マリア様の奴隷

無名

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3 生首と食事

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 俺はマリアの所まで飯を運び、目の前に肉やサラダを置いてやる。めんどくさいので勝手に食ってほしい。

 俺はと言うと、いつものように破れた皮のソファに座って、焼いたパンにバターをつける。たっぷりとバターを塗ると、それを口の中に放り込む。カリカリとした食感にバターの風味が広がり、うまい。一人でもぐもぐ食べていると、怒気を孕んだ声が聞こえた。

「おい。奴隷が主人を置いて先に食事をとるとは、どういう了見じゃ。同じテーブルで食べることすらありえんのに、妾を差し置いて食べるとは」

「何?」

 俺はテーブルの上にしかめっ面で鎮座する、マリアを見た。むくれた顔で、俺をじっと見ている。

「食べさせよ」

「は? 食わせる?」

 俺は目が一瞬点になるが、確かに、考えてみればすぐにわかる。生首では飯を食べられん。当たり前のことに俺は気づかず、間抜けなことをしてしまった。

「一応、魔力で物は動かせるが、永い眠りから起きたばかりで、細かな操作が出来ん。多分、封印されていた影響じゃろう。だから、貴様が妾に食べさせるのじゃ」

「何だと……」

 俺は出そうになるため息を飲み込む。彼女は俺を殺しそうな目で睨んでくるので、仕方なく肉を細かく切り分ける。彼女に睨まれると、ものすごい魔力が全身を駆け抜け、失禁しそうになる。この生首、マジで規格外のアンデッドだ。

「うまく食べさせるんじゃぞ。分かったな」

「へい。分かりましたよ」

 ソースを肉にたっぷりつけ、マリアの口元まで持っていく。マリアは口を開けて待っており、まるで親鳥がヒナにエサを与える気分だ。

 マリアは長い舌を出し、口を開けて待っている。早く寄越せと言いたげなので、俺は無言でマリアに肉を与える。口の中に入ると、目を細めて美味そうに食っている。

 しかし、生首だけで飯を食べるとか、こいつの体はどうなっているんだ?

「ん。むぐ。もぐ。なかなかうまい。やわらかい肉だし、口の中でとろける」

「言っとくが、マリア様に食わせたのはワイバーンの肉だ。俺が時間をかけて熟成させた奴だ。普通は硬くて食べられない肉なんだ」

「ほうそうか。貴様が肉を加工したのか。褒めて遣わす。さぁ、もっと食べさせよ」

 マリアはあーんと口を開けて、飯を待つ。生首に飯を与えるという意味不明な状況に、俺自身混乱する。つい昨日までは普通の生活をしていたのに、なぜこんな事態になっているのか。

 とにかく口を開けて待っているので、また肉を与える。

「もぐもぐ。むぐむぐ。おぬし、なかなか料理がうまいな。良い主夫になれる」

「そうかい。そりゃどうも」

 料理を褒められることはうれしいが、アンデッドに言われてもピンとこない。

 俺はそのままマリアに飯を与え続ける。赤ちゃんに飯を食わせるように、口元まで飯を持って言って、食べさせる。口元から垂れるソースをナプキンで拭いながら、与える。おいしいおいしいと言って、マリアはたっぷり肉とサラダ、パンを三枚平らげた。生首だけなのに信じられない食欲だ。

 食べた飯は一体どこに消えているんだと思ったが、マリア曰く、全て魔力に変換されると言っていたので、排せつ物は出ないのだろう。

 ようやくマリアが食べ終わったので、俺は自分の飯を食べられる。と言っても、肉は細かく刻んでぐちゃぐちゃ。サラダもほとんどない。パンも耳の部分しかない。仕方ないので、マリアが食べた残りカスを食べる。残飯処理は奴隷の仕事であるが、まさか自分がする羽目になるとは思わなかった。

 むなしくグチャグチャの肉を食べていると、マリアは言った。

「現在の状況を説明せよ。特に、ヴァース帝国の歴史や、魔王について話せ」

 飯を食っているというのに、歴史の授業をしろと言う。非常にめんどくさい。地図も持って来いと言われ、逆らえないのでしぶしぶ地図を持ってくる。完全に、肉は冷たくなってしまった。

 普段の俺なら怒鳴っている所だが、奴隷紋の所為で反抗するという気力を奪われる。命令にも逆らえないので、おとなしく言うことを聞いた。

 それからヴァース帝国について話した。魔王を倒して勇者が建国した国とか、現在の皇帝が六代目とか。迷宮が世界各地にあってギルドが設立されているとかを、話した。テーブルに地図を広げ、ここがヴァースで、ここが隣国のユグド樹国で……、などと説明した。

 魔王に関しては国がいろいろと情報を隠ぺいしているらしく、詳しいことは分からない。なので、一般的に教えられる絵本のおとぎ話をマリアに聞かせた。

 内容は、勇者が魔王を倒す冒険譚だ。もちろん勇者は、初代皇帝だ。

「ふむふむ。分かった。ならば、魔族はどうじゃ? 滅んでいるのか?」

「いや、滅んではいないと思うぜ。どこかに隠れて住んでいるとは思う。絶滅したって話は聞かないし、各地で魔族を見たっていう噂はある。まぁ噂だけで、見たことはないけどな」

「そうか。ならばまだ妾の仲間が生きているやもしれんな」 

 そういえば、このマリアとかいう生首。女王とか、魔王とか、そんなことを言っていたな。それは本当の話なのだろうか? もしも魔王だったら、シャレにならん。俺が魔王の封印を解いたことになる。

「レオン。貴様のことも聞きたいが、まずは妾の汚れを落としてもらおう」

「汚れ?」

「髪の毛に少々埃がついているのでな。本当なら自分で洗いたいが、今は体もないし微細な魔力操作もうまくできん。奴隷に髪を触らせるのは気が引けるが、そうも言っていられん。じゃから、洗髪を頼む」

「せ、洗髪? 髪を洗えって?」

 アンデッドの癖に綺麗好きなのか? 本気か?

「貴様も、主人が汚いのは嫌だろう。妾を綺麗にせよ」

「…………」

 俺はまたもや絶句する。俺がこいつを洗えってか。泣く子も黙る、盗賊レオン様が、アンデッドの髪を洗うのか。飯を作って食わせるだけでも破格なのに、洗髪までするのか。

「どうした? さっさと用意せよ」

 マリアの目が赤く輝く。ものすごい魔力を感じる。

「わ、分かったよ。やりゃいいんでしょ。やりゃぁ」

 俺が黙っていると、左腕の奴隷紋が輝く。途端に胸を締め付けられるような感覚に陥り、強制的に命令を聞かせられる。俺に選択肢はない。

「ぐっ。奴隷への命令か。こんな感覚だったのか」

 仕方ないので、残った飯を口の中にかっこんで、俺は風呂の用意をすることにした。

「そんじゃぁマリア様。お湯を用意するんで、少し待っててくれよ」

「分かった。疾く用意せよ」

 マリアはテーブルに広げた地図を見て、尊大に言うのだった。







 
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