精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-79 死を刻む悪魔

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『やっぱり駄目だったよー。ちょっと手助けしても雑魚は雑魚だね』
「そうだろうね。だって、蛇に手はないのだから、手助けなんて出来ているはずがなかったんだよ」

 蛇がにょろにょろと人の足に絡んでいる。
 黒ずくめの、大柄な男。髪の毛まですっぽりと覆うフード付きの真っ黒なコートと、顔の一切を見せない、13枚の痣を模した模様の入った真っ白な仮面。見るからに異様な雰囲気の男だ。
 こちらに近づいてくるが、その度に金属が擦れる音が耳につく。
 もし、もしもあの髭の人に刺さっているナイフが、こいつが投げたものだとするのなら。この金属の音はコートの中に隠した沢山のナイフが擦れている音じゃないか?
 オレ達はそいつの異様さに動けずに佇む。テロペアだけは素早く戻ってきたが、そのテロペアが先ほどまでいた辺りまで男が歩みを進めると、懐からナイフを一本取り出した。

「ツヴァイ」

 ナイフは髭野郎の腹部に投げられた。深々と刺さり赤い色がじわりと滲むと、たった今までオレ達と敵対していたそいつは、また悲鳴を上げた。

「ドライ」

 もう一本。また取り出したナイフを落とし、肩に刺す。

「いたいいたいいたい! なぜ私が、なぜ、なぜ、なぜ」
「お前のチームメイトの、ツルバギアは何処だ?」

 男は不自然かつ不明瞭な声で、ひぃひぃと悲鳴交じりに騒ぐ髭野郎に問うた。

「何故こんな事に! 死んでしまう! これでは死んでしまう」

 ゆっくりと首を傾げ、今度はナイフを取り出すとしゃがみ込み、「フィーア」「フュンフ」「ゼクス」と数えながらその都度刺した。今更だが、本当に今更なのだが、やっとオレはこの男が何者なのかを理解し、同時に動く事も出来ずにベルを支える腕に力を込めた。

「ツルバギアは?」

 男が聞いても、聞いても、髭のおっさんは全然聞こえていないようで、痛みに喘ぐばかりだ。
 望む答えが出ないとなると、続けて「ズィーベン」「アハト」「ノイン」と三回刺し、また「ツルバギアは何処だ?」と問う。やはり彼の望む答えが出ないとなると、「ツェーン」「エルフ」と二回刺す。

「もう十一回。そろそろ後がないが、まだ話す気はないのか?」
「……こ、れ、いじょう……は……」

 ぞわぞわと、死が忍び寄ってくるようだ。
 こいつは……この男は、ナイフで刺す際に数えながら命を終焉に導く者。殺人鬼。この話をオレは何度も聞いた。
 そしてこいつがさっきから聞いている「ツルバギア」とだって、直接話した。あの人が何に怯えていたのかを考えれば、テロペアがどうしてここまで戻ってきたのかを見れば、否が応にもわかってしまう。

「ツヴェルフ」

 異様な空間で、異様な空気で、異様な状況で、誰も動けない。
 精霊も武器も何もないまま、全員が相手の出方もわからずにどうしたものかと無言を貫く。目の前で、オレ達に攻撃してきた嫌なヤツだとは言え、死にかけている人を前に身動きが取れないのだ。
 十二回目のナイフでの攻撃を受け、髭のおっさんは「ぐ……」と弱々しく呻いた。

「あいつ、は、いない……もど、った……」
「そうか」

 やっと望む答えを貰った男は、深く頷く。

「いった、から、見逃し――」
「仕方ないなぁ」

 もしも仮面が無かったら、こいつは笑っていたような気がする。わずかに声の質が軽くなり、髭のおっさんはどこか安心したように男を見た。

「ドライツェーン」

 最後のひと突きは、首だった。

「13枚だし、せめて安らかに眠らせてやる」

 慈悲のような言葉を吐き、その辺りでうねうねとしていた蛇を踏みつけながら立ち上がった男。
 こいつは……こいつこそが、恐らく死を刻む悪魔ツェーレントイフェル
 おびただしい量の血があふれ、直ぐこちらまで迫ってくるようだ。
 怖い。あの、アイゼアが殺した管理官のように、あっさりと命が失われた。
 また何も出来なかった。何も出来なかった。この状況が怖くて、怖くて仕方がない。
 わが身可愛さの恐怖と、不甲斐なさ、喪失感。同時にオレにくっついているベルも、近くにいるスティアも、テロペアやディオン、ラナに至るまで、全員生きて帰れないかもしれないという、身体に絡みつく死の匂いが、上手く息を吸えずにひりつく喉に刺さる。
 恐怖で体が震え、抑えられない。
 大男はこちらに顔を向けると「あと二人」と呟く。
 そうだ。こいつは三に執着している殺人鬼。
 全員がここから生きて帰れないわけではなく、この中から二人選ばれる。
 ぞわぞわと嫌な感覚が、思考を鈍らせた。

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