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三章
3-20 椅子を引いてくれる人はいましぇん
しおりを挟む全員の身支度が整った後、レストラン・ヴァイスハイトに向かった。それほど遠い場所にあるわけではない、隠れ家的レストラン。
味は抜群で、雰囲気は静かでシックで高級感がある。それだけにお値段は少し張る。これがオレの持っている情報と印象だ。
その高級店のドアを、所長は躊躇いなく開ける。まるで自宅であるような気軽さで。
っていうか、オレ達、オシャレしてきたわけじゃないけどいいのか? 浮かないか? あ、でも、貸し切りだっけ。
緊張しているのはオレだけではないようで、スティアの表情も硬い。あと、ディオンとラナの顔にも、心なしか緊張の色が見える。
ドアベルが鳴り、中へと身体を滑り込ませると、そこはもう、異世界だった。
華美になりすぎない色合いの明かりと、なんか高そうな装飾。いい感じに配置された植物。
一部の席は完全にカーテンのようなものに覆われており、一応個室のような雰囲気になる場所もある。
大衆的な店に比べると、完全に高級な雰囲気。ここよりもっと高級な店は見た事がないから、そっちとは比較できないが、少なくともオレが今まで足を踏み入れた事のある店よりも値段が張る店なのは分かる。
普段はいくつかのテーブル席に分かれているであろう店内は、今日は四角い大きいテーブルをくっつけて皆でワイワイ食事出来るようになっていた。気遣いかな。
「いらっしゃーい」
「テロペア、今日はお疲れ様!」
「うん、おちゅかれー」
その、実質ただっ広いテーブル席の一部に、テロペアが腰かけながらこちらに手を振っている。こちらっていうか、多分ベルにだけだけど。
「あれ、テロペア君は今日座ってるの?」
「いらっしゃい、フーしゃん」
「いらっしゃいました」
所長はちょっとびっくりした顔をしながら、手近な椅子に腰かける。慣れてる……。
「だって、おれ、今日はお祝いされる側じゃん。だから、おれは今日、座ってゆにょ」
「テロペア、俺も厨房に入ってもいいかな?」
「いいんじゃにゃい? クソジジイに聞いてきたら?」
「うん!」
ベルはテロペアに確認してから、するっと厨房の方へと向かった。
「じーちゃん、俺も厨房に入ってもいい?」
「おう、ベル坊か。服が汚れないように制服を貸す」
「やった」
ベルの声に反応して顔を出したのは、ザ・料理をする人、みたいな恰好をした銀髪のおじさんだった。あれがテロペアのおじいちゃんか。
笑顔の一つもなくて、厳しそうな人だ。
だが、ベルに対しては甘いのかもしれない。ベルのお願いがあっさりと聞き入れられた上に、服まで貸すと言っているのだから。
それに、料理人の城である厨房への立ち入りも許可されるとなると……さては大分可愛がってるな?
「みんな、にゃに突っ立ってんの? てきとーに座れば?」
「あぁ、セルフなの!」
「しょ。セルフ。椅子を引いてくれる人はいましぇん」
「はーい」
ベルが厨房に消えるのを横目に、テロペアが皆を促した。
シア、椅子は普通自分で引いて座るだろ。普段だってそうしてるのに。まさか……高級店では、椅子を引いて貰う事もあるのか?
いや、まさかな。だって椅子だぞ。椅子は自分で座るものだ。
「しょもしょも、今日は貸し切りだし。ぎゃーぎゃーしてもいいよ」
騒いでもいいのか。じゃあ、テーブルマナーとか怪しくても今回は大丈夫だな!
「だからしゃあ、そこでもじもじしてなくていいから。クユトと、クソ女」
「ふん、別にもじもじなどしていない」
スティアは最初から気にしていなかった、という風を装いながら、ずんずんと席へと向かう。オレは知ってるぞ、お前、ちょっと緊張してたよな。
でも兄として、妹の恥ずかしい事はオレの胸の内にしまっておいてやろう。
「スティちゃん、スティちゃん、私が椅子を引こうか?」
「いい。そんな事をしなくてもいいから、お前はちゃんと座って食事をしろ」
アリアさんの提案はあっさりと蹴られ、それどころか椅子を引いてアリアさんに座るように促した。
「しょうだよー。アリア、ちゃんとご飯食べなきゃダメらよ。ちゃんとアリア用にメニューも考えておいたからね」
「えっ……」
「アリア、食べるよね?」
食事の話になると、テロペアはにこにことアリアさんを見る。その隙にスティアは座り、オレも座った。ついでに、ディオンとラナも一緒に座り、この二人は早速メニューを出して眺め始めている。
小声で「ひっ」とか「目玉が0に変わりそう」という話をしている事から察するに、中々のお値段だったようだ。オレも後で見よっと。
「え、っと」
「食べる、よね?」
「……はい」
そうこうしている内にアリアさんは頷き、隣でスティアは新たなメニュー表を取って眺めて変な顔をしていた。
お前の口の半開きの顔なんか、初めて見たぞ。なんか猫が臭いものを嗅いだ時の表情みたいだな。
「軽いパーティーメニューだけは先に頼んでるけど、後は各々好きなのを注文して」
どれどれ。オレもメニュー見せてもらおう。隣のスティアの手元をのぞき込む。
……え? これ、一品の値段?
「どうした、クルト。猫が臭いものを嗅いだ時のような表情を浮かべているぞ」
「う、うるせぇ。お前だってさっきまで同じ顔してたよ」
先にショックから回復したのは、先にメニューを見ていたスティアだった。
「所長、本気で言ってる? メニューの値段知ってる? これ食べても、何でも屋つぶれない?」
「ルト、大丈夫だよ。だってメニューに値段書いてるじゃん」
「お前は何を言ってるんだ?」
シアは顔色一つ変えずにメニューを見ながらよくわからない事を言った。値段の書いてないメニューって、それ、メニューの意味ある?
「時価じゃないって事だよ」
「時価?」
何言ってんだ、こいつ。
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