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三章
3-7 話は聞かせてもらったわ!
しおりを挟むパタン、とドアが閉まる音がするやいなや、テロペアがひょいっと顔を出す。
「あれ? 帰っちゃったの? コーヒー淹れたのに」
あ、忘れてた。テロペアの手には、ホカホカと湯気を上げるカップが三つのったお盆。暑いけど、作り置きのアイスコーヒーとかじゃなく、どうもホットコーヒーを淹れていたらしい。それも、豆を炒るところから始めて。
「俺が飲むからいい」
「わ、わたしも!」
「オレも!」
三つ余るというのなら、一つ飲みたい! 淹れたてのコーヒーだ!
「……あ、うん。いいんだけど」
テロペアはちょっと首をかしげながらも、オレ達の前に置いた。それから二番目に手を上げたアリアさんの前に、再度キッチンに入って持ってきたミルクも置く。
そういえばアリアさんって、いつもコーヒーにはミルクを入れるな。もしかして、ブラックだと胃に負担がかかりすぎるのか?
「ベユ、大丈夫?」
「……何が?」
「いや、大丈夫ならいいんらけど」
所長にくっついていたベルを、テロペアは気遣う。やっぱり、ちょっと何かな……。あれ、本当にベルの事だったのかも知れない。
「あー、えっと、とりあえず依頼は受けたって事になるし、先払いでお代も頂いたし……」
話を変えるかのように、所長は咳払いをしてからディオンさん達に話しかけた。どうやら値段交渉どころか支払いまで終わっていたらしい。
「あの、宿とかどうします?」
ああ! 長丁場になるなら必要か!
クヴェルは第三都市なので、別に宿屋がないわけではない。だが、宿屋が多いのは駅周辺の事。駅から少し歩いた場所になるこの辺になると、かなり数が減るのだ。
「うちはあの……物置なら空けられるんだけど……」
「空きますかね?」
「所長、空きますか?」
正確には物置代わりにしている部屋、だ。そこまでちゃんと言わないと、なんか人聞きが悪いんだけど。
「ごめん、空かないかもしれない」
……どの道か。物置代わりのその部屋は、依頼品から資料まで、ごちゃっとおいてあるのだ。時々ベルが片付けてはいるが……まぁ、所長の手が入るという事はつまり、そういう事で。
「所長の部屋を片付けて、その中に押し込めれば行けますよ」
ベルが鼻で笑う。所長に「おいで」って言われて近寄っていなければ、もの凄く偉そうに見えるところだった。そもそも所長が散らかすのが悪いんだけど。
「いやいやいや、その辺で宿を取りますから!」
ディオンさんが、必死に首を左右に振って遠慮している。ところがどっこい、その辺に宿が少ないんだな。
「話は聞かせてもらったわ!」
その時だった。ドアをバーンと開けて、そいつが現れたのは。
フリルに食べられるんじゃないかというほどフリルのついたワンピースに、髪の上半分をウサギのように結わえた女。そう、隣の雑貨屋の激しい人――コスモスだ。
「コモちゃん、急に出てくるのを止めて! びっくりするでしょ!」
「ごめんなさい」
所長に注意されると素直に謝りはするが、そのまま出て行く様子は見られない。
「でも、そろそろ宿が欲しいって話をしているだろうな、って、あたしのセンサーが反応したから」
「いつも思うけど、君のセンサーはどうなってるの」
センサー、センサーって、こいつ本当に人間か……? 「ハゲシイデス」みたいな名前の魔法で動いている何か、とかじゃないよな?
オレはびっくりしながらも、今のうちだとばかりにコーヒーをすすり始めた。
何これ、うっま!! もしかしてベルの淹れる物よりもおいしいんじゃないか!?
「実質可愛いから大丈夫! 家を宿代わりに使うといいわ!」
「実質って何!? 君の可愛いセンサーって当たるから怖いんだけど。いつもの可愛いのとどう違うの!?」
当たるのか。あ、そういえばオレも面接の時に可愛いって言われた気がする!
「フーさん」
「な、何?」
コスモスは改めて、じっと所長を見つめた。
「皆違って、皆いいのよ」
「わからないよ」
どうしよう、全然わからない。こいつ、何の話をしてるんだ?
「それに、その話、スーさんはいいって言ってるの?」
「聞いてないけど大丈夫よ!」
「大丈夫じゃないよ! ちゃんとお兄ちゃんにお伺いを立てなさい! お兄ちゃんのお店でしょ!」
家主の許可も得ずに暴走していたのか。うちのスティアはしっかり者でよかったー。妹に暴走されるって、大変そう。
「あ、あの?」
「あ! あたし、隣の雑貨屋に住むコスモス・ブルーメ!」
「えっと、俺はエーアトベーベン。ディオン・エーアトベーベン」
「僕はエーアトベーベン。ラナンキュラス・ツヴェルフ・エーアトベーベン」
困惑するディオンさんに突然名乗ったかと思えば、ディオンさんもラナンキュラスさんも、すぐに名乗り返した。精術師の性だ。
「明日の予選、クルトと一緒に出るんでしょ?」
「あ、う、うん」
なぜ知っている。覗いて聞き耳でも立てていたのか。
「宿をどこでとるか、っていう話でしょ?」
「う、うん」
ディオンさんは困惑しっぱなしだ。オレがあれをやられても、困惑するだろうなぁ。
「でも、すぐ明日予選だし、勝ち進めればすぐ本戦が始まるじゃない。と、なれば、宿泊場所は近い方がいいわよね」
「そ、そうだね」
「そこで、うちよ!」
うちよ、と言われましても。おそらくこれは、ディオンさんも同じ気持ちだったのではないだろうか。
「部屋ならあるわ! 安くもするわ! どうかしら!」
「え、えっと……」
「だからコモちゃん。スーさんの許可を貰ってからにしなさいって」
見かねた所長が口を挟むも、「先に意思を確認しようかと思っているだけよ!」と胸を張られ、曖昧に「あ、うん、そう」と返す。
コスモス、強い。
「えっと……お兄さんから許可を頂けるようなら、是非」
「わかったわ! すぐお兄ちゃんに話してくる!」
コスモスは大きな声で返事をすると、何でも屋を飛び出した。その俊敏性はどこで手に入れたんだ。
「……彼女は?」
パタン、と、ドアがしまってから、ディオンさんは引きつった笑みを所長に向けた。
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