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三章
3-35 忘れられて困る話は存在しない
しおりを挟む「父さんの言いそうな事だな」
「だな。あー、でも、ヒントくらいくれたっていいのにー」
オレがくだを巻いていると、ベルが「なんだって?」と尋ねてきた。そっか、この場ではベルだけが精霊が見えないんだもんな。
オレはざっくりと今までの流れをベルに伝えた。
「エーアトベーベンも……。教えてくれてもよかったんじゃないのかな? ツークフォーゲルと違って、情報がお金だって考え方ではないんだから」
『え? めんどい』
めんどいって。こっちはこっちで酷いな。
「エーアトベーベン! その考え方はいけないよ。いつどこで、どんな風に使うかもわからない情報だ。それに、君達にとっても、忘れられていいような話ではないものもあったんじゃないのかな」
『うーん……』
エーアトベーベンは、首っぽいところを傾げる。
『無いな』
「いや、無いって」
『忘れられて困る話は存在しない』
嘘だろ!? こいつ、まさか……ツークフォーゲルよりも大雑把か!?
「おれ、段々ヴァイスハイトが細かいだけなのかもしれないって思い始めてきた」
『ひどいものじゃな』
『わしらはしっかりとせいれいとしてのつとめをはたしているだけじゃというのに』
『そうじゃ。わしらは、ヴァイスハイトのいえのためにちゃんとつたえているだけじゃ』
思わず頭を抱え始めたテロペアの周りで、テロペアと、なぜかベルについていたヴァイスハイトが一斉に長々と語り始めた。
うん、こいつは細かいな。
「ベル、ヴァイスハイトって細かいんだな」
「そうなのか?」
「ああ、かなり細かそうだ。神経質と言い換えてもいいタイプかもしれない」
ベルが、オレとスティアの説明を「そうなのか」と驚いたように聞いている。
『しつれいじゃな。これだからツークフォーゲルのいえのものは』
『まったくじゃ。うちのミリオンベルへあくえいきょうをおよぼさねばいいのじゃが』
う、うざい。テロペアなんか小声で「こいつら」って言ってるし。
気持ちは分からないでもない。
ラナに至っては「精霊によって性格がこんなに違うんだ」と目をぱちぱちさせている。うん、こっちの気持ちも分かるわ。
でも、うちの精霊がツークフォーゲルでよかったー。さすがに常に小言を言われるのは嫌だもんな。
「あー、もういい。説明する、説明する」
ついにヴァイスハイトの小言感満載の言葉が嫌になったのだろう。テロペアはため息交じりに話を進めた。
「精霊には昔、肉体があったにょ。しょの精霊が人と結ばれて生まれたのが精術師」
「つまり俺達は、精霊の血を引いている、という事かな?」
「しょういうこと」
そうだったのか。精霊の血を引いているからこそ、精霊が見える。精霊が見えるから力を貸して貰う事が出来る。
精術師の家系に、そんな秘密があったとは。
「いいよな。俺も精術師の家系に産まれたかった。浪漫がある」
あるか? ロマン。
「あー、だから、ここでいうところのパレードにあたるのが、各家にあるはじゅだよ」
「パレードが、うちにもある?」
「クルト、規模を小さくして考えろ。あたる、だけなのだから、きっとあの舞や歌の事だろう」
「あれか!」
そうだった。さっき考えてたじゃん! うっかりうっかり。
「俺、ヴァイスハイトのやつ、知ってるんだ」
「え? マジで。オレも知りたい」
何故かベルが知っているらしい。オレは興味津々でベルをみると「ちょっとだけ教えてやる」と得意げに笑われた。
ちょっと子供っぽい顔だけど、これがまた女子にモテそうなんだから、イケメンってズルい。
ベルはちょっと足を止めると、綺麗な声で歌い始めた。これがヴァイスハイトに捧げる歌なのだろう。
テロペアもそれに倣い、舞を始める。
これはシャッターチャンスだな。オレはカメラを構えながら、この美しい舞と、いい声で紡がれる歌に耳を傾けた。
ただ、気になるのは、なんとなく不自然な音の羅列である、というところか。
『ミリオンベルはあいかわらずじゃな』
『しかし、こころはこもっておる。こえもいいのじゃから、だきょうしよう』
『おんていがひどくなるのは、ほんにんではどうしようもないのじゃからな』
……これ、遠回しにベルが音痴だって言ってないか?
オレはかける言葉を探していると、ラナが「もしかして」と口にし、慌ててディオンが口を塞いだ。あ、やっぱりそういう意味だ。
やがて歌い終えると、ベルは満足げな顔で「どうだ」とばかりにこちらを見た。うん、努力は認める。
「えっと、声がいいな!」
「ありがとう」
「あと、精霊が喜んでた」
「そっか。嬉しい」
嘘は言ってない。嘘は言ってないぞ。
スティアがオレの肩を叩いて「いい感想だ」と頷いた。だよな! 傷つけないいい感想だったよな!
「……えっと、あとはパレードが終わったら、開会式やって、それからちょっとだけ試合がある」
「へ? あ、あぁ! 明日の予定な!」
そういえば、そこから話が始まったんだった。
オレは大きく頷き、それから全員で宿に向かった。
ピリピリした空気も何もない、穏やかな雰囲気。今日は移動やら何やらで疲れたが、ちゃんと休んで、明日に備えなければ。
きっと頑張れるはずだ。
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