精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-63 何で笑ってるの! 怖いんだけど!

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 ミリオンベルのチームと、モンステラのチームが入場する。
審判役の管理官が試合開始の合図をするのを待ちながら、それぞれが武器を構えた。全員持っている武器は借り物の、木製の模造剣だ。
 そういった比較的危険性の少ないものなのだが、ミリオンベルにとってはやや扱いにくい物だった。何しろ彼は、普段であれば筋力を増強させるグローブをはめ、身一つで特攻していく戦い方をするのだ。
 勿論、剣を扱えないわけではない。幼い頃に彼にそういった事を教えてくれた人――フルゲンスの父なのだが、その彼は様々なものの扱い方を一通り教えてくれている。
 加えてフルゲンスも剣を使い、テロペアも剣を使う。尤も、彼に関しては双剣使いではあるが。とにかくそういった理由で、テロペアは試合開始前に二本受け取っている。
 その辺りの事もあって、使い慣れないとはいえ、ミリオンベルは十分に戦える自信はあった。ただ、扱いにくさという不安がやや残るだけで。
 スティアは警戒するように相手のチームの動きを細かく観察し、テロペアはモンステラに注目をしながらも全体の気配を探る。
 大会でないのなら一番魔法を警戒するべき相手は13枚のモンステラなのだろうが、今は支給されている「突風を起こす」と「石の礫を放つ」の魔陣符のみの使用しか認められていない。だったら別に強くもなさそうだし大丈夫だろう、というのが、テロペアの考えではあった。ミリオンベルには通じていないようだったが。
 相手のチームは、モンステラが奥で王様よろしくふんぞり返り、その手前の右にツルバギア、左にモカラという配置についている。それに対し、ミリオンベルのチームは、ミリオンベルを先頭に、テロペア、さらに後ろにスティアという並びだ。

「――開始!」

 審判の合図を受け、ミリオンベルは直ぐに地を蹴った。
 状況を見ようと言ったスティアとテロペアは動かなかったのだが、ミリオンベルは普段のスタイルに近い形で剣を片手に突っ込んでいく。それも、最初に彼が提示した作戦のように、一直線にツルバギアに向けて。

「う、うわぁぁっ!」

 慌てたのはツルバギアだ。突然の先制攻撃を、必死に手にした剣でしのぐ。そして、慌てて距離を取りながら魔陣符を発動させた。対象は、ミリオンベルだ。
 だが、状況を冷静に見て、直ぐに呪文を詠唱していたスティアの活躍により、幸いなことに石の礫はミリオンベルに当たる事なく弾かれた。彼女の発動した精術は、ミリオンベルの前に風の壁を作る、というものだったのだ。

「ナイス、クソ女」
「貴様もぼさっとするな。クソ野郎」

 この飛んだ石の飛礫は、ツルバギアの左側にいたモカラに向かって弾かれたが、彼は自慢の筋肉で礫をガードしながらミリオンベルに突っ込んでいく。
 スティアの言う「ぼさっとするな」は、暗に「あいつをどうにかしろ」という意味を示していた。
 仲が悪いとはいえ、意思の疎通が出来ないわけではない。テロペアは「言われなくても」と呟きながら、ミリオンベルとモカラの間に入り、右の剣で彼の拳を止めた。
 そうしながらも、左でモカラのゼッケンを狙う。

「ふんっ、筋肉の前に剣など無意味!」

 モカラはテロペアの左の剣を片手で止めると、服の上からでもわかる大胸筋をぴくぴくと動かした。どうやら筋肉のアピールをしているようだ。
 テロペアは、筋肉の力を信じ切っているモカラをあえて信じて、剣に力を込めた。彼はいま掴んでいる剣に力が込められると「ふんっ、その程度!」と豪快に笑い、より強く剣を掴んだ。

「ベル」
「わかってる」

 そうして力を込めさせるだけ込めさせて、モカラの注目を一身に背負ったテロペアがミリオンベルを呼ぶ。
 ミリオンベルはいつの間にか――モカラが筋肉アピールを始め、ツルバギアに距離を取らせたタイミングで、だったのだが、件のツルバギアの元をさっさと離れ、モカラのすぐ後ろにいたのだ。

「お前、邪魔」

 冷たい一言。これと同時に、トン、と、モカラの背中にミリオンベルの剣が当たった。同時に、彼のゼッケンの色は変わり、審判がこの場から離れるようにと指示をする。
 ただ、そのたった今攻撃をしたミリオンベルはその結果を見届けもせずに、ツルバギアへと一直線に向かった。
 ここまで来て何もしていないモンステラの事はすでに眼中には無い。
 テロペアとスティアは尚も警戒しているが、同時にミリオンベルが暴走する形で、執拗にツルバギアを狙っているのを気にしている。

「ちょ、こ、来ないで」
「そんなわけにはいかないな」

 ツルバギアは後ずさりながら魔陣符を構えた。
 それに対し、ミリオンベルは微笑みを浮かべて剣を片手に向かっていく。彼も魔陣符を受け取っていたはずだが、どうも存在を忘れている節がある。
 それと同時に、「この手で仕留める」という強い意志も感じた。

「何で笑ってるの! 怖いんだけど!」

 ツルバギアは顔を引きつらせながら、魔陣符を発動した。と、同時に、再びスティアも精術を発動する。
 ところが、だ。
 今回ツルバギアの使った魔陣符は突風の方。スティアが使ったものも突風だ。
 強い風と強い風がぶつかり合い、風自体が放射状に広がる。
 ミリオンベルとテロペアは思いがけない強風に、その場に剣を突き立てて立てた。ツルバギアは慌てた様子ではあるものの、風にあおられる形で後ろに下がる。
 スティアもその場で必死にとどまったのだが、思いがけず尻もちをついたのはモンステラだ。ずっと高みの見物を決めて油断していたようで、突然の強風によろけ、強かに尻を打ったのである。
 観客はなぜか大盛り上がりを見せた。偉そうにふんぞり返ったやつがそのまま尻もちをついたのが、どうも面白かったらしい。
 面白くなかったのは、モンステラだ。
 彼は怒りと羞恥に顔をゆがませ「許さん!」と大きな声を上げたのだった。

   ***


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