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三章
3-55 とっとと帰ればー?
しおりを挟む疑問はさておき、今度こそ、ゆっくりと食事が始まった。
アリアさんはやっぱりヨーグルト以外のご飯を渡されているし、ベルはベルで、バランスよく食べている。ルースはベルにウザ絡み……間違った。強めのスキンシップをしながらもたんぱく質多めに食べている。
エーアトベーベン兄弟も多めの量をもりもり食べ、エーアトベーベンがつまみ食いしていた。ツークフォーゲルはツークフォーゲルで、オレやスティアの食事を狙っている。こいつら……。
「おや? 君達は明日の試合で当たる子供達ではないか」
やっと落ち着いて食事、というタイミングで、またしても話しかけられた。今度は何だ!
オレが顔を上げると、鼻の下にクルンとした髭を生やしているおじさんがこちらを見ていた。正確には、ベルを。このおじさん、何故か揉み上げの片方を三つ編みにしているんだが、これ、オシャレなのか?
どうせ三つ編みを見るなら、おさげのアリアさんを見続けたい。麗しいアリアさんと、髭面のおじさんを比べるのが、そもそも間違いなのだが。
おじさんの近くには逆三角形の身体にぴっちりズボンの男と、ピンク頭のムキムキ青年、赤髪の青年が一人。その赤髪の青年の影に隠れるようにしている気の弱そうな女の子が一人。
ピンクの髪の男は、ちょっとラナと同じ気配を感じるんだが……。もしかして、距離がないようなヤツなのか?
「あ、あの、すみません。オレはツルバギア・ドライ・ゲゼル。こっちは妹のデンドロビウムです。明日の試合で当たるので、是非ご挨拶を、と思いまして……」
赤髪の青年がちょっと困ったように微笑んだ。
「私はモンステラ・ドライツェーン・ルーデン。どうせ1枚と精術師しかいないようなチームと戦うとなれば、私達が圧勝する未来が見えているのだが、こうして見かけたからにはと話しかけてあげているのだ」
クルン髭おじさんは、ふぉっふぉっふぉ、と笑っている。嫌味なんだか、存在がコメディなんだかよくわからない人だ。
本人的には、13枚だし見下しに来ただけなんだろうけど、この人になんだかんだと言われたくない。
でも、やっぱりイラっとするし、どうもこのテーブルにいる全員がイラっとしたようで、全体的に顔を顰めてクルン髭おじさんを見た。……あ、違う。テロペアだけ見ていない。
テロペアはなぜかツルバギアさんとその妹をじっと見ている。どこかで見た事がある人なのか?
知り合いにしては、向こうはこっちを知らないみたいだし。一方的な知り合い? あ、それ、ただの知ってる人か。
「知ってるか? この大会に死を刻む悪魔が出るって噂」
「いや、まさか」
「いやいや、ファンクラブのやつらが話してたし、あるかもしれないだろ」
オレ達が話している途中だが、どうも気になる噂話が耳に入る。
近くのテーブルの集団が、お酒が入っているせいかちょっと大きな声でしゃべっているようだ。死を刻む悪魔、って、テロペアがファンの殺人鬼だよな?
「ほら、最近もあったじゃん。死体がぐちゃぐちゃになったっていう」
「お前、それはぶちまけ男爵じゃないか?」
「同一人物だろ?」
「それ、ファンクラブに怒られるんじゃないか?」
つい、皆そっちの噂話に気を取られてしまう。嫌味よりも、殺人鬼が出るかもっていう方が怖いし。
「……あ、あの、モンステラさん。早く食事を取って宿に戻りませんか?」
「何故だ?」
ツルバギアという青年がクルン髭おじさんに話しかけた。彼はさっきよりももっとくっついている妹を抱き寄せると、とっても困った顔をおじさんに向ける。
「その……う、噂話で、妹もすっかり怯えてしまってますし……」
「いやいや、いっそ居座ろうぜ! 殺人鬼になんて滅多に会えないじゃん! 会ったら爪、剥がして欲しいなー!」
「ちょ、ちょっとハイドランジア君。止めてよ」
自己紹介もなかったピンクのムキムキがウキウキとしている。うん、こいつはうざいな!
大体にして、普通、怯えている人を前に、殺人鬼の話でテンション上げるか?
「とっとと帰ればー?」
ここで口をはさんだのはテロペアだった。だが、ツルバギアさんは困ったようにクルン髭おじさんをちらっとみた。だよな、帰りたいって言ってたもんな。
で、この場合、一番権限がありそうなのがこのおじさんだとすれば……うん、このおじさんに嫌味返しするのが一番手っ取り早そうだ。
「正直、お前みちゃいな雑魚、おれとベユの敵じゃねーし」
おいおい、さらっとスティアを抜かすなよ。うちの妹だって強いですけどー?
「雑魚がわじゃわじゃ挨拶に来たっていう根性だけは褒めてやるけど、雑魚が何をしたところで雑魚じゃん」
「貴様――!」
「ザーコ、ザーコ!」
ど、どうしよう。さすがに止めた方がいい? ここでケンカになったら店の人に迷惑だよな?
オレはちらっとルースの方を見た。一応こいつ、管理官だし。
ルースはオレの視線に気が付くと、右手で丸を作って見せた。こ、これ、放置オッケーって意味か!? いいのか!?
「明日、大勢の人の前で恥をかかせてやる。その時になって後悔しても遅いのだからな!」
オレがルースを気にしていると、クルン髭おじさんは捨て台詞を吐いて鼻を鳴らした。
おお、暴力事件に発展しなかったぞ! ルース、見る目があるな!
管理官をやってると、どのタイミングで発展するのか、とかわかるようになるのかな。
「行くぞ」
「えー、折角出るかもしれないのに?」
ピンクのムキムキがつまらなそうに口を尖らせたが、「よいしょ」とそれなりサイズの妹を抱き上げたツルバギアさんに冷たい視線を向けられた。
こいつ、見かけによらず、それなりに鍛えてるんだな。隠れムキムキ?
「ハイドランジア君だけ、一人で夜遊びでもしたら?」
「つれないなぁ!」
クルン髭おじさんは、鼻息荒くオレ達へと背を向けた。言っちゃあなんだけど、このおじさん小物感があるな。
ツルバギアは冷たくピンク髪に言い放った後、ちらっと振り返って、口パクでテロペアに「ありがとう」と伝えて微笑んだ。
妹の方はびくびくしながらも「お兄ちゃん、わたし、一人で歩けるよ」と告げていたが、ツルバギアさんは離すつもりは無いようで「だめー」と優しい声をかける。どうやら溺愛しているらしい。
それにしても、凄いなぁ。妹って言っても、本当に結構なサイズだし。あの子、十四、五歳くらいのサイズじゃないか?
見た目のサイズ感は、ルースがロワを抱っこしているくらい?
オレが……いや、オレ達がその集団の背中を見送った後、テロペアは大きく息を吐き出した。
「で、テロペア。どうしたんスか?」
そこにすかさず声をかけたのは、ルースだ。
「にゃにがー?」
「ワザとっしょ? 雑魚って言って追い払ったの」
「俺もそう思った。急にどうしたんだ?」
知らぬ存ぜぬで押し通そうとしたのは見え見え。ルースとベルはしっかり追撃した。幼馴染だし、何か意図があったんだ、って思ったんだろうな。
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