かつての少女、春を売る

二ノ宮明季

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 食事を終えると、様々な服や下着、メイク道具など粗方買い込んでからホテルへ。ご丁寧にもコスプレショップで制服も買ったのだが、その際に、学校の制服はセーラーだったかブレザーだったかまで確認されて、なんだか私まで楽しくなってしまった。
 結局私の出身校の制服にそっくりな、紺色のセーラー服を選び、ホテルでシャワーを浴びてから直ぐに着替える運びとなった。
 部屋の中は暖房が効いていて、寒くない。マフラーとコートを脱いでいると、近藤さんは先にお風呂にお湯を溜めに行った。とはいえ、それもすぐに終わり、服を脱いでいく。
 今日会ったばかりの男性の前で服を脱ぐのは恥ずかしかったが、不思議と抵抗感はなかった。
 毛玉だらけのニットを脱いで、ハイネックのシャツ、裏起毛のインナー、と脱いでから、はたと気が付く。毛の処理を一切していない事を。
「あの」
「大丈夫。全部剃ってしまうからね。まずは全部脱いで」
 私の言わんとした事を理解したのか、近藤さんは笑う。
 結局抵抗する気もなく、「はい」とだけ答えた。恥ずかしいけれども言う通りにして、母の選んだブラジャーを取り去り、流行とは関係ないような裏地の暖かいパンツ、毛玉だらけの靴下、それからお腹まですっぽりと隠れるショーツも脱ぐ。
 同様に近藤さんも全てを脱いで、二人で浴室へと向かった。
 彼は中年男性特有の、ぷっくりとお腹の出た体系だった。スーツの上からでも分かっていたが、脱いでもやっぱりぷくぷくのお腹。
 ムダ毛だらけの私と、ぷくぷくお腹の近藤さんで浴室に行けば、既にお湯は丁度いいところまで溜まっていた。
 この時点ではお互いに欲情していない。私は勿論の事、近藤さんも欲情している様子は見当たらなかった。
 経験はないが、知識として知っている。男性が欲情しているのは、外的情報で分かる事を。
 暖かい浴室で軽くシャワーを浴びると、近藤さんは持ち込んだカミソリを手にした。
 状況としてはここで殺されたとしても、仕方がない。そう腹をくくったが、実際は浴室の、特殊な形の椅子に座らせられると、丁寧に除毛された。
 近藤さんは嬉しそうに、優しく足にカミソリを滑らせる。引っかかる事もなく、するすると滑る刃物は、私の手入れされていなかった足の色をあらわにさせた。
 羞恥心がないわけではないのだが、何故だかこのシュールな状況にどうでもいい考えが頭に浮かぶ。すなわち、「そういえば私の価値を値段として付け忘れた」という事であり。
 今の私は、男性経験もなく、それどころか親に逆らった事もないのに無断外泊をする事になっている。
 挙句、普段からムダ毛の処理すら怠っていて、見知らぬ男に処理をしてもらっている。処理を怠っていた理由を言い訳させて貰えるのなら、今は冬なので油断していた、と言ったところだろうか。
「こっちも剃ってしまいたいから、足を開いて」
「え、でも」
「このままじゃあ、下着からはみ出てしまうよ?」
 両膝の下は終わったらしいが、次に指定された場所に、たじろいでしまう。何しろ、彼は私の陰毛を指しているのだ。
 生まれてから一度も処理という名の行為をしていないそこは、黒々としたものが縦横無尽に生えていた。ちらりと近藤さんを見ると、彼のぷよぷよのお腹の下には、そういった毛は生えていないようである。おそらく、処理しているのだろう。
「それに、みんなやっている事だから」
 なんという説得力。言っている本人に無いというのなら、違うと否定しきれない。
 そもそも私は、他の人がそこを剃っているのかどうかを知らなかった。女性の裸は母しか知らず、必然的に情報に偏りがあるだろう。
 対して彼は、女性に声を掛けるのは私が初めてではないだろうし、何人も見ている。女性に限らず、男性である彼自身にも生えている様子は見られず、それなら任せてもいいかもしれない。
 尤も、嘘をつかれている可能性は否定しきれないが。それに陰毛の近くは太い血管が走っているので、余計に死と隣り合わせである気がしつつも、それはそれだ。ここまで来て、「無理。嫌」というのも、面白みに欠ける。
 そう、私はなぜか、面白みで動いていた。
 青春とは得てしてそういったものだと思っているからかもしれない。
 きらびやかな少女の世界では、「楽しい」「面白い」「ウザい」「キモイ」で構築されており、未知に対する好奇心は基本的に「面白そう」であるのだろう。
 で、あれば、だ。私は剃ってしまうべきなのだろう。それも好奇心に負けて。
 そろりそろりと足を開くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「もっと大きく広げて」
 言われるがままに更に大きく広げると、息がかかるほどの距離に顔を近づけた。私からは近藤さんのつむじが見える。この人のつむじは左巻きなんだな、などと観察していると、ショリリと音を立てて私の陰毛が落とされた。
 正確には、こちらからしっかりと見えているわけではない。何しろ、つむじの観察ができるほど、近藤さんの頭が近くにあるのだ。
 ショリリ、ショリリ、と、聞いた事もない小気味いい音が浴室に響く。
 何度か往復されているのだろうか。皮膚を伸ばされ、大事な箇所に触れられ、刃を当てられ。湯気のせいかしっとりと汗ばんでくる身体に、彼の息がかかる。
 さっきまでは陰毛に護られていた箇所の防御力が落ちたのだろう。けれども暫くはショリショリと音が鳴り、時折私にポーズの指定をする近藤さんの指が、様々なところに触れる。
「よし、綺麗になった」
 微笑みとほぼ同時にシャワーがかけられ、私は不意の刺激に小さく声を漏らした。
「ああ、驚かせてごめん。むき出しになってしまったから、刺激があったのかな」
「刺激?」
「下。よく見てごらん」
 かつて私の陰毛だったはずの毛は流れ、私の秘部は黒から肌色に変わっていた。いや、今は肌色とは言わず、ペールオレンジや薄橙と言うのであったか。
 とにかく、私の皮膚の色が、胸や腹、足と同じ色が、全て一枚で出来ている証明がなされていた。
「何もない」
「邪魔なものが無くなってスッキリしたね」
 近藤さんは今しがた剃り終わった秘部をなぞり上げる。前はもちろん、私に膝を立てさせて、お尻の辺りまでをさわさわと撫でた。
「この辺りまで沢山あったから、磨きがいがあったよ。ありがとう」
 もしかしなくとも、この人は変態なのではないだろうか?
 太ももでも、お尻でもない間には、肉が二つに分かれてついている。「ほら、触ってみてよ」と、今度は私の手をそこに導くと、強引に撫でさせた。
 確かにじょりじょりとした感触は無くなり、皮特有のぐにぐにした肌触りと、恥丘のぷにぷにした肉付きを感じる。ワンクッションが無くなると、ここまで感触が変わるものだったのか。妙に感心した。
「さあ、後は浴槽で温まってから、着替えようか」
「そうですね」
 促されるがまま、私は彼と狭い浴槽に浸かる。やっぱり近藤さんは、私に欲情なんかしていなかった。
 私を後ろから抱きしめるようにして浴槽に入ったが、その感触が私のお尻や腰に当たる事はない。ぷよぷよのお腹ばかりが当たって、これはこれで気持ちが良かったが腑に落ちなかった。
 勿論、私に女としての魅力があるとは思っていない。
 青春時代の全てをスキップして大人になってしまったのだ。それも、母の言う通りにしたまま生きてきたのだから、一般的な女性とはかなり違うだろう。
 本当に、するつもりだろうか。少女として、どころか、女としての価値も、人間としての価値もないような私と。
 大人になる事を蝶になって羽ばたく、なんて聞いた事があるが、ならば少女の時代は言うなれば蛹。幼子が幼虫という事になる。
 私は蝶として羽ばたいている、というよりは、蛹にもなれずに腐った幼虫に近い。それとも、育ってみたら蛾だったようなものだろうか。
 いずれにせよ美しさはなく、ただ存在しているだけ。本当にこのまま母の言いなりで生きてもいいのか、と、何故か売春行為をする運びとなった今、疑問が湧き出る。
 私がぼんやりと考えを巡らせていると、耳元で近藤さんが笑った。
「君は大人しいけれど、沢山考え事をしているようだ。心の声が聞こえたら面白いだろうね」
「面白くはないです」
「本当に?」
 「はい」と、小さく返す。本当に、面白い事なんて考えていない。
 寧ろ私が考え事に夢中になっていたのに気づいた近藤さんの方が、興味深い。ああ、丁度いい。少女らしい好奇心が出てきたじゃないか。
 私も小さく笑うと、彼は「そろそろ上がろう」と促した。
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