精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-37 ここで逃げるのは、絶対にイヤなの!

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 揺りかごのような木の中でも、スティアの声ははっきりと聞こえた。

「やっぱり、行かないとダメだよ!」
「で、でも、……邪魔になっちゃいけないし、だから、ふ、二人で逃げましょう」
「イヤ!」

 ネメシアは首を左右に振る。
 それを見たフルールは途方にくれてしまったが、ネメシアはだからといって行動等を改めるつもりはなかったようだ。

「……ちょっと外を見せて。隙間を作ってくれるだけでいい」
「少しだけ、なら」

 ネメシアは壁際へ立つとフルールにねだる。フルールはといえば、現状を見れば少しは諦めてくれるのではないかという淡い期待から、外と隔離している木に隙間を作った。
 ちょうど覗き穴のようになったそこからネメシアは外を見ると、「やっぱりダメ」と首を左右に振る。

「皆苦戦してるんだよ。あたしだけ逃げるなんて出来ない」
「シアちゃんだけじゃなく、わたしと逃げるんです」
「ルルちゃんは逃げればいい。でも、あたしは皆を放っては逃げられない」

 ネメシアは真っ直ぐにフルールを見据えた。

「で、でも、そんなの」
「あたしはイヤ! ここで逃げるのは、絶対にイヤなの!」

 声こそは大きいが、駄々を捏ねている様子ではない。

「ルルちゃんが逃げるのなら好きにすればいい。もしかしたらここで全滅かもしれない事を考えれば、精術師として生き残るのも一つの方法だと思う。自分が可愛いのだって当たり前だよ。あたしは逃げる事を絶対責めたりしない!」

 ネメシアの反応は常に落ち着いており、顔にはうっすらと微笑みも浮かんでいる。これはフルールに心配をかけないように、といった類の配慮であった。
「だけどあたしはイヤなの。生き残るとか生き残らないとか、魔法使いとか精術師とか、誘拐されるとかされないとか、そういうの全部無しにして、皆を置いて逃げたくない」

「……でも」
「ルルちゃん、あたしはこれを強要はしないよ」

 ネメシアはここまで言うと、フルールから壁の方へと振り返り、壁に人差し指を向けた。

「だから、ルルちゃんもあたしに逃げる事を強要しないでほしいの。どうしても、っていうなら、ここに魔法で穴をあけてでも、あたしは皆の所に行くよ」

 向けた人差し指の先は、フルールの返答次第で直ぐにでも煌めき、魔法陣を描くだろう。

「……わかり、ました」

 フルールは小さく頷くと、ネメシアの隣へと並ぶ。
「そうですよね。わたし、もう逃げないってベルンシュタインとも約束したのに」
 壁に向けた指は下がり、ネメシアは隣のフルールの顔を覗き見た。それは、とても晴れやかで、力強い表情だった。

「シアちゃん、わたしも一緒に、連れて行ってくれますか?」
「もちろんだよ! 二人一緒なら、一人の時よりももっと頑張れるんだから!」

 ネメシアは下げた手でフルールの手を握って笑う。
 逃げてばかりではいられない。二人の気持ちは今、一つになった。

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