精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-88 丁寧に教えてくれてありがとう!

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 試合開始の合図がされると、直ぐにカンナさんが突っ込んできた。向こうの大将はカンナさん
なのに、まさかの最前線。こちらの大将であるディオンを真っ先に狙い、ぐんぐんと加速する様は鬼気迫るものがある。

「我はエーアトベーベンの名を継ぐもの。エーアトベーベンの名のもとに、大地の精霊の力を寸借致す。この場に大きな揺れを!」

 すぐにラナが精術を発動し、地面が揺れる。オレはグラグラして体制を崩しそうになりながらも、何とか「あいつに風を!」と、カンナさんに精術を放った。
 ところが、だ。
 カンナさんはラナの精術にも、オレの精術にも怯む事なく、また、体制を少しも崩す事なく、突っ込んでくる。そのまま腕を振り上げ、ディオンへと拳を放った――!
 な、なんで、こんな、体制も崩さず!
 ――ガチン、とも、ゴチン、とも似付かぬ、肉と肉、いや、骨と骨のぶつかる音が響く。カンナさんの拳を、ディオンが腕で受けたのだ。
 絶対、どう考えても、痛い! 見聞きしてるオレの方が痛くて泣きそうな音だったのだから、実際に受けたディオンの痛みはどれ程の痛みだったのだろうか。

「――彼らに石の飛礫を!」

 そのタイミングだった。いつの間にか呪文を詠唱していたブレイデンの精術が完成したのは。
 こちらに向かって石の飛礫が飛んでくる。ヴニヴェルズムって、土属性の精霊だったのか!?
 必死に避けながら、オレも、ラナも同時に呪文を唱えていくが、今度はオレがピンチになる番だった。クレソンさんが模造剣を持ったまま突っ込んできたのである。
 素早く繰り返される模造剣を、オレ自身の模造剣で必死に止めながらも、じりじりと後ろに圧されていく。

「我はツークフォーゲルの名を継ぐもの。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す。あいつに風を!」

 オレは何とかクレソンさんと距離を開けようと、クレソンさんに向かって風の精術を使った。ダメージを与えられるとは思っていないが、とにかく一度オレ自身の体勢を整えたかったのだ。
 整えたかったのだ、とはいえ、全くダメージがないのは悔しいのに変わりはない。クレソンさんはオレの精術による風にのり、やすやすと後ろに跳ぶと、着地と同時に今度はラナへと向かっていった。

「我はエーアトベーベンの名を継ぐもの――」

 すぐにラナは詠唱を始める。

「我はヴニヴェルズムの名を継ぐもの。ヴニヴェルズムの名のもとに、万物の精霊の力を寸借致す。打ち消せ!」

 ところが、ラナの精術が完成しても、発動する事はなかったのだ。
 状況から見るに、ブレイデンの精術の影響だろう、が、どういう事だ? ヴニヴェルズムは大地の精霊じゃなくて? あれ?

「クルト! ヴニヴェルズムは万物の精霊で、全ての精霊はヴニヴェルズムから生まれているんだ! つまり、こちらの精術は打ち消される!」

 何だそれ、そんな事あるのか!
 オレが混乱していると、カンナさんの攻撃を受けたり、逆に攻撃をしてみたりしているディオンが説明をしてくれた。

「でも、俺のヴニヴェルズムは大元じゃないから、大元の精術は打ち消せないよ」

 これに対し、補足とばかりにブレイデンが続ける。

「丁寧に教えてくれてありがとう!」
「しまった!」

 明らかに、ブレイデンが「うっかりしてた!」みたいな顔をするが、もう遅い。素直なのって大変だな。無料の情報美味しいです。
 周りでヴニヴェルズムも『しまったねー』『こまったねー』『だいじょうぶ。いいこいいこ』と慰めていた。

「……ブレイデン君?」
「わー、クレソンさん! ごめんなさい!」

 ラナと戦っている最中のクレソンさんからもお小言が入りそうな雰囲気に、ブレイデンは一瞬だけ身体を震わせて謝る。素直なの、本当に損だな。後で叱られるかもしれないけど、頑張れ!
 オレ達がちょっと間の抜けた会話をしている間にも、ディオンとカンナさんの大将同士の攻防は激しさを増していた。
 これにちゃんと参戦すべくオレも呪文を唱えるも、直ぐにブレイデンに打ち消される。ツークフォーゲルなど、『つまんね』と言い出し始め、面白くないと思っているのがまるわかりだ。
 しかし、オレとほぼ同時に呪文を唱えていたラナの方は、オレよりも一瞬遅く完成すると石の飛礫の精術を発動させる。クレソンさんの攻撃を受けながらも噛まずに言えたの、凄い!
 そのクレソンさんは呪文が完成したのと同じタイミングで後ろに跳ぶと、風の魔陣符でラナから放たれた飛礫を弾き飛ばす。
 完全にラナの精術は発動していた。オレの方は強制的に「おしまい」ってされてツークフォーゲルが拗ねているが、エーアトベーベンはダルそうにしながらも「あいよ」と精術を使えているっていう状況に、なんだかモヤモヤする。
 なんだろう、このモヤモヤ。やきもち? 嫉妬? 恋?
 ……な、わけないか。単純に何か違和感があるはずなのだ。なんだろう、これ。

 ――そうか。一気に打ち消されなかったからか。
 もしも呪文そのものを打ち消せているのなら、オレとラナが同じようなタイミングで詠唱していたんだから、そのどちらもを打ち消せていたはず。ところが先に発動したはずのオレの精術だけが打ち消され、次に完成したラナの精術は発動した。
 つまり、ブレイデンの「打ち消し」の精術は、呪文の段階では打ち消せない。あるいは、同時に二つは打ち消せない。……も、もしかしたら、そのどっちもって事もあるかもだけど。
 とにかく、一個しか消せない!
 ブレイデンに大元がついていたらその限りではないかもしれないけど、さっき本人も言ってたじゃないか「大元じゃないから大元の精術は打ち消せない」って。って事は、ブレイデンのついてる精霊も大元だったら、もっとどっかんどっかん打ち消し放題だった可能性がある。
 確証はない。ほとんど確定だな、っていうのは、同時に精術を無効化は出来ないっていう事だけだ。
 それなら、もしかしたらやりようがあるかもしれない。

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