精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-84 どうなっても自己責任だ

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「では、妥協案でどうでしょうか」

 その中に混ざったのは、バンクシアさんだった。クレマチス様はすぐに「聞こう」と、先を促す。

「交通機関の修正を終えたらすぐに、死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出た事を周知し、列車及び汽車の便を大幅に増やした事も同時に伝えます。その上で、帰宅や避難は任せる、と」

 表情は全く何も浮かんでいない、威圧感たっぷりな大男。だが今は、リリウムさんよりもはるかに優しいような気がした。

「少々財政としては厳しくなりますが、乗り物の一時的な無償化。切符を既に確保している者に対しては後日の払い戻しを宣言します。出店に関しても同様に周知し、誰でも、逃げたいと感じられた際にはすぐに逃げられるような状態に持って行きます」

 乗り物の無償化! 太っ腹!

「試合に勝ち残っている一般参加のチームにおいても、四チームの内二チームは管理局の人間である事を鑑みて、棄権という選択肢を勧めます。また、彼らが棄権した場合、一般人枠は無くなるが我々は絶対に咎めないものとする」

 バンクシアさんはここまで言うと、くるりとリリウムさんの方を向いた。

「こんなところでどうでしょうか?」
「いいよ」

 思いのほか、あっさりと頷かれる。しかし次の瞬間には「でも」という言葉と共に、口の端が弧を描いた。

「残りの一般チーム、精術師だけど棄権するかなぁ? シュヴェルツェが絡んでいるのに、さ」
「……それでも、私は棄権を勧めましょう」

 オレとラナは思わず、端っこのディオンを見た。
 オレはディオン達の依頼でチームになっているし、ラナはディオン第一で動いているのだから、自然な事だろう。見つめられたディオンはディオンで、こっちを見て一瞬「ごめんね」と口にした後、正面を向いた。

「棄権はしません。俺達は精術師です。シュヴェルツェや、アイゼアというシュヴェルツェに付いた精術師が関わっているのに放ってはおけません」

 だよな! 謝る必要は全くない。大丈夫だ。

「オレだって精術師なんだから、最後まで一緒に戦うに決まってるだろ」
「僕もだよ! シュヴェルツェを倒すのは精術師の役目だし、兄さんが謝る必要はないんだ。僕はどこまでも兄さんについていくし、兄さんの助けになりたい。どんな無理難題でも言って欲しいし、必ず兄さんにとって一番いい行動をして見せるから」

 ベル達がどうするのか、は、ベル達が決める事だ。だが、このチームにおいては、オレは最後まで一緒に戦いたかった。
 それは、相手がシュヴェルツェでも同様だ。
 本当は凄く怖いし、さっきも、この前だって、目の前で人が死んでしまった事を思い出すだけで不安と無力感に襲われる。けれども、オレはこの事から目をそらしてはいけない気がした。

「……好きにしろ。どうなっても自己責任だ、という所だけは、努々ゆめゆめ忘れてくれるなよ」

 バンクシアさんは低い声で、吐き捨てるように言う。
 「何があってもこっちは責任取りません」って言われたようで、リリウムさんの好感度が下がったのと反比例して、ほんのり上がった好感度が一気に下がった。
 今はリリウムさんもバンクシアさんも、オレの中での好感度が低い。でもモルセラはもっと低い。

「……方向性は決まったな」

 ぽん、と、クレマチス様が手を打って空気を変えた。

「ここまでのご足労、および情報提供を感謝する」
「……いえ」

 感謝して貰えたのはいい。けれどもどこか腑に落ちない気分のまま、オレ達は宿へと帰った。



 宿に戻る途中。ディオンは大きなため息をついた。

「これが今の国の現状なんだな」

 深い、深い、失望の色が滲んでいる。
 確かにここに残るのを決めたのはオレ達だ。けれども向こうに全く責任がないような発言はいかがなものだったのだろうか。
 この国はどこか間違っている気がした。ジギタリスのように信用出来る管理官がいるのと同時に、オレの村の管理局が酷かった例もある。
 歪で、何とか機能している国をいい方向に変えるのは、一体誰なのだろうか。少なくとも、次期国王がカサブランカ様だったら嫌だし、変わらないだろうな、と、オレも失意の溜息を吐いたのだった。

   ***

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