精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-78 制限時間は三分

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「おい、デカブツ」
「俺?」
「そー。お前」

 オレが蛇と髭の絡みを睨みつけていると、唐突にテロペアがディオンに話しかけた。

「クユト、動かない方がいいよな?」
「で、出来るなら?」

 お、オレを動けなくする!? 何をするつもりだ!

「ほい」

 どういうつもりだ、と、テロペアへと視線の先を変えると、唐突にベルを押し付けられた。
 いや、押し付けられたと言うと語弊があるが、ずっとテロペアの服の裾を握っていた動きの鈍いベルを預けられたのだ。どういう事だ? と思いながらもベルを受け取ると、よしよしと頭を撫でる。
 こういう感じの人が近くに来ると、撫でずにはいられない。昔はスティアにもやってあげていたから、その名残だろうか。
 オレが撫でるとベルはしがみつく先をオレへと変える。同時に、ディオンの手がオレの首根っこから離れる。
 これで自由と言えば自由だけど、この状態のベルを抱えてたら、オレは動けない。

「ちょっと――いや、かなり不安だけどベユの事は頼んだ」

 不安とは何だ、不安とは! ちょっと憤慨したが、でもベルにしがみつかれていたら大きい声も出せない。
 ……あ、やべ。さっきいっぱい大きい声出しちゃった。それでこんなに怖くなったのかな。悪い事したな……。

「今精霊いんのはお前だけにゃんだけど、精術は使えそう?」

 テロペアが確認すると、ディオンはちらっとエーアトベーベンを見る。

『ジュヴェルツェとかマジ無理。キモっ』
「いつもより威力はかなり落ちるけど、少しくらいならなんとかなるんじゃ……ない、かな?」
「しょの感覚、信用すゆからね」
『おう。感覚信用OK。おえっぷ』

 二人はエーアトベーベンの大元の発言を確認すると、小声で作戦を立てた。

「時間は稼ぐ。シュヴェルツェは無視しちぇ、髭を叩くぞ」
「分かった」

 たったこれだけ。
 目の前で蛇が『マジ無視とかひどいー』とか騒いでいるが、それすらも無視。

「どうするつもりだ?」
「制限時間は三分」

 スティアが尋ねると、テロペアはそれだけ言い残して駆けだす。
 三分、って、確か……。今オレにしがみついているベルの武器が、まさにそんな感じじゃなかったか?
 オレの疑問は、直ぐに肯定された。テロペアを見れば、いつの間にか手にはベルの体力前借? だとかいうグローブがはめられていたのだ。
 ベルがこの状況だし、さっき服の裾を握られていた時にちょろまか……拝借したのだろうか。

「丸腰で13枚の私に敵うと思っているのかね?」

 だが、相手は13枚だ。髭野郎は肩に蛇をくっつけたまま魔法陣を描き、テロペアへと魔法を放つ。
 沢山の矢がテロペアへ――いや、オレ達に向かってくる。何しろ量が多いのだ。
 矢の魔法自体は見た事があったが、前にシアが使った時よりも、サフランが使った魔陣符の時よりも、かなり多い。そして、そのどちらよりもスピードに乗っていた。
 これが、13枚の実力か!

「お前らは自力で逃げろ!」

 オレはテロペアの言葉に従い、ベルを抱えたままその場にしゃがみこむ。矢の放たれた位置から考えて、体制さえ低くすれば、とりあえずこれは避けれるはずだ。
 スティアとラナも同様に体制を低くし、ディオンは大きな身体である事もあってか、多少かすめても構わないとばかりに勢い良くその場を離れた。
 テロペアはと言えば、ベルのグローブのプレートを打ち鳴らし、瞬時に矢を避けながら髭野郎に接近する。

「このっ――! 誰が近づく事を許した!」

 髭のヤツは怒った声を上げながらテロペアへと魔法を連発した。
 それに伴ってオレ達の方にも流れ矢が来るが、必死に避ける。武器も精術も使えない今、それ以外の方法は無い。
 ディオンだけは少し離れた場所で呪文を唱えているが、あっちにだって多少は矢が行っているだろう。いや、ディオンならどうにか出来るか! きっと大丈夫!

「我はエーアトベーベンの名を継ぐもの。エーアトベーベンの名のもとに、大地の精霊の力を寸借致す」

 ディオンはそこまで唱えると、髭野郎を指差す。

「彼に衝撃を」
『りょ』

 りょ? え? 何?
 エーアトベーベンの発言に困惑している間にも、髭の辺りに衝撃が走る。
 威力はかなり弱まってるようだが、それでも小さくとも精術師の武器を体現させている上に、グロッキーだけど精霊の大元のついているディオンの精術は、試合の時のラナの精術と同じくらいの威力があった。

「くっ、おのれ!」

 髭野郎は衝撃によって体制を崩し――その瞬間、テロペアが相手を蹴り飛ばした。今の隙をついて、一気に距離を詰めての攻撃だった。

「うぐっ……!」

 今しがた倒れ込んだ髭野郎を、テロペアは足蹴にする。懐からナイフを取り出すと、身を屈めて髭野郎に突き付けた。
 お前、それ、隠し持ってたの? いつから? 常にナイフ持ってるって怖くない?

「で? まだやんの?」

 髭野郎は怯えてぶるぶると身体を震わせ、どさくさに紛れてシュヴェルツェはにょろにょろと離れる。
 なんか、こう言っちゃ悪いけど、蛇の仲間にしてはあっけない気がする。シュヴェルツェの介入の仕方も前回に比べて中途半端だし、本当にこれで終わりなのか?
 テロペアが脅して、管理官に引き渡して終わり。シュヴェルツェがいるのに、この程度で済むのか?

「――っ!」

 オレがそんな事を考えながら低い体勢から元の姿勢へと戻していると、唐突にテロペアが後ろに跳んだ。
 急にどうした!?
 オレが目をまん丸くしてそっちを見れば、髭野郎は汚めの悲鳴を上げた。身体にはナイフが刺さっている。
 まさかテロペアが刺したのか!?
 慌ててテロペアを見るも、彼の手にはしっかりとナイフが握られたままだ。それに何より、今のテロペアの動きは何かから逃げるようなものだった。じゃあ、あれは、誰のナイフだ?

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