精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-56 お前、いっぺん殴らせろ

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「あー、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの被害者の家族が混じってたから?」
「へ?」

 声を潜めて答えたテロペアに、オレは首を傾げた。

「さっきのツルバギアが、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの最初の被害者の家族」

 この言葉で、オレは列車の中でこいつに聞いた話を思い出した。あの、お父さんとお兄さん二人を亡くした人か。

「で、妹っていうのが、身寄りのなくなったツルバギアがお世話になっていた家の子供。列車の中でも言ったけど、妹も死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの被害者の家族だよ」

 そっか。あの子が両親とお兄さんを亡くした……。そりゃあ過保護にもなる。
 血は繋がっていないとは言っても、今では本当の兄妹のようだったし、きっと妹を大切にしているのだろう。

「あの二人は、どちらも死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが取り逃した人なんだし、とっとと帰った方がいいでしょ」

 確かに……。噂が本当で、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出るとすれば、きっとあの二人と誰かもう一人が狙われる事になるだろう。
 ……ていうか、あれ。テロペア、喋り方が普通になってる。こいつって死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの事になると「噛みやすい」って設定を忘れるのかな。

「そもそも不安だらけの二人だろうに、こんな大会に引っ張り出された上に、この辺で出たとかいう噂は聞こえるし。噂にはぶちまけ男爵の物も混ざってるしさぁ」

 殺人鬼って一人でも十分嫌なのに、二人もいるって嫌だな! 物騒!
 引っ張り出された、って話はなかったけど、テロペアの想像なのかな。

「帰りたがってるのにクソ髭親父がこんなところで油を売ってるわけじゃん。被害者家族を、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出るとかいう場所で、夜まで拘束するっておかしいでしょ」

 引っ張り出されているのかは置いておくとしても、確かにその状況でここで油を売るのはおかしい。チームメイトが被害者だって言うなら、とっととご飯食べて戻ればいいのに。

「あのクソ髭が気分を害せば、とっとと帰るだろうと思って」

 なるほど。で、このテロペアの気遣いがわかったから、ツルバギアさんは口パクで「ありがとう」と言ったわけか。
 テロペアってわかりにくいけど、あの人は分かったっていうのが凄い。オレだったら、気遣われてるって気づかないかも。
 ただでさえ、顔が怖いし。いや、全然怖くない! 怖くないんだけど! 一般的に見たら怖いかもな、って!

「テロペア、一応気遣うって事が出来たんスね」
「お前、いっぺん殴らせろ」

 テロペアの話をうんうんと聞いていたルースは、よりにもよってそんな風にまとめた。テロペアはそれに対して凄んで見せたが、たいして気にしていないように肩を竦めるだけ。
 幼馴染だし、慣れてるのか?

「つーか? 三人一組、三日間やる大会、なんて、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出るに決まってる条件なのに決行した国は馬鹿なんじゃないかな、とは思ってる」

 一度死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの話を始めたテロペアの口は、全然止まらない。噛む設定も置き去りに、語る語る。
 アリアさんがこっそり「ごちそうさま」をしたのにも気づかないほどだ。ごちそうさまに関してはすかさずシアとスティアが「まだ皿に残っている」と、テロペアが食べさせようとした皿を指差して阻止していたが。

「予選は三都市開催だしね。出るじゃん、こんな条件。今日あたり、三人くらい殺されるんじゃない?」

 テロペアの話を聞いた所長はがたっと席を立った。

「早く食べて、早く戻ろう」

 からからに乾いた声だった。

「ただでさえベルは夜が苦手だし、今日も僕と一緒にいられるわけじゃないじゃん」

 そう、選手には選手の宿泊施設が用意されている。ベルは所長と離れて寝る事になる。
 もし暗くてパニックになりそうな時には、オレもテロペアもいるから、フォロー出来るとしても……不安だよなぁ。殺人鬼が出る、なんて聞いたら。
 オレも不安だし。

「本当は後で渡そうと思ってたんだけど」

 所長はそう言って近付いて来た。手には何かが入っているであろう小さめの袋。それをベルに手渡した。

「持っていなさい」

 ベルは袋の中身を見ると、直ぐに顔を上げる。

「これ、俺の……」
「そう。直しておいたベルの武器だよ」

 ああ、プレートかっちーん! あの袋、そんなものが入っていたのか!

「また前回みたいな事があっても嫌だしね」

 前回……。あの、サフランの一件か。
 そしてオレの目の前で、オレのせいで人が死んだ……。いや、駄目だ! ちゃんと受け入れて、前を見て進むって決めたんだ!

「そりゃあ、無茶されるのも嫌だけどさ。いざって時に対処出来るものがないっていうのも不安だし」
「所長、過保護」
「えっ、そ、そうかな!?」

 ベルの「過保護」に反応した所長が、ちょっとおろおろしていたが、やがてベルの笑顔に気が付き、表情を緩めた。

「でも、ありがとう。ちゃんといざって時に使う」
「本当は使わない状態が続くのがベストだっていうのは、忘れないでね」
「うん」

 ベルが頷いたのを確認すると、所長はベルの頭を撫でてから自分の席へと戻った。うん、過保護なのは否定出来ない気がする。
 オレ達はそのあと、少し食事のスピードを速めた。
 物騒な予想は、他ならぬ死を刻む悪魔ツェーレントイフェルのファンによるものだ。皆どこかにその考えがあったのだろう。テロペアがどんなに否定したところで、こいつが死を刻む悪魔ツェーレントイフェルのファンである事は覆らない。

   ***

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