精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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二章

2-9 お仕事は進んでいますか?

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 オレとスティアの調書を終えて事務所に戻ると、ジギタリスが大きなため息を吐いた。何事かと彼の方を振り向くと、僅かに顔をしかめてルースとネモフィラを見ている。

「お二人とも、お仕事は進んでいますか?」
「へ? 仕事ッスか?」

 ベルときゃっきゃと遊んでいた様子のルースが、きょとんとした。
 いや、きょとんじゃなくて仕事しろよ。この時間分も給料発生してるんだろうが。

「丁度良かったですわ。この方のお説教をどうにかして下さいまし」
「どうにかって、何! まだまだ全然分かってないって事!?」

 シアが憤慨して頬をパンパンに膨らませる。
 今日はお菓子でパンパンではないので、オレの敵ではない。むしろ、あの我儘お姫様に付き合ってたんだから、称賛に値する。

「スティアちゃん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。お前、具合は良いのか?」
「えーと、かろうじて生きてる、かな」
「ベッドに行って寝てこい。どれ、私は調書も終わったし、一緒に行ってやろう」

 スティアはぐったりと返事をしたアリアさんの元へと行くと、ひょいっと抱き上げた。
 あー、クソ。オレもとっとと動いてアリアさんをお姫様だっこしてお部屋にお連れすればよかった! 失敗したー!

「ジッキー、ごめんね。モッフィーが全然分かってくれないの」
「いえ、お手数をおかけしました」

 ほっぺパンパンシアが、ジッキー……間違った、ジギタリスへと頭を下げる。つーか、モッフィーって何だ。モッフィーって。

「ところで、途中で調査をしようとする素振りは見られましたか?」
「何回も、もう嫌ですわー帰りたいですわー、って言ってたよ」
「……なにか弁解は?」

 ジギタリスがネモフィラに近づいてじっと見下ろす。
 あの表情が変わらなくておっかない人に見下ろされたら、オレだったら逃げたくなってる。うっかり泣きそう。
 いやいや、泣かない! オレは強い子! 強い男!

「ありませんわ。こんな無駄な時間を過ごす意味は分かりませんし、帰りたいと思うのは自然な事だと思いますの」

 対してネモフィラは、恐怖を感じている様子も見せずに、真っ直ぐに返した。

「それにこの方、精霊がいるって言い張りますのよ」
「いますよ、精霊は」
「そうッス。精霊はいるッス」
「そうだそうだ! 精霊はいるんだぞ!」

 ちょっと出遅れた。
 それにしても、そこのチャラいメガネも精霊信じてるんだな。13枚だしチャラいけど、意外と悪いヤツじゃないのかも。

「え、いますの?」
「いなかったらオレはどうやって精術使ってるんだよ!」
「手品か何かのような物では無くて?」
「精霊に力を借りて、精術使ってるんだっつーの!」

 食って掛かるも、全然話を聞いて貰えている気がしない。あーもう、腹立つー!

「大体、手品と言うのはこういった類の物でしょう」

 ジギタリスは呆れた表情を浮かべた後、握りしめた拳の間から、するするとリボンを取りだした。ものすごく長くて、明らかに掌には収まらない量だ。え、なに、手品?
 オレは興味を引かれてジギタリスに近づくと、リボンを出し終えた掌をまじまじとみた。
 制服の一つである真っ白な手袋を着用している以外、オレの手と違う部分は見えない。
 え、タネとか仕掛けとかあったんだよな? どうなってたんだ? こいつの掌に風穴があいてるようには見えないんだけど。

「……クルト、こっち見ろ」
「なんだよ、ベル。今こいつが凄い事を……」

 嘘だろ。
 オレはベルの方を見て、驚愕に目を見開いた。
 何しろベルは、耳からハンカチを繋げたものを取りだしたのだ。
 オレは慌ててベルに近づくと、ベルの耳をじっくりとみる。ごく普通の形の綺麗な耳だった。

「俺も手品はちょっとだけ出来るんだ」
「何だこれ、すげー!」

 ベルって、料理の腕が素晴らしいだけじゃなくて、手品まで出来るのか! どこまで完璧なんだ! 格好良い!
 オレも手品を覚えたらモテるかな。

「貴女は、あのような反応をする方が手品のようなタネを仕込んで精術を使っていると?」
「今の、どうなってますの? ジギタリスさん、手からリボンが出ましたわよ。身体的な異常ですの?」
「手品、ご存知ですよね? ご存知だからこそ、精術と手品をいっしょくたにしたのでしょうし」

 ネモフィラは首を傾げ、目を瞬かせた。

「魔法ですの?」
「手品です」
「精術は?」
「精術です」

 うわー、ジギタリスって大変なポジションなんだな。階級持ちって、オレだったら三日でキレそう。
 ……嘘だ。一日で我慢の限界だろう。

「貴女には局に帰ってからじっくりお教え致します。それで、フルゲンスさんは何を?」
「お喋りッス」

 うわー、こいつも悪びれねー! オレの知ってる高圧的かつぞんざいな仕事をする管理官のイメージではないが、これはこれで大問題だ。
 だって、こんなちゃらんぽらんで給料発生してるんだぞ……。

「仕事は?」
「やってねーッス」
「弁解は?」
「ねーッス。ベルと触れ合えてチョー楽しかったッス」

 いっそ清々しいが、ジギタリスにとっては清々しくは感じられなかったらしい。

「触れ合う、って。ベルさんは犬猫の類ですか……」
「ご、ごめん、ジスさん」

 ベルがしゅんと俯いて謝る。

「俺もルースに会えたのが嬉しくて、調査の事を忘れて喋っちゃったから……」
「ベルのせいじゃねーッスよ」
「そうですね。これに関しては職務を忘れて遊びにうつつを抜かした貴方の責任でしょう」
「ハーイ、ハーイ。サーセンっしたー」

 ものすごく謝る気の感じられないチャラ語が飛び出すと、ベルは思いきりよくルースの方を振り向き、びっくりした顔をした。

「ルース、それは謝ってないだろ。俺も一緒に謝るから、ちゃんとしよう。な?」
「ベルが謝る必要はねーッス。ま、ちゃんと謝る気もねーッスけど」
「ルース!」

 珍しくベルが大き目の声を上げる。その表情は、悲しそうでもあり、怒っているようでもある。

「……申し訳ないのですが、後日もう一度調査に来ても宜しいでしょうか?」
「いいよ。次の時間があるんでしょ? ま、今回は僕も悪かったし」

 だよな! 忘れてたもんな!

「ありがとうございます。調整して、そちらの都合さえ宜しければ、明日にでもすぐ」
「うん、そうして。明日なら空いてるから」
「むしろ空いてないのはいつですか?」

 思わず尋ねると、所長は苦笑いを浮かべた。

「ちょっとー、ウチを倒産寸前みたいに言うの止めてよー」

 って事は、一応倒産寸前じゃないんだな! そこそこにどうにかなってるんだな?
 安心したー。よかったよかった。ここが無くなったらオレはどうしようかと……。

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