精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-69 異母兄弟という説

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「どうも、初めまして。リリウム・ドライツェーン・バーナーです。恐れ多くもカサブランカ様の異母兄弟という説が流れている人間だよ」
「ちょっ、リリウムさん!」

 慌てたのは、ヴニヴェルズムのお姉さんだった。そりゃあ、第一王位継承者と異母兄弟って説がある、なんて本人が言ったら、従者としては慌てるよなぁ。
 本当にある噂なのかとルースの方を見ると、スッと視線をそらされる。ああ、事実あるのか。

「で、彼女が件のカサブランカ様の従者で――」
「ヴニヴェルズム。ライリー・ヴニヴェルズムです。以後お見知りおきを」

 肩までのくすんだ金髪に、獣を思わせる金色の瞳の女性。彼女のした精術師式の挨拶に、その場にいる精術師集団はそれぞれ一気に名乗った。

「ツークフォーゲル家、並びにエーアトベーベン家とは現在交流がないですが、出来たら今後ともよろしくお願いいたします」

 へら、と、どこか軽薄にも見える柔らかすぎる笑み。ライリーさん、笑うのが下手なのかなぁ。

「もし、精術師に関してわからないことなどありましたら、精霊を介してでもいいので、是非ご連絡くださいね」
「それは金がかかりますか?」
「ヴニヴェルズム家は、精術師の家を取りまとめる立場ですし、そういう情報でお金を取ったりしませんよ」

 スティアが口を挟んだことに対し、彼女はちょっと考えたふりをしてから、また軽薄そうな笑みを浮かべた。

「ツークフォーゲル家……もとい、レヴィン・ツークフォーゲルさんとはお立場が違いますから」
「親父の事を知ってるのか!?」
「ちょっとした情報だけ。なにしろ関わろうとはしない方ですから」

 ど、どこまで知ってるんだ!? この笑みのせいで、余計に把握し難い。そうか、この笑い方って下手なんじゃなくて、相手に情報を与えないためのものか!
 そんなやり方があったとは。びっくりした。すごくびっくりした。

「それじゃあ、俺達の方も」
「エーアトベーベン家も、ちょっとだけですよ」
「……そう、ですか」

 ディオンもちょっと口を挟んだが、やがてもにょもにょと口を閉じた。下手なことを言えば情報を取られかねない、みたいな感じがあるよな……。
 味方なら心強いんだろうけど、どの程度近づくかはちょっと考えたいところだ。

「あ、ところでシアちゃん。ソニア君とは最近連絡とってる?」
「とってない」
「そうなんだぁ。困ったな」

 ソニアという人は知らないが、リリウムさんがちっとも困ってなさそうな、口先だけみたいな口調で、言う。

「ソニャー、なんかあったの?」
「うん。失踪中なんだよね」
「失踪!?」

 失踪!? 突然の言葉に、シアだけではなくオレも驚き、ついでにスティアも驚いた。
 急に物騒な話になったな。

「うん。調書が取れてないんだよね。それで判明したんだけど、今、所在不明なんだ」
「あ、あわわわわわ……」

 魔法使い枠なのか一般枠なのかは知らないが、数か月に一回の調書が取れていないというのは問題だ。
 例えば就職管理局の調書を取る時期に就職してない場合は、自ら管理局に行って書類を作って貰う事も出来る。あれはいわば、人口の管理みたいなものも含んでいるものなのだ。
「お、お仕事は?」

「えっと、辞めたって事にはなってるんだけど」

 シアが引きつった顔をしながら問うと、リリウムさんは困ってなさそうに困った顔を張り付けて答える。

「まー、さっくり言うと、ブッチした?」
「え、急に来なくなったって事? でもソニャーって、たしか全寮制の場所に就職したんじゃなかった?」
「そうなんだよ。だから、えーっと、ちょっと隠蔽されている内に失踪してたっていうか」
「あわわわわわわ」

 あわわわわ。誰だか知らないけど、この国の体制、ちょっと変えた方がいいと思う。そんな簡単に人が失踪するのかよ。

「ま、君には接触してくるかもしれないから、何かあったら連絡して」
「わかった!」
「幸い近くに精術師もいるみたいだし、精霊を介してくれて構わないから」
「えっと……ああ、そっか! ライリン!」

 ん? と思ったのも一瞬。シアが指さした先を視線でたどると、カサブランカ様の従者だという管理官の精術師にたどり着いた。ライリーさんの事か。

「そう。僕の傍にはライリンがいるから」
「ちょ、ライリンって、自分ですか!?」
「他に誰がいるのさ。ね、ライリン!」
「……はい」

 小声でルースが「ファイトッス」と言っているあたり、このリリウムさんという人はこういうのがデフォなのだろう。で、苦手なのはリリウムさんの方なんだな?

「ところで、このライリンにはウィリアムっていう双子の兄がいるんだけど、そっちにもニックネームつけてあげてよ。この子、お兄ちゃんとお揃いが好きだから」
「あの、ちょ、リリウムさん……!」
「お揃いが好きなのは事実でしょ? それならウィルにもニックネームつけて貰わないと」

 あのへらへらした笑いが底知れない感じがするな、と思っていたけど、どうもリリウムさんとセットになると勝手が違うようだ。ライリーさんは心底恥ずかしそうに止めている。
 そりゃあ、普段はお兄ちゃんと凄く仲良し! なんてばらされたら、うちのスティアだって恥ずかしがるだろう。

「じゃあね、ウィルルン」
「ウィルルンね。戻ったらそう呼んでやろーっと」
「勘弁してくださいよ。あんた、それ、ウィルルンって呼んだら、自分の事もずっとライリンって呼ぶじゃないですか」
「そりゃあそうだよ。お揃いなんだから」
「この野郎」

 おっと、本心が漏れたか。スティアが「この人を食ったような態度は腹立たしいだろうな」と頷いていた。

「冗談冗談。一回遊んだら元の呼び名に戻すよ」
「一回遊ぶのを入れないでくださいよ。リリちゃん先輩」

 復讐とばかりに、シアが呼んでいたニックネームを口にするも、リリちゃ……間違った。リリウムさんはどこ吹く風だ。

「参考までに、ブラン様の事はなんとお呼びするんですか?」
「あー、かしゃぶやんかしゃま」
「何だって?」

 こんなところで噛み癖を発揮するな。あと、そっちのテーブルでテロペアが「そういう噛み方もあるか」って勉強になったみたいな言い方すんのやめろ。もはやお前の噛み癖は、ビジネス噛み噛みって感じがするんだよ。

「……ランラン様」
「何だって?」

 不敬罪に当たりそうで怖いんだが。

「あー、なるほどなるほど。ランラン様ですね。後で遊ぶって言ってるタイミングでブラン様も混ぜてあげましょう。ありがとうございます」

 ふ、不敬罪回避?
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