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一章
1-36 僕、すごく我慢したし。偉くない?
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「――弾丸に更なる力を」
アーニストの声が耳に入り込む。おそらくこれは、呪文の最後の節だったのだろう。
これを言い切るやいなや、オレ達とは距離を取っていたアーニストが、こちらに魔法陣を向けていたサフランの足元に六発撃ち込んだ。
「やだなぁ、僕に触手プレイの趣味は無いんだけど」
今までのものよりも遥かに太い蔓が地面から延びるとサフランに絡み始める。が、サフランは眉を顰めて魔法陣を描き、焼き尽くした。
どういう魔法だったのか、彼の意味不明のズボンに火が燃え移る事は無く、アーニストの渾身の精術の結晶は灰になってしまった。
「ていうかさー、僕、触手プレイはジャンル外だし、仮に好みだったとしても女の子が囚われていないと興奮すらしない。今の僕にとっては、只々邪魔で鬱陶しいだけのこれで、イラっとしないとでも思ってるの?」
サフランは眉をしかめたまま、アーニストを指差す。いや、正確には魔法陣を描き始めたのだ。
「――ちょ、止め!」
アーニストは慌てたように逃げようとしたが、サフランは彼の方をしつこく狙い続け、魔法陣を描いてはキャンセルし、描いてはキャンセルを繰り返しながらも、確実にアーニストを仕留める方向で動いているようだ。
アーニストはアーニストで銃に精術の弾丸を込める暇さえ与えられない。
これはマズイとオレが動こうとした時、既にスティアが動いていた。
「死ね、マイナス点野郎が」
スティアは低い声で毒吐くと、サフランへと強烈な突きを放つ――が、それはあっさりと金属音によって阻まれた。
オレがスティアやアーニストに気を取られている内に、だったのだろう。スティアの目の前で、彼女の剣を受け止めたのはブッドレアだったのだ。いつ動いたのか、オレには全く分からなかった。
スティアは舌打ちをして直ぐに後ろへと下がる。
こうなったら、オレが間に入らなくては。直ぐに走って、ブッドレアへと槍を突く。
ようやっと槍本来の扱いを思い出したかのようなオレの攻撃すらも、ブッドレアが易々と受け止めた。それも、オレの槍の刃先を。彼のレイピアよりも細い剣の刃先で。
ほんの数ミリの狂いすら許されないような、人間技とは思えない止め方で、わざわざ実力の差を見せつけたのだ。
「ふむ、ようやっと学習はしてくれたようだね。槍とは、そうやって長さと突きを使って戦う武器なのだよ」
「クルト、そのままにしてろ!」
どうするべきかと嫌な汗が伝って来たオレの耳には、ベルの声が聞こえた。おかげで気分はキリっとして、強い気持ちで槍を握ったままブッドレアを睨み付けた。
気分だけでも負けてたまるか!
オレは目の端でベルがブッドレアへと拳を打ち出した事に気が付いた。が、次の瞬間にはオレの槍からブッドレアの剣は外れ、重力に従って垂れ下がった槍の柄を彼は蹴りあげた。
おかげでオレは踏鞴を踏む。
が、ブッドレアはその間も勢いを殺す事なく、ベルへと剣を振るった。
このままじゃベルがまた斬り付けられるとひやりとしたが、オレの耳に入り込んだのは金属音。今まで聞いてきた武器と武器の擦れる様な金属音ではなく、同時に何かがひび割れたような音も聞こえたのだ。
「おっと、もっとどこかしらがザックリ行くと思ったのだがね。それこそ、もう立ち上がれない程に」
「残念だったな。俺がイケメンの上に頑丈で」
「ははは、確かに。折角だから君の美しい顔に傷でもついたら、箔もつきそうな物だったのだがね」
オレが驚いたのは、二人の会話よりも今の状況だ。
ベルは自らに振り下ろされたブッドレアの刃を左のプレートで受け止めた体制のまま、相手を睨んでいた。
彼の武器でもあるプレートは、ブッドレアの剣によってひび割れ、これ以上使えそうもない。
「お前の武器、強度がおかしい」
「そりゃあ、特別製だからね。魔法で剣の強度を上げるのは、それほど驚くような事ではないとは思うのだよ」
「……確かに」
いや、オレは全然納得いかねーぞ!
とはいえ、言われてみれば確かに細い刃が、これまでの戦いで刃こぼれの一つもしていなかったというのは、よくよく考えれば違和感のある事だった。
「これで体制を建て直しなよ」
アーニストの声が聞こえたと同時に、ブッドレアの足元には一つ弾丸が撃ち込まれ、細い蔓が彼の足に絡み付く。
今まで隙を見ながらアーニストは弾丸の補充をしていたのだろう。
これを好機と捉え、オレはブッドレアと距離を取り、勿論ベルも体制を整えて後ろに下がった。
蔓の攻撃は、これまで同様長くは持たない。
直ぐに切り捨てられ、ブッドレアが困ったような表情を浮かべる状況へと戻っただけ。いや、寧ろ状況は悪化しただろう。
何しろ、ベルの武器が一つ壊されてしまったのだから。
「あーもー! だーかーらー、ウザいんだってば!」
サフランの方を見ると、彼は再び蔓に絡まれ、苛立った様子で焼きつくしていた。既にあの辺りは、焦げ跡まみれだ。
アーニストはまた弾丸を使い果たしたようで、もう何度目かの補充のための詠唱をしている。
「別にあの女、綺麗な状態で渡せとは言われてないんだし、もういいよね。うん、オーケーオーケー。僕、すごく我慢したし。偉くない? よし、偉い」
サフランは自問自答、というよりは自己完結させながら魔法陣を描き始めた。
ただし、今までのようにオレ達に向けてではない。
シアやフルールがこもっているやたらとデカい木の方に向かって、だ。
最初に反応したのはスティアだった。風を刀身に纏わせる精術の詠唱をしながら走り、大きな木の前に立ちはだかると、思いきりレイピアを振るう。
轟、と大きな音と強い風。それに煽られた――もとい、押し返されたサフランが放った炎は、術者を襲う。
サフランは慌てて避けながら魔法陣を描いて炎に水をかぶせたが、僅かに消しきれなかった炎が彼の服を焦がした。
「このクソ女! 何しやがるんだ!」
「ネメシア、フルール! とっとと逃げろ! そこはもう安全じゃない!」
サフランの怒りの声を無視し、スティアは木の中の二人へと伝える。本当に聞こえているのかは謎だが、それでも伝わっている事を信じての事だ。
「サフラン君、落ち着きたまえ」
ブッドレアは宥めようとしたが、サフランの怒りは収まらないようで、再度木へと魔法陣を描き始めたのだった。
アーニストの声が耳に入り込む。おそらくこれは、呪文の最後の節だったのだろう。
これを言い切るやいなや、オレ達とは距離を取っていたアーニストが、こちらに魔法陣を向けていたサフランの足元に六発撃ち込んだ。
「やだなぁ、僕に触手プレイの趣味は無いんだけど」
今までのものよりも遥かに太い蔓が地面から延びるとサフランに絡み始める。が、サフランは眉を顰めて魔法陣を描き、焼き尽くした。
どういう魔法だったのか、彼の意味不明のズボンに火が燃え移る事は無く、アーニストの渾身の精術の結晶は灰になってしまった。
「ていうかさー、僕、触手プレイはジャンル外だし、仮に好みだったとしても女の子が囚われていないと興奮すらしない。今の僕にとっては、只々邪魔で鬱陶しいだけのこれで、イラっとしないとでも思ってるの?」
サフランは眉をしかめたまま、アーニストを指差す。いや、正確には魔法陣を描き始めたのだ。
「――ちょ、止め!」
アーニストは慌てたように逃げようとしたが、サフランは彼の方をしつこく狙い続け、魔法陣を描いてはキャンセルし、描いてはキャンセルを繰り返しながらも、確実にアーニストを仕留める方向で動いているようだ。
アーニストはアーニストで銃に精術の弾丸を込める暇さえ与えられない。
これはマズイとオレが動こうとした時、既にスティアが動いていた。
「死ね、マイナス点野郎が」
スティアは低い声で毒吐くと、サフランへと強烈な突きを放つ――が、それはあっさりと金属音によって阻まれた。
オレがスティアやアーニストに気を取られている内に、だったのだろう。スティアの目の前で、彼女の剣を受け止めたのはブッドレアだったのだ。いつ動いたのか、オレには全く分からなかった。
スティアは舌打ちをして直ぐに後ろへと下がる。
こうなったら、オレが間に入らなくては。直ぐに走って、ブッドレアへと槍を突く。
ようやっと槍本来の扱いを思い出したかのようなオレの攻撃すらも、ブッドレアが易々と受け止めた。それも、オレの槍の刃先を。彼のレイピアよりも細い剣の刃先で。
ほんの数ミリの狂いすら許されないような、人間技とは思えない止め方で、わざわざ実力の差を見せつけたのだ。
「ふむ、ようやっと学習はしてくれたようだね。槍とは、そうやって長さと突きを使って戦う武器なのだよ」
「クルト、そのままにしてろ!」
どうするべきかと嫌な汗が伝って来たオレの耳には、ベルの声が聞こえた。おかげで気分はキリっとして、強い気持ちで槍を握ったままブッドレアを睨み付けた。
気分だけでも負けてたまるか!
オレは目の端でベルがブッドレアへと拳を打ち出した事に気が付いた。が、次の瞬間にはオレの槍からブッドレアの剣は外れ、重力に従って垂れ下がった槍の柄を彼は蹴りあげた。
おかげでオレは踏鞴を踏む。
が、ブッドレアはその間も勢いを殺す事なく、ベルへと剣を振るった。
このままじゃベルがまた斬り付けられるとひやりとしたが、オレの耳に入り込んだのは金属音。今まで聞いてきた武器と武器の擦れる様な金属音ではなく、同時に何かがひび割れたような音も聞こえたのだ。
「おっと、もっとどこかしらがザックリ行くと思ったのだがね。それこそ、もう立ち上がれない程に」
「残念だったな。俺がイケメンの上に頑丈で」
「ははは、確かに。折角だから君の美しい顔に傷でもついたら、箔もつきそうな物だったのだがね」
オレが驚いたのは、二人の会話よりも今の状況だ。
ベルは自らに振り下ろされたブッドレアの刃を左のプレートで受け止めた体制のまま、相手を睨んでいた。
彼の武器でもあるプレートは、ブッドレアの剣によってひび割れ、これ以上使えそうもない。
「お前の武器、強度がおかしい」
「そりゃあ、特別製だからね。魔法で剣の強度を上げるのは、それほど驚くような事ではないとは思うのだよ」
「……確かに」
いや、オレは全然納得いかねーぞ!
とはいえ、言われてみれば確かに細い刃が、これまでの戦いで刃こぼれの一つもしていなかったというのは、よくよく考えれば違和感のある事だった。
「これで体制を建て直しなよ」
アーニストの声が聞こえたと同時に、ブッドレアの足元には一つ弾丸が撃ち込まれ、細い蔓が彼の足に絡み付く。
今まで隙を見ながらアーニストは弾丸の補充をしていたのだろう。
これを好機と捉え、オレはブッドレアと距離を取り、勿論ベルも体制を整えて後ろに下がった。
蔓の攻撃は、これまで同様長くは持たない。
直ぐに切り捨てられ、ブッドレアが困ったような表情を浮かべる状況へと戻っただけ。いや、寧ろ状況は悪化しただろう。
何しろ、ベルの武器が一つ壊されてしまったのだから。
「あーもー! だーかーらー、ウザいんだってば!」
サフランの方を見ると、彼は再び蔓に絡まれ、苛立った様子で焼きつくしていた。既にあの辺りは、焦げ跡まみれだ。
アーニストはまた弾丸を使い果たしたようで、もう何度目かの補充のための詠唱をしている。
「別にあの女、綺麗な状態で渡せとは言われてないんだし、もういいよね。うん、オーケーオーケー。僕、すごく我慢したし。偉くない? よし、偉い」
サフランは自問自答、というよりは自己完結させながら魔法陣を描き始めた。
ただし、今までのようにオレ達に向けてではない。
シアやフルールがこもっているやたらとデカい木の方に向かって、だ。
最初に反応したのはスティアだった。風を刀身に纏わせる精術の詠唱をしながら走り、大きな木の前に立ちはだかると、思いきりレイピアを振るう。
轟、と大きな音と強い風。それに煽られた――もとい、押し返されたサフランが放った炎は、術者を襲う。
サフランは慌てて避けながら魔法陣を描いて炎に水をかぶせたが、僅かに消しきれなかった炎が彼の服を焦がした。
「このクソ女! 何しやがるんだ!」
「ネメシア、フルール! とっとと逃げろ! そこはもう安全じゃない!」
サフランの怒りの声を無視し、スティアは木の中の二人へと伝える。本当に聞こえているのかは謎だが、それでも伝わっている事を信じての事だ。
「サフラン君、落ち着きたまえ」
ブッドレアは宥めようとしたが、サフランの怒りは収まらないようで、再度木へと魔法陣を描き始めたのだった。
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