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三章
3-89 彼女はびっくりした顔をして――
しおりを挟むオレは攻撃を避けながら試合会場を駆けまわる。若干礫の流れ弾っていうか、オレが狙われたっていうか、とにかくそういうのに足を取られそうになりつつも、目的の場所まで必死に走った。
オレの後ろから追ってきたブレイデンが「待てー!」って言ってる辺り、若干気が抜けるけど! とにかく、オレはオレに出来る事を頑張る!
ブレイデンは間の抜けた反応ばかりのくせに、一応管理官らしく攻撃もしてくるし、オレの足を引っかけるような精術を使ったりとそれなりに卑怯っていうか、戦術的っていうか、そういう攻撃もしてくる。けれどもなんとか掻い潜り、やがて目的としていた辺りで立ち止まり、ブレイデンへと向き直る。
会場の端っこを走ってきて止まったオレの右側には、一直線上にクレソンさんの背中、ラナ、ディオンの背中、カンナさんが見える場所だ。
『ブレイデンだけれつにならべないでやんのー』
『やーい、やーい』
「えっ……俺、仲間外れ?」
ツークフォーゲルはさっきまでのうっ憤を晴らしているのだろうか。申し訳ないから止めなさい。
『だいじょうぶだよー』
『なかないで、ブレイデン』
『ツークフォーゲル、いじわる、めっ!』
ごめん、意地悪するつもりは無かったんだけど。だがオレはラナが呪文を唱えたタイミングを狙っていたので、フォローよりも前にちょっと早口目に呪文を唱え始めた。
これをみて、直ぐにブレイデンも呪文を早口に唱える。
よし、目論見通りだ! オレはポケットに手を突っ込む。ちゃんと、あるな。落としてなくてよかった。
そしてオレの呪文はラナよりも早く完成し、発動と同時にブレイデンが打ち消した。が、直ぐにラナの精術が完成して石の飛礫がクレソンさんへと向かう。――今だ!
オレはポケットから、試合の始まるギリギリ前に貰っていた風の魔陣符を取り出し、オレの右側一直線上に向けて発動させた。
ぶわーっと吹いた風に乗って、ラナが出した石の飛礫はディオンやカンナさんの方へと向かう。
うっかりしてるとディオンに当たるけど、その辺りは大丈夫だと信じる事にした。この作戦、誰にも言ってなかったし、なんなら魔陣符貰ったのも内緒にしてたけど。うちの大将なら対処出来るって信じてるし!
オレが信じた通り、ディオンは直ぐに避け、ついでにカンナさんも避けた。カンナさんは避けなくてもよかったんだけど、そうはいかないのは分かっている。
突然のオレの動きに、ブレイデンもクレソンさんもラナもびっくりしているようだった。ぎょっと目を向いてこちらを見ている。
おそらく、「何をするつもりなのか本気で分からない」って顔だ。それでいい。
「何これ」って顔をしているのは隙になる。オレは小回りの利く体型を生かして、カンナさんへと突っ込んでいった。
「おりゃあぁぁぁぁ!」
気合注入とばかりに大きな声をだして、模造剣を構え、ただゼッケンを目指す。
彼女はびっくりした顔をして――そして、普通に避けた。
そりゃあもう、ひょいっと。オレは勢いを殺せもせずに、とにかく駆け抜けるしかない状態になっていたが、背中に衝撃。ぺしゃっとつぶれるように転ぶと、状況が見えてきた。普通に避けられて、普通に攻撃された……。審判の「失格」という声が響いて、申し訳なくなった。
――が、ディオンにとってはいい時間稼ぎになったらしい。精術が発動し、かなりの衝撃の揺れが起こり、オレはもう一回ぺしゃっとつぶれた。
けれどもこれに関してはオレだけではなく、目の端でブレイデンとクレソンさん、ついでに審判も転んだのが見えた。カンナさんが体制を崩したのも。
「――彼女に石の飛礫を」
ブレイデンが転んで詠唱出来ないのを狙ったのだろうか。ラナがすかさず精術をカンナさんに向けた。
彼女は事も無げに拳で撃ち落とし、同時に近づいてきていたラナの素手の攻撃も必死に身を捩って避けると、逆にラナのゼッケンに向けて蹴りを放つ。さすがに避け切れるものでもなく、ラナのゼッケンが白く変わった。
が、それと同時に、カンナさんの横からはディオンの拳が迫っていた。
「ちっ」
小さな舌打ち。かすったけれどもそのまま攻撃に転じようとしたところで、「そこまで」という審判の声で止まった。
見ると、カンナさんのゼッケンは色が変わっていた。
どうやらディオンの攻撃は掠った程度で済んだとはいえ、よりにもよってゼッケンにかすってしまったらしい。なんか残念……じゃなかった! こっちのチームが勝ったんだからそれでいいんだった!
うっかりオレまでカンナさんのファンに引き込まれるところだったわ。素手で強くて格好いい。
何はともあれ、オレ達は勝ち上がったのだった。
***
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