背中を見送る。
 やがてその姿も見えなくなると、スティアは吐き捨てるように「何なんだ」と零した。

「アーニストにも腹が立つが、フルールのあれは、本当に意味が分からない」
「まるでフルールを庇う為にわざと矢面に立っているようだったな」
「あー、確かに!」

 ベル、鋭い! オレは妙に納得して、思わず大きく頷いた。

「あの女についている精霊の数が少ないのは、気になっていたんだ」
「あ、オレもオレも!」
「大方、それが理由だろう。おそらく武器の計測か、精術の実践あたりが嫌なんだ」

 スティアは短く息を吐く。ここまで言葉を吐きだすと、ようやっと少し落ち着いたようだった。

「だから、あんなに巨乳が好きなアーニストであっても、私達に視認出来る情報以外を出さない。骨折り損だったな、ネメシア」
「……とりあえず、キャラメルでも食べて気持ちをリセットするよ」
「好きにしろ」

 つーかシア、お前ただたんに手にしたキャラメル食べたくて我慢できなくなっただけじゃないのか?
 ……キャラメル、食べる?

「ちょ、ま、待て!」

 オレはある可能性を考えて慌ててシアを止める。
 が、オレの静止空しく、シアはきょとんとした顔をしてキャラメルの包みを開けた。開けてしまった。

「お……おえ……キャラメル臭が……ヤバい……!」

 オレはたまらずその場で膝をつく。
 オレは甘いものの匂いもダメだったのに! うっかりしてた!

「ご、ごめん」
「……クルトは俺が部屋に連れて行く」
「頼んだ。私はこのキャラメル娘と一緒に、もう一度接触を図る」

 謝るシアに、オレに肩を貸すベル。
 シアの手を取ったスティアはさっさと歩き出し……オレの意識は何とか救われたのだった。

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