精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
25 / 228
一章

1-25 子供の教育には熱が入ってしまう方なのだよ

しおりを挟む
 よく考えて見なくても分かる。実際に、模擬戦以外で人に武器を向けたのは初めてだったのだ。多少の不安位、あって同然だろう。
 だが、無駄に大げさな武器を向けた事で、多少なりとも相手が怯んだ可能性もある。
 じっとブッドレアを見ると、彼の表情は余裕そうなものだった。

「どれ、一つ相手をしてあげようではないか。教師とは人を育てる職業なのだから、ね」
「な、舐めやがって!」

 オレは槍を大きく振り被ると、シアに当たらないように気を遣いながら振り下ろす。
 振り下ろした瞬間に思わず目を瞑ってしまったが、想像した人間の肉に武器が触れる感覚が手に伝わってくる様子はなく、寧ろ硬い馴染のある震動が来た。
 目を開ければ、ブッドレアは片手に持った杖でオレの槍を止めていた。
 柄の部分と、杖の木目が合わさってはいるが、どちらの得物にもヒビが入った様子はない。

「駄目だよ、敵から目を逸らしては」

 にっこり笑ったまま、ブッドレアはオレの槍を押し返す。
 ――と、次の瞬間。彼は僅かに眉を顰める。

「子猫ちゃん、甘噛みはほどほどにして貰えないかね?」
 顰めた眉は、あっという間にハの字に変わり、どこかうっとりとした表情をシアへと向けた。視線の先のシアは、自分を捕えるブッドレアの腕に噛みついていたのだ。注意されている今なお、「うー」と唸りながら口をもごもごさせている。

「こういった事はあまり趣味ではないのだが、仕方があるまい」

 ブッドレアはシアを振り払うと、倒れ込んだシアの足を杖で叩く。バチンともゴチンとも取れぬ鈍くありながら高い音がこの場に響いた。
 だが、痛みはかなりの物だったようで、倒れ込んだまま起き上がれないシアが、涙目で息を飲んだのが見て取れる。声も出ない程、痛いとか、怖いとか、そう言うのがあったのだろう。

「お前!」
「さて、続きと行こうではないか」

 ブッドレアは微笑みを浮かべたまま杖の先を捻ると、銀色の細い刀身を出した。杖だと思っていたそれは剣……いや、レイピアだったのだ。所謂仕込み杖というものだったようで、刃を抜いた後の鞘を無造作にベルトにひっかける。
 刃はオレに向けられ、近くにはシアが倒れている。
 リーチの差であれば自分に理がある筈なのだ。決して絶望的な状況ではない。それなのに、なぜだろうか。オレの槍を握る手は震え、刃先も揺れる。

「いつでも来たまえ」
「やってやらぁ!」

 次は目を逸らしては駄目だ。とにかく切り抜けて、シアを助けて、それからアーニスト達に知らせないと。
 そう、実践だからと言って殺す必要はない。ただ、この場さえ切り抜けられればいい。
 オレは自分自身に言い聞かせる、これで少しでも落ち着けば、と思っての事だ。
 ブッドレアは余裕があるせいか、オレが向かって行くまで仕掛けてくる様子はないが、あいつの横で倒れ込んでいるシアを残して逃走なんて出来ない。
 オレは震える手を槍を握り直す事で強引に落ち着かせた。

「おりゃあ!」

 自分で自分を欺かなくては。怖くはない。全く怖くなどない。
 言い聞かせながら槍を振るうと、ブッドレアは微笑みを浮かべたままレイピアよりも更に細い刀身でオレの攻撃を受け止めた。
 いや、正確には受け止めたのではない。受け流したのだ。ほんの少しだけ剣に力を加え、オレが全力で力を込めた槍の軌道を変えたのだろう。行き場を失った力は、重力と共に地面へと槍の先をめり込ませた。

「ふむ。いつでも来たまえとは言ったが、ここは君が引いた方が良い様に思えるね。力任せにしか攻撃出来ないのであれば、折角ご立派な槍を持っていても無意味になってしまうのだから」
「なっ――!」
「私は彼女さえ置いて行ってくれるのなら、君の事を見逃すのはやぶさかではないのだよ。弱い者いじめのようになってしまいそうで、私としては心苦しいのでね」
「バ……バカにしやがって!」

 余裕顔のブッドレアに、オレは再度槍を構えて振り降ろした。
 しかしまたしても受け流されると、今度は彼の蹴りがオレの腹に直撃する。息の詰まる圧迫感に喘ぎながらオレは膝をつくも、追撃はいつまでたってもやってこない。
 代わりに、言葉が降ってくる。

「私は教師をしているものでね。子供の教育には熱が入ってしまう方なのだよ」
「なにが、言いたいん、だよ……!」

 オレは息を乱しながらも、何とか顔を上げて睨み付ける。
 この期に及んで、ブッドレアは微笑んだままだった。
 クソっ、こんなザマでいてたまるか! オレは槍を地面に突き立てて、縋る様にゆっくりと立ち上がる。

「君に引く気が無いと言うのならば、もう少し付き合ってあげる意思はあるよ、という優しさを見せつけてあげているのだよ」
「う、るせ!」

 チクショウ、バカにしやがって! でも、ブッドレアが油断している今がチャンスではある。
 オレは何とか立ち上がると、体制を整えて槍を構え直した。
 またとないチャンスを、そうやすやすと逃してたまるものか。オレは奥歯を噛み締め、三度目の正直とばかりに槍を振り下ろす。
 ――が、直ぐに受け流された挙句、二度目の蹴りを食らって、石だらけの地面に強かに尻を打ち付けた。

「君は、実践は初めてのようだね。緊張でガチガチになっているし、先程から折角槍を使っているというのにやっている事は殴りかかっているのと変わらない。これでは勝機は無いように見受けられるが……大丈夫かね?」

「う、ウルセー! 出来る! オレは、ちゃんと、どうにか出来る!」

 何でこんな所で、こんな奴に、こんな事を言われなきゃいけないんだ!
 オレは苛立ちを覚えながらももう一度体制を建て直し、力任せに突っ込んだ。
 今度は腹に攻撃を食らわないように一応気をつけながら、二撃、三撃と槍の柄を叩き込むが、それら全てをブッドレアは受け流す。本物のレイピアよりも強度の落ちる筈の仕込み杖の刃は、オレの攻撃を受けてもビクともしない。

「このっ!」

 とにかく攻撃あるのみだ! オレは必死になって槍を振るうも、やはりブッドレアは余裕顔で受け流す。
 と。唐突に視界が色とりどりの何かで覆われ、思わずオレは距離をとった。

「ルト、落ち着いて! あたしは大丈夫だから!」

 少し舌足らずな子供っぽい声が聞こえて、オレはハッとした。
 この色取り取り、花だ! 声がシアのものであると気が付くと、直ぐに色取り取りの物に思い当たった。先程川に流していた、あの魔法で出した花を目隠しのようにしたのである。
 そうだ。オレは、シアを守らないといけなかった。目の前の相手を倒さなくったって、あいつを連れて逃げるのが一番するべきこと。
 少し冷静になると、オレは視界を花でうめられたまま「少し離れられるか?」と確認した。シアの返事は「うん!」だったので、そのまま離れて貰う。

「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す! この場に風を!」

 オレは短く呪文を唱えると、槍を空で八の字に振り回した。
 すると、その周辺につむじ風が起こり、花と小石が巻き上がる。同時に、目の前にブッドレアの姿を認識する事も出来た。
 彼は唐突な状況に驚いていたようで、余裕そうな表情が消えている。
 つむじ風によって巻き上がった小石がブッドレアの頬や服を数か所薄く切ると、風はおさまって花と共に地面に落ちた。
 オレ達の武器は、自分達の精術を強化する物でもある。だが、どうにも威力が弱かった。
 オレは思ったよりも上手く食らわせる事が出来なかった事に首を傾げると、近くにいる精霊が少ない事に気が付いた。さっきまでブッドレアしか見えていなかったせいで、全く気付かなかったが、おそらく今の状況をスティアに知らせに行った精霊がもちゃっといたのだろう。
 という事は、じきに応援も来るという事だ。
 おし、落ち着いて来たぞ!

「次はこんなもんじゃ済まない! とっとと家に帰るんだな!」
「ふむ。中々に困った子……いや、困った子達だね」

 ブッドレアは心底困った表情を浮かべると、一歩下がる。シアはブッドレアの側にいながらも、先程よりも彼から距離を取れているので、直ぐにどうこうという事もなさそうだ。さっきの精術での威嚇が成功していて、このまま帰って貰えればオレとしても助かる。

「本当に、困ったなぁ」

 ブッドレアの表情には、徐々に笑みが戻ってくる。と、同時に、彼の指先が光りはじめる。
 ――これは、魔法陣!? こいつ、魔法使いなのか!?
 オレは慌ててシアの近くへと走り始めると、ほんの少し前までオレがいた場所へ空気の塊が直撃した。
 派手な音を立て、地面の土や石を抉り取る「衝撃波」のようなそれは、まともに当たっていたら無事では済まなかっただろう。
 オレは背中に嫌な汗をかきながら、呆然とブッドレアを見た。まだ、シアとオレの間には距離があるせいで、彼女に魔法を向けられたら、直ぐには守れなそうなのが不安だ。

「お、お前! お前、魔法使いだったのか!」
「ルト、ただの魔法使いじゃない! あれは、あの威力は、大魔法使いの魔法だよ!」

 シアが焦ったようにオレの言葉に続ける。

「正解。流石、君は優等生だね」

 ブッドレアは微笑みをシアに向けてから、少しだけ胸元をはだけた。素肌を晒した鎖骨の下には、12枚の花弁の痣がくっきりと浮かび上がっている。

「つまり、私の正確な名は、ブッドレア・ツヴェルフ・ドナートなのだよ。わざとではあるが、しっかりと名乗らなかった事だけは謝っておこう」
「なっ!」

 名前を、わざと言わないだと!?
 名前が力に直結する精術師には想像も出来ない話だった。しかも、12枚である事も、想定外。
 オレ達にとっては良くない展開だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...