精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-93 誰であっても許さない

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「スティア!」

 カラーが模造剣を大きく振りかぶった時だった。
 オレは悲鳴のような声を上げると、走って走って、控室の方へと向かう。
 本当は試合会場に飛び込んでやりたかったが、ディオンに抑えられたために控室に向かう事にしたのだ。
 後ろから何度か声が聞こえた気がしたが、よくわからない。全体的に周りの音は消えて、景色も焦燥感によって色が消える。
 控室からなら試合会場に入れるはずだ。
 あの男、スティアに何をしやがった。スティアに酷い事をするヤツは、誰であっても許さない。
 試合だからどうした。あれは明らかに試合としての範囲を超えた、暴力だ。
 結果は分からないが、あのまま振り下ろしていたのなら中止になっているかもしれない。あるいはベルやテロペアが助けてくれたかもしれない。助かっているのならそれでもいいが、もしもオレの悪い想像が現実のものとなっていたら、どうだろうか。
 オレは、オレの目の前で妹を失うのか? それも、こんな「国のイベント」程度で? 死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが出たわけでもないのに、他ならぬ管理官に妹を害されているかもしれない。
 許せない。何よりも、不安だ。

「退け! 入れろ!」

 オレは控室の前に立っていた管理官に詰め寄ったが、彼は「いえ、規則ですのでそれは……」と首を横に振る。

「たとえ選手であっても、今の試合に関係のない方は」
「いいから入れろ!」
「規則ですので」

 らちが明かない。どれだけ言っても通してくれない。この間にもスティアに何かがあるんじゃないかと気が気ではないというのに。

「おい、そこ退けよ! 俺は兄貴に話があるんだ!」

 オレが押し問答をしていると、緑色の髪の、15歳ほどの少年も走ってきて、オレを押しのけて管理官に掴みかかった。
 なんだかわからないがこいつも中に用があるらしい。オレもそうだ。と、なれば二人がかりで入ってしまえばいいだろうか?
 オレも管理官に掴みかかろうとしたところで「ストップ!」とディオンの声が聞こえた。直ぐにオレを後ろから拘束し、「落ち着いて」と声を掛けられた。

「これのどこに落ちつける要素があるんだよ!」
「ああ、そいつの言う通りだ! 落ち着いてなんかいられるか!」
「いや、二人とも落ち着いてくれ」

 緑髪の少年の事は、ディオンと一緒にオレを追ってきたらしいラナが拘束する。

「ゆっくり深呼吸をして欲しいな。きっとさっきの、カラー君の所業が気になっての行動だとは思うんだけど、ここで管理官に詰め寄ったところで何かが変わるわけでもないし、一度冷静になってくれないと、誰も話を聞いてくれる事もないよ!」
「……うん、ラナの言う通り。二人とも、息を吸って」

 深呼吸なんかしてる場合か!

「落ち着けるか! スティアが、オレの妹が!」
「放せ! 俺は兄貴に話があるんだよ!」

 オレと緑の少年は、エーアトベーベン兄弟に羽交い絞めにされながらも叫ぶ。

「――テメェ!」

 叫んでいると、控室のドアが開き、中からカラーが出てきた、オレが唸ると、隣の少年も「クソ兄貴!」と叫んだ。

「よくもスティアを傷つけたな! ぶっ殺してやる!」
「兄貴! さっきの……いや、さっきだけじゃねえ、大会始まってからのアレは何なんだよ! なんか変だ!」

 オレと少年が騒ぐと、ジギタリスも出てきてこちらと視線を無理やりに合わせてくる。
 冷たそうな鋭い瞳に、妙に強そうな泣きぼくろ。けれども瞳の中にはぎっちりと感情が詰まっているようだった。

「まず、クルトさん。スティアさんは無事ですので落ち着いて下さい」
「……ぶ、ぶじ?」

 オレに、オレが一番気にしていた事をすぐに伝えてくる。
 ジギタリスは嘘を吐くヤツじゃない。だったら、きっと、本当に無事なのだ。

「はい、無事です。心配されていたのは、あの振りかぶった時のものですよね?」
「うん」
「あれはスティアさんには当たりませんでした」
「ほ、本当か? 本当なんだな?」
「はい。直ぐに出てきますよ」

 オレの力が抜けたのを感じたのか、ディオンがオレを放した。同時に、何故かラナも少年を開放したものだから、彼は一直線にカラーに向かうと、思いっきり掴みかかっていた。

「うるさいぞ馬鹿。私は無事だ」
「危なかったは危なかったけどにぇー」
「ごめんなクルト。俺とテロペアがついてたのに心配かけて……」

 オレの関心は緑色の少年ではなく、次にドアから出てきたスティア達へと向かう。
 ジギタリスの言うように本当に無事で、いつものようにちょっと偉そうな妹のままだった。

「よ……よかったぁ……」

 思わずその場にへたり込んでから、ハッとする。
 オレ、スティアの事ばっかり考えてかなり迷惑かけたな?

「あの、騒がしくしたり、掴んだり、すみませんでした」
「大丈夫ですよ。それよりも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 ジギタリスはゆっくりと、変わらないトーンで謝る。な、なんか、かえってごめん。
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