精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-80 夜更かしは美容に良くないだろ?

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「えー、おれ達明日の試合に出るんだけど、いいにょ? まだ試合に参加してゆ選手殺しちゃったら流石に大会中止になるかもよ?」

 誰もが何も言えもしていない中、声を上げたのはテロペアだった。この場に不釣り合いなほど、いつも通りの噛んでる設定の喋り方。

「あー、成程?」

 意外な事にこの一言は、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルに響いたようで、男はゆっくりと首を傾げた。

『なるほど、よりも! 蛇ちゃんの身体踏むの止めてよ! 痛くないけど痛いんだよ! 心が痛むんだよ!』
「心なんてあるの?」
『ないよ!』
「なければ痛まないよ」
『うわーん、悲しい! 助けてアイゼアー』

 死を刻む悪魔ツェーレントイフェルに踏まれたままのシュヴェルツェが大声で泣き喚いたふりをした時だった。

「助けに来たわけじゃねーけど、お楽しみの為にお預けしに来てやったぞ」
「やあ、アイゼア」

 オレが一番恐れている、あいつが現れた。あの時簡単に管理官を真っ二つにしてしまった、顔に13枚の痣の入れ墨の有る男。アイゼアだ。

「お楽しみは明日だろう? 今日はもう帰るぞ」
「……」
「夜更かしは美容に良くないだろ?」
「……そうだね。今日は帰るよ」

 意外なほどにあっさりと。死を刻む悪魔ツェーレントイフェルは肩を竦めて踵を返した。
 アイゼアはと言えば、髭のおっさんの死体を担ぎ上げると、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルと一緒に歩き出す。
 この場にあのおっさんがいた痕跡は、地面に広がる赤い血の痕だけになりそうで、オレはぐっと唇を噛んだ。何かを言えば、また誰かが死ぬかもしれない。
 そう思えば思う程、声を出す気など全く無くなる。

「アイゼ、何で……。」

 ぽつりと、テロペアが零す。

「よう、久しぶりだな。お前は相変わらずそっちで生き辛そうにしてるみたいだけど、なんだったらこっちに来るか?」

 テロペアの声に反応してか、アイゼアは立ち止まるとくるりと振り返った。左右の色の違う瞳が、猫のように細められる。
 近くでシュヴェルツェが『きちゃう? きちゃうの?』と騒いでいるのをついでに踏みつけながらも、視線はテロペアに向かったままだ。

「君、私以外に友達がいたのかい?」
「失礼だな、お前」

 アイゼアが少し気分を害したように声のトーンを低くすると、ベルが動く。とはいえ、アイゼアの方へと走っていくわけではなく、近くのテロペアの方へと向かい、ぎゅうっと抱き着いたのだ。
 暗いのが怖くて、こんな状況でも、友達の事は守りたいと思ったのだろう。

「……今日はこのまま帰るけど」

 先ほど死を刻む悪魔ツェーレントイフェルがそうしたように、アイゼアも肩を竦めた。

「気が向いたらいつでも来な。歓迎するぜ」

 そうテロペアに微笑みかけると、オレ達の元を去っていく。
 シュヴェルツェはそのアイゼアの足元で、『置いてかないでよー。無視しないでよー。踏まないでよー』と言いながらくねくねと絡むように去っていった。
 誰も、何も言えなかった。
 ただ、なんとなく「助かったのだろう」という安堵はあったが、だからと言って目の前で起こった殺人をなかったように話す事も出来ない。
 ゆるゆると硬直が解けてきたころ、ふと気が付くと人の気配や話し声が全身を包み込んできた。

『どこいってたのー! いきなりいなくならないでよー!』

 そして、ツークフォーゲルも。いや、精霊は全員。
 エーアトベーベンの大元も『やっとグロッキーから解放』と言っているし、どういうわけか精霊の問題は解消されているようだ。

「何だったんだ、これ……」

 やっと、かすれた声が出た。

「周りから隔離されてる感じだったのは、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの魔法っぽいね。詳しくは知らね」

 テロペアが答える。そうか、人がいなくなっていたのは死を刻む悪魔ツェーレントイフェルの魔法か。そして精霊がいなくなったのは……シュヴェルツェの効果。

「本当にあれが死を刻む悪魔ツェーレントイフェルだったのか?」
「おれとしては、本物だと思うけど」
「ファンであるお前がそういうのなら、限りなくそれに近いのだろうな」
「ファンではないけどね」

 スティアにそう返した後、テロペアは難しい顔をして考え込む。ファンとしては、何か思う所でもあったのだろうか。

「とりあえず、ベルを宿に連れて行ってから管理局に行こう」
「……だ、よな。そうしよう」

 オレ達はディオンに促され、結局ここで立ち止まっていてもどうにもならない、と、宿へと向かったのだった。

   ***


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