精術師と魔法使い

二ノ宮明季

文字の大きさ
198 / 228
三章

3-92 卑怯者共は黙ってろ!

しおりを挟む

 試合開始の合図がされると同時に、ミリオンベルはジギタリスに向かって来られた。
 この状況での試合である事を考えれば、大将であるミリオンベルを最初に狙ってくるのは、何の違和感もない事。彼は模造剣を構えながら後ろに下がる。そうしながら、直ぐに来るであろうジギタリスの攻撃を受けるつもりなのだ。
 ところが、予想外の事が起こった。これはミリオンベルにとっても、ジギタリスにとっても、同様に予想外。
 カラーが横から急に飛び出し、ジギタリスの前へと無理やりに割り込んでミリオンベルへと模造剣を振り上げたのだ。

「ベユ、交換」

 これがまずい、と思ったのは、何も二人だけではない。
 最初からフォローに徹するつもりでいたテロペアは、ミリオンベルの襟をつかんで強引に後ろに下げると、カラーの模造剣を受け止める。

「危にゃいなー。そんなに力込めたら、怪我するでしょ。タイミングもしゃいあくだし」

 ミリオンベルとジギタリスの間に挟まった、テロペアとカラーは、互いの模造剣を少しも引く事なく、力を込めたまま至近距離で睨み合った。

「うるせー! 大体テメェ、精術師なんだから精術使えよ! 俺はテメェ等みたいな卑怯者には負けねえ。正面から打ち破ってやる!」
「お前みちゃいな雑魚に使うまでもねえよ」

 テロペアの挑発に、カラーは分かりやすく苛立ちを表に出す。
 と。ここでやや遠くから見ていた、クルト曰く「得体のしれない人」――ゼラニウムが動いた。礫の魔陣符を取り出して使ったのだ。
 すぐにミリオンベルとテロペアは後ろに跳んで避けると、カラーは横に跳ぶ。
 ここにスティアが援護の為に風の精術を使って土埃が舞いあがり、ジギタリスはカラーを半ば押さえつけるようにしながらも強引に引き寄せ、そのまま後退した。
 ジギタリスが、スティアの風を目くらましにされる事を危惧した結果の行動である。
 ミリオンベルとテロペアもすぐに体勢を立て直した。

「一人で突っ走らないで下さい」
「ていうかぁ、最初から割と邪魔でしたよぅ。ちゃんと連携とって下さいぃ」
「うるせー! 俺一人でやれるんだよ、邪魔すんな! 卑怯者共は黙ってろ!」

 後ろに下がったジギタリスとゼラニウムでカラーに苦言を呈するも、彼は全く話を聞かず、それどころか再び考え無しに突っ込んでいった。
 その頃には体制を立て直していたミリオンベルとテロペア、スティアは作戦を変えており、布陣は、先頭にスティアがいる状態である。
 これはゼラニウムの魔陣符の攻撃を危惧しての事で、とにかく大将を確実に狙ってくるであろう相手の出方を見てのものだ。
 必然的に、突発的に突っ込んだカラーの攻撃の先は――スティアになる。

 勢いをつけ走ってきたカラーの模造剣を、スティアは自らの手にした模造剣で受け止める。
 ガッ、と、殺傷能力の少ないはずの模造剣が嫌な音を立て、踏ん張った足ごとズルズルと下がり、ついにスティアは弾き飛ばされた。
 とっさの事に反応出来ないミリオンベルとテロペアを余所に、弾き飛ばされて上手く動けないスティアへと、カラーは模造剣を振りかぶる。

「――スティア!」

 客席からの、切羽詰まった声。クルトのものだ。
 他にも微かに、誰かの「兄貴、止めろ!」という声も響く。
 ぎこちなく顔を動かせば、カラーが驚いたような、正気に返ったような表情をしていた。そして、スティアへと今まさに振り下ろしていた模造剣の軌道を、必死に変え、思い切り彼女の横へと叩き込む。
 バキリと音が響き、地面へとめり込むようにしながらも折れた模造剣の切っ先は、クルクルと回転しながら地面を転がった。

「なんで……」

 スティアは呆然と模造剣の先を見送る。
 今しがた己に向けられた、ほとんど明確と言っていい程の「殺意」。と、同時に、彼女と同じように呆然としている「加害者」であるはずのカラー。どうにも可笑しな状況だ。

「お前の事は許さない」

 どこか冷え切った空気を破ったのは、これまた冷たい声色だった。スティアがやられそうになった瞬間に動いていたミリオンベルだ。
 彼は一言だけ口にすると模造剣をカラーの腹へと叩き込み、そのまま武器を手放したかと思うと、拳を握って更に腹へと追撃する。

「ぐ、ぅ」

 カラーの肺の空気が強制的に押し出され、喉からはうめき声が漏れた。その場に膝をついた彼を冷たく見下ろし、直ぐに心配そうな表情を浮かべて振り返る。

「スティア、大丈夫か? ……ん?」

 スティアに問いかけていた時だった。背中にわずかな衝撃を受けて振り向く頃には、審判が「そこまで」と声を上げていた。
 ジギタリスが、ごく弱く、ミリオンベルのゼッケンへと模造剣を触れさせていたのだ。
 どれほど弱くとも攻撃は攻撃。大将のゼッケンの色が変われば、その時点で試合は終了だ。

「……まぁいいや」

 彼は状況を理解したものの、そのままスティアへと向き直る。

「スティア、大丈夫?」
「あ、ああ」
「早く戻ろう」
「ああ」

 手を差し出して、一緒に立ち上がると、歩き出す。

「こういう時のベユ、怖いよね。わかゆわかゆ」
「……」
「お疲れしゃん。今のは素直に災難だったね」
「……ああ」

 後ろから寄ってきたテロペアの軽口のような、本気の言葉を聞きながら、彼らは負けて、控室へと戻ったのだった。

   ***

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...