精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
113 / 228
三章

3-7 話は聞かせてもらったわ!

しおりを挟む

 パタン、とドアが閉まる音がするやいなや、テロペアがひょいっと顔を出す。

「あれ? 帰っちゃったの? コーヒー淹れたのに」

 あ、忘れてた。テロペアの手には、ホカホカと湯気を上げるカップが三つのったお盆。暑いけど、作り置きのアイスコーヒーとかじゃなく、どうもホットコーヒーを淹れていたらしい。それも、豆を炒るところから始めて。

「俺が飲むからいい」
「わ、わたしも!」
「オレも!」

 三つ余るというのなら、一つ飲みたい! 淹れたてのコーヒーだ!

「……あ、うん。いいんだけど」

 テロペアはちょっと首をかしげながらも、オレ達の前に置いた。それから二番目に手を上げたアリアさんの前に、再度キッチンに入って持ってきたミルクも置く。
 そういえばアリアさんって、いつもコーヒーにはミルクを入れるな。もしかして、ブラックだと胃に負担がかかりすぎるのか?

「ベユ、大丈夫?」
「……何が?」
「いや、大丈夫ならいいんらけど」

 所長にくっついていたベルを、テロペアは気遣う。やっぱり、ちょっと何かな……。あれ、本当にベルの事だったのかも知れない。

「あー、えっと、とりあえず依頼は受けたって事になるし、先払いでお代も頂いたし……」

 話を変えるかのように、所長は咳払いをしてからディオンさん達に話しかけた。どうやら値段交渉どころか支払いまで終わっていたらしい。

「あの、宿とかどうします?」

 ああ! 長丁場になるなら必要か!
 クヴェルは第三都市なので、別に宿屋がないわけではない。だが、宿屋が多いのは駅周辺の事。駅から少し歩いた場所になるこの辺になると、かなり数が減るのだ。

「うちはあの……物置なら空けられるんだけど……」
「空きますかね?」
「所長、空きますか?」

 正確には物置代わりにしている部屋、だ。そこまでちゃんと言わないと、なんか人聞きが悪いんだけど。

「ごめん、空かないかもしれない」

 ……どの道か。物置代わりのその部屋は、依頼品から資料まで、ごちゃっとおいてあるのだ。時々ベルが片付けてはいるが……まぁ、所長の手が入るという事はつまり、そういう事で。

「所長の部屋を片付けて、その中に押し込めれば行けますよ」

 ベルが鼻で笑う。所長に「おいで」って言われて近寄っていなければ、もの凄く偉そうに見えるところだった。そもそも所長が散らかすのが悪いんだけど。

「いやいやいや、その辺で宿を取りますから!」

 ディオンさんが、必死に首を左右に振って遠慮している。ところがどっこい、その辺に宿が少ないんだな。

「話は聞かせてもらったわ!」

 その時だった。ドアをバーンと開けて、そいつが現れたのは。
 フリルに食べられるんじゃないかというほどフリルのついたワンピースに、髪の上半分をウサギのように結わえた女。そう、隣の雑貨屋の激しい人――コスモスだ。

「コモちゃん、急に出てくるのを止めて! びっくりするでしょ!」
「ごめんなさい」

 所長に注意されると素直に謝りはするが、そのまま出て行く様子は見られない。

「でも、そろそろ宿が欲しいって話をしているだろうな、って、あたしのセンサーが反応したから」
「いつも思うけど、君のセンサーはどうなってるの」

 センサー、センサーって、こいつ本当に人間か……? 「ハゲシイデス」みたいな名前の魔法で動いている何か、とかじゃないよな?

 オレはびっくりしながらも、今のうちだとばかりにコーヒーをすすり始めた。
 何これ、うっま!! もしかしてベルの淹れる物よりもおいしいんじゃないか!?

「実質可愛いから大丈夫! 家を宿代わりに使うといいわ!」
「実質って何!? 君の可愛いセンサーって当たるから怖いんだけど。いつもの可愛いのとどう違うの!?」

 当たるのか。あ、そういえばオレも面接の時に可愛いって言われた気がする!

「フーさん」
「な、何?」

 コスモスは改めて、じっと所長を見つめた。

「皆違って、皆いいのよ」
「わからないよ」

 どうしよう、全然わからない。こいつ、何の話をしてるんだ?

「それに、その話、スーさんはいいって言ってるの?」
「聞いてないけど大丈夫よ!」
「大丈夫じゃないよ! ちゃんとお兄ちゃんにお伺いを立てなさい! お兄ちゃんのお店でしょ!」

 家主の許可も得ずに暴走していたのか。うちのスティアはしっかり者でよかったー。妹に暴走されるって、大変そう。

「あ、あの?」
「あ! あたし、隣の雑貨屋に住むコスモス・ブルーメ!」
「えっと、俺はエーアトベーベン。ディオン・エーアトベーベン」
「僕はエーアトベーベン。ラナンキュラス・ツヴェルフ・エーアトベーベン」

 困惑するディオンさんに突然名乗ったかと思えば、ディオンさんもラナンキュラスさんも、すぐに名乗り返した。精術師の性だ。

「明日の予選、クルトと一緒に出るんでしょ?」
「あ、う、うん」

 なぜ知っている。覗いて聞き耳でも立てていたのか。

「宿をどこでとるか、っていう話でしょ?」
「う、うん」

 ディオンさんは困惑しっぱなしだ。オレがあれをやられても、困惑するだろうなぁ。

「でも、すぐ明日予選だし、勝ち進めればすぐ本戦が始まるじゃない。と、なれば、宿泊場所は近い方がいいわよね」
「そ、そうだね」
「そこで、うちよ!」

 うちよ、と言われましても。おそらくこれは、ディオンさんも同じ気持ちだったのではないだろうか。

「部屋ならあるわ! 安くもするわ! どうかしら!」
「え、えっと……」
「だからコモちゃん。スーさんの許可を貰ってからにしなさいって」

 見かねた所長が口を挟むも、「先に意思を確認しようかと思っているだけよ!」と胸を張られ、曖昧に「あ、うん、そう」と返す。
 コスモス、強い。

「えっと……お兄さんから許可を頂けるようなら、是非」
「わかったわ! すぐお兄ちゃんに話してくる!」

 コスモスは大きな声で返事をすると、何でも屋を飛び出した。その俊敏性はどこで手に入れたんだ。

「……彼女は?」

 パタン、と、ドアがしまってから、ディオンさんは引きつった笑みを所長に向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...