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三章
3-92 卑怯者共は黙ってろ!
しおりを挟む試合開始の合図がされると同時に、ミリオンベルはジギタリスに向かって来られた。
この状況での試合である事を考えれば、大将であるミリオンベルを最初に狙ってくるのは、何の違和感もない事。彼は模造剣を構えながら後ろに下がる。そうしながら、直ぐに来るであろうジギタリスの攻撃を受けるつもりなのだ。
ところが、予想外の事が起こった。これはミリオンベルにとっても、ジギタリスにとっても、同様に予想外。
カラーが横から急に飛び出し、ジギタリスの前へと無理やりに割り込んでミリオンベルへと模造剣を振り上げたのだ。
「ベユ、交換」
これがまずい、と思ったのは、何も二人だけではない。
最初からフォローに徹するつもりでいたテロペアは、ミリオンベルの襟をつかんで強引に後ろに下げると、カラーの模造剣を受け止める。
「危にゃいなー。そんなに力込めたら、怪我するでしょ。タイミングもしゃいあくだし」
ミリオンベルとジギタリスの間に挟まった、テロペアとカラーは、互いの模造剣を少しも引く事なく、力を込めたまま至近距離で睨み合った。
「うるせー! 大体テメェ、精術師なんだから精術使えよ! 俺はテメェ等みたいな卑怯者には負けねえ。正面から打ち破ってやる!」
「お前みちゃいな雑魚に使うまでもねえよ」
テロペアの挑発に、カラーは分かりやすく苛立ちを表に出す。
と。ここでやや遠くから見ていた、クルト曰く「得体のしれない人」――ゼラニウムが動いた。礫の魔陣符を取り出して使ったのだ。
すぐにミリオンベルとテロペアは後ろに跳んで避けると、カラーは横に跳ぶ。
ここにスティアが援護の為に風の精術を使って土埃が舞いあがり、ジギタリスはカラーを半ば押さえつけるようにしながらも強引に引き寄せ、そのまま後退した。
ジギタリスが、スティアの風を目くらましにされる事を危惧した結果の行動である。
ミリオンベルとテロペアもすぐに体勢を立て直した。
「一人で突っ走らないで下さい」
「ていうかぁ、最初から割と邪魔でしたよぅ。ちゃんと連携とって下さいぃ」
「うるせー! 俺一人でやれるんだよ、邪魔すんな! 卑怯者共は黙ってろ!」
後ろに下がったジギタリスとゼラニウムでカラーに苦言を呈するも、彼は全く話を聞かず、それどころか再び考え無しに突っ込んでいった。
その頃には体制を立て直していたミリオンベルとテロペア、スティアは作戦を変えており、布陣は、先頭にスティアがいる状態である。
これはゼラニウムの魔陣符の攻撃を危惧しての事で、とにかく大将を確実に狙ってくるであろう相手の出方を見てのものだ。
必然的に、突発的に突っ込んだカラーの攻撃の先は――スティアになる。
勢いをつけ走ってきたカラーの模造剣を、スティアは自らの手にした模造剣で受け止める。
ガッ、と、殺傷能力の少ないはずの模造剣が嫌な音を立て、踏ん張った足ごとズルズルと下がり、ついにスティアは弾き飛ばされた。
とっさの事に反応出来ないミリオンベルとテロペアを余所に、弾き飛ばされて上手く動けないスティアへと、カラーは模造剣を振りかぶる。
「――スティア!」
客席からの、切羽詰まった声。クルトのものだ。
他にも微かに、誰かの「兄貴、止めろ!」という声も響く。
ぎこちなく顔を動かせば、カラーが驚いたような、正気に返ったような表情をしていた。そして、スティアへと今まさに振り下ろしていた模造剣の軌道を、必死に変え、思い切り彼女の横へと叩き込む。
バキリと音が響き、地面へとめり込むようにしながらも折れた模造剣の切っ先は、クルクルと回転しながら地面を転がった。
「なんで……」
スティアは呆然と模造剣の先を見送る。
今しがた己に向けられた、ほとんど明確と言っていい程の「殺意」。と、同時に、彼女と同じように呆然としている「加害者」であるはずのカラー。どうにも可笑しな状況だ。
「お前の事は許さない」
どこか冷え切った空気を破ったのは、これまた冷たい声色だった。スティアがやられそうになった瞬間に動いていたミリオンベルだ。
彼は一言だけ口にすると模造剣をカラーの腹へと叩き込み、そのまま武器を手放したかと思うと、拳を握って更に腹へと追撃する。
「ぐ、ぅ」
カラーの肺の空気が強制的に押し出され、喉からはうめき声が漏れた。その場に膝をついた彼を冷たく見下ろし、直ぐに心配そうな表情を浮かべて振り返る。
「スティア、大丈夫か? ……ん?」
スティアに問いかけていた時だった。背中にわずかな衝撃を受けて振り向く頃には、審判が「そこまで」と声を上げていた。
ジギタリスが、ごく弱く、ミリオンベルのゼッケンへと模造剣を触れさせていたのだ。
どれほど弱くとも攻撃は攻撃。大将のゼッケンの色が変われば、その時点で試合は終了だ。
「……まぁいいや」
彼は状況を理解したものの、そのままスティアへと向き直る。
「スティア、大丈夫?」
「あ、ああ」
「早く戻ろう」
「ああ」
手を差し出して、一緒に立ち上がると、歩き出す。
「こういう時のベユ、怖いよね。わかゆわかゆ」
「……」
「お疲れしゃん。今のは素直に災難だったね」
「……ああ」
後ろから寄ってきたテロペアの軽口のような、本気の言葉を聞きながら、彼らは負けて、控室へと戻ったのだった。
***
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