精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-35 全員で協力して、全員で生きて帰ろう

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「俺は、武器こそ使わなかったけど実際お前と戦って、強いって思ったんだ」

 ベルは相変わらずオレの目を見て語る。

「あの時だって、本当はちょっと攻撃受けておいて、強さを判断しようと考えてたのに、食らわされてムキになって、本気でやり合った」
「そう、だったのか」
「お前は、自分の力に自信を持てよ。お前を強いと思ってる俺を失望させないでくれ」

 失望なんて、させたくない。強いと思って貰えている事も知らなかったが、それを知ってしまうと、期待して欲しいと考えてしまう。

「でも、あいつに何度攻撃しても、上手くいかねーんだよ」

 ほんの少し……本当に、ほんの少しだけ泣きたい気持ちになりながらも、オレはベルに訴えた。

「さっき、お前の方に向かってる途中で少し見た。誰から見たって、きっと力みすぎてダメだって言われると思う。だけどそれよりも大きな問題は――」

 ベルは、オレの両頬を両手で包んだ。
「周りを見れていない所だ。誰が一人でやれ、なんて言った。全員で協力して、全員で生きて帰ろう。な?」

 真っ直ぐにオレを見るベルの目が、幾分柔らかくなった気がした。

「お前が戦うのが難しいなら、俺がいくらでも手を貸す。俺が暗い所で怖くなってどうしようもなくなったときに助けてくれただろ。誰にだって、苦手な状況っていうのはあるんだ」

 オレは口を挟む事も出来ずに、ただただ見つめ返す。オレだけが駄目な訳ではないのだと言われた気がして、どこか安堵したのかもしれない。

「さっきだって、フルールやアーニスト、それからシアがいなかったら、俺は山小屋で死んでた。だけど三人がいたから……いや、外でお前とスティアも頑張ってくれて、あのおっさんが参戦することも無かったら、俺は五人のお蔭で生き永らえたんだ」

 ベルはオレの顔から両手を離すと、にっこりと笑って見せた。
 元々整った顔が、笑みを浮かべる事でより魅力的になった。オレが女だったら、もしかしたら落ちていたかもしれない。

「俺が全力でフォローする。スティアだって、きっと同じだ。だから、お前はお前の出来るように精いっぱい頑張って、それから周りに目を向けてくれ!」
「……おう」

 オレは素直に答えると、ベルと一緒にスティアの方を向いた。

「まだか! そろそろっ……限界だぞ!」

 スティアはブッドレアからの突きをレイピアで捌きながら、精霊に魔法の来るタイミングを聞いて必死に躱していた。
 だが、それももう難しくなっていたのだ。
 オレは慌てて突進しようとした――その瞬間に、銃声が三発響いた。
 間髪入れずにサフランの「うわぁ!」という情けない声。彼の足元から、二本の蔓が這い上がっている。ブッドレアを見ると、彼の足元にも、蔓が一本絡み付きながら成長していた。

「種子の力を銃に」

 アーニストの声に反応し、元山小屋の方に視線を向けると、声の主がこちらに向かって来ていた。どうも精霊の力であいつの銃に弾丸を補充したらしい。

「全く、僕が目を離した少しの間にボロ負けなんて、精術師として恥ずかしいね」
「すまない、助かった」

 アーニストの嫌味をかわし、スティアは蔓に囚われた大魔法使い二人と距離を取る。

「スティア、悪かったな。オレもやる!」
「……あ、六分」

 オレがスティアの方へと駆け出した瞬間、後ろでベルが崩れ落ちた。

「ちょっ! だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」

 ベルは地面に倒れ伏したまま、手の甲同士を一回打ち鳴らすと、ゆっくりと立ち上がった。それから、もう一度グローブのプレートを鳴らして魔法を発動させる。

「今の内に、叩く」
「……ミリオンベル、ありがとう」
「いや、スティアこそ、時間稼ぎしてくれてありがとう」

 ベルも立ち上がると、スティアに駆け寄って礼を言った。スティアは頬を染めて「別に」と答える。
 ちょっと待て、いくらイケメンでもあっさり惚れちゃうのはお兄ちゃん許しませんよ。

「シア達は?」
「ボインちゃんなら、あの中で姉様が守ってるよ」

 同じく近付いて来たアーニストに尋ねると、彼は顎で元山小屋を指した。それなら安心だ。
 何しろシアは、ちょっと魔法が使えるだけの普通の女の子なのだ。それと、近接戦が出来そうもないフルールが逃げてくれているのなら、オレはそっちを気にせずに戦える。

「さて、困ったものだね」

 ブッドレアが声を上げながら、にっこりと微笑んでサフランに絡む蔓を切り落とした。いつの間にか彼は、自分に絡む蔓を切り、仲間であるサフランの救出まで済ませたのだ。

「サフラン君、君は彼らの精術に警戒しておいてはもらえないかな?」
「オーケー。んで、ブレアがヤバくなったら助けてあげちゃえばいいんだよね?」
「そういう事だね。よろしく頼んだよ」
「仕方ないなぁ。この僕が、特別に助けてあげる」

 サフランは、自信満々な表情を浮かべる。つーかこいつ、たった今ブッドレアに助けられたはずなのに、この根拠のない自信は一体どこから湧き上がって来るのか。
 いや、今はそんな事どうでも良い。
 オレは槍を握り直すと、ブッドレアへと何度目かも分からない突進をかます。

「進歩が無いねぇ」

 ブッドレアは冷たい目で、ため息交じりにオレの槍を武器の腹を使って押し返した。今までのオレなら、ここで負けじと力を込めただろう。
 だが、ベルに言われて目が覚めた。周りが、色を持ち始めたのだ。
 視界の端でスティアがこちらに向かっている事に気付き、ブッドレアの押し返す力に乗って後ろに跳んだ。

「ようやっとまともになったか。馬鹿兄が」

 横をスティアが毒づきながら通りぬけ、ブッドレアへと素早い突きを繰り出す。

「おっと、これは驚いた」

 ブッドレアは目を丸くしながらも直ぐに応戦し、スティアの足を蹴った。体制を崩したスティアの横から、今度はベルが拳を突き出す。
 ブッドレアは慌てて下がると、ベルと距離を取った。

「君は……えぇと」
「ミリオンベルだ」
「よし、覚えたよ。ミリオンベル君だね」

 ベルは直ぐに距離を詰めながら答えると、ブッドレアは詰められた分だけ下がりながら微笑む。

「君は説得だけで、突っ込むだけで周りの見えていないクルト君の意識を変えたのかね?」
「別に。クルトが元々強かっただけだ」

 しれっと答えながら、ベルはブッドレアの頭部を狙って拳を振るった。が、それはあっさりとかわされ、ブッドレアは微笑みを浮かべたまま「そうかそうか」と相槌を打つ。

「君は、きっと教師に向いている」
「俺は先生っていうガラじゃない」

 律儀に返答した所で、ベルの拳はブッドレアの腹に叩き込まれた。ただ、それと同時にベルの右肩から左肩へと繋がる様に一閃……いや、一線入った。
 ブッドレアの剣が、薄くではあるがベルの服と皮膚を裂いたのだ。
 ベルは直ぐに下がり、自分の怪我の度合いを確認する。


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