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三章
3-62 よかったら一緒に観戦するか?
しおりを挟むまだごちゃごちゃ言おうとしている変態野郎は、唐突に後ろから生えた手に捕まった。正確には変態野郎の身体が大きすぎて後ろから迫ってきたヤツが見えなかったらしい。そいつが後ろから変態野郎に抱き着いて名前を呼んでいる。
「見つかっちゃった」
「ダメでしょ、他の人に迷惑かけちゃ!」
あ、オレと同じこと言ってる。変態野郎に抱き着いている人は、野郎の横からひょこっと顔を出した。
「この管理官は俺が捕まえています。今のうちに早く逃げて下さい」
「おいおい、ブレイデン。まるでおっちゃんが悪者みたいじゃん」
ひょこっと顔を出したのは、白い制服に白い帽子をかぶった、正真正銘の管理官のようだ。明らかに変態野郎よりもコンパクトサイズだが、一応頑張って抑えているつもりらしい。
周りには大量のヴニヴェルズムがいる。好かれてるなぁ。
「悪者でしょ? 女の子に声を掛けて、煙草臭いアピールをしてる、って聞きましたよ」
『そーだそーだ』
『アキメネスがわるいことしてるの、ヴニヴェルズムがみてた』
『わるいこ。ばっちい』
別に煙草臭いアピールではないが、確かに煙草臭くはある。あと、汚いっていうのは同意。実際に汚いかどうかはともかく、汚く見えるし。
『ブレイデン、ばっちいからはなさなきゃ』
「あ、ばっちい」
「おまっ、急に人の事汚いって言いながら離れるの止めろよ。おっちゃん傷つくわ」
ばっちい、って、精霊につられて言った。こいつ聞こえて……あ! わかった! こいつ精術師か!
確か明日オレ達の対戦相手になってるヤツだった気がしてきた。
「ほら、可愛い部下が迎えに来てあげたんですよ。素直に帰りたいな、って思いません?」
「思う思う! おっちゃん、ブレイデンと一緒に帰るぅ」
「よしよし、いい子です。他の人に迷惑を掛けないで、ちゃんと持ち場に帰りましょうね」
いい子ではない。絶対に。
でもなぜか、母親と大きい子供に見えてきた。大きい子供が変態野郎だ。
「えっと、大変不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「あ、いや、別に」
母親……もとい、精術師の管理官が、オレ達にぺこりと頭を下げた。
「今日も一日、この大きなイベントを楽しんでくださいね」
『いっぱいたのしんでね』
一緒にヴニヴェルズムもペコっとして、凄く可愛い。
「こんな管理官は他にはいないので、何かありましたら、この人以外の管理官にお声がけください」
『アキメネスはばっちいから、さわっちゃだめ』
『ないないする』
ないないする、って、存在を消しそうだな。消してくれてもいいけど。
というか、本当にこの変態野郎って管理官だったのか。それらしい格好したまがい物かと思ってたわ。
「では、失礼します」
『しつれいします』
『おいとまなの』
精術師の管理官は再度頭を下げてから、沢山のヴニヴェルズムと一緒に変態野郎を回収して去っていった。あいつの仕事に、あの変態を回収するっていうのも含まれてるんだろうな。可哀そう。
「えっと、どうする?」
「どう、とは?」
可哀そうな精術師の管理官の事はいったんおいておこう。
オレは改めて、デンドロビウムに向き直った。
「またあいつが戻ってこないとも限らないし、よかったら一緒に観戦するか?」
「で、でも」
「えーっと、応援するチームは違うんだけど、他にもいっぱい人がいるところに行くし、その方が安心かな、って」
たった今こんなことになったのに、放置していくのに気が引けたのだ。彼女は遠慮がちに「いいんですか?」と首を傾げる。
あ、でもこれ、オレが勝手に決めちゃ駄目だよな。「ちょっと待って」とオレは時間を貰って、変態から解放されてのびのびとしているツークフォーゲルたちを見た。
「ツークフォーゲル、いいかどうか確認してくれるか?」
『しごとがはやいから、かくにんした』
『クルトがへんたいとやいやいしてるうちにやってやったぜ』
『えらーい』
お、おう。先にやってくれたんだな。ありがとう。
「あ、うん、ありがとう。それで」
『いいってよー』
『グレンツェントがすぐかくにんしたぜ』
『ちゃんと、ばしょをうけたまわったかぞくのきょかをえた』
『かんげいするって』
どうやら誰も嫌な顔をしていないようだ。するようなメンバーもいないし大丈夫かとは思ったが、なんとなく安心した。
「うん、大丈夫。みんな歓迎するって」
「そ、それじゃあ、お邪魔しても?」
「いいぞ。一緒に行こう」
「はい、よろしくお願いします」
小さく頷いたデンドロビウムと一緒に、オレはスーさん達のスペースへと戻ったのだった。
戻ってすぐに再度確認すると「好きなだけいればいいよ」と、みんな温かく迎えてくれた。
デンドロビウム曰く、本当は一人で観戦予定だったわけではなく、今朝のピンクでうるさくて死を刻む悪魔の被害者が出たと騒いでいた男と一緒にいるはずが、そいつがふらふらいなくなっていた、らしい。
今から始まる試合に出る兄が、「念のために」と頼んでいたらしいのだが、全くひどい話だ。
ただ、ここには世話焼きが大量発生している。皆デンドロビウムに近づくと、軽食や水分を始め、暑くないかなどを確認していくという状態になった。これなら、ピンクのうるさい奴と一緒にいるよりも安全だろう。
オレがそんな事を考えながら試合会場に視線を向けると、ついにその時間はやってきた。いよいよ、試合開始だ。
***
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