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序章:関東下向
1.始まりの任官
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昌泰元年(西暦898年) 平安京 大内裏 大極殿
「”正親司”、平高望、これまでの任、大儀である。その任を解し、新たに貴公を”上総介”に任官する。」
正装姿の男が淡々と述べた。
「なお、朝廷の慣例に従い任国に赴くか否かは委ねる。」
続いてこう話す。よくあることだ。
この京のほど近い場所であればさほど不便もなかろう。
だが、新たに任官された上総国ははるかに遠国。
実際、多くの任官者は赴任せず、居残ることが多かった。
「…謹んで、承ります。任地へ赴くかについては…、少し考えさせていただきたい。」
高望は頭を垂れ、任官を受けるも実際に赴くかはいったん保留したのだった。
「分かり申した。もし、坂東に赴くのであればご連絡を…。」
そういうと退出するよう促す。
高望も承知し、立ち上がろうとし…。
「高望。」
今まで御簾の奥で座っていただけの人物が声をかける。
言わずもがな、今上帝。醍醐天皇である。年が明けて即位2年目。
「はっ。」
その言葉に、即座に姿勢を正し辞儀する。
「此度の上総への任。朕は考えた末でのことである。亡きそなたの父も聞くところによれば、若き日に坂東の国司を勤め上げ、忠を尽くしてくれた。そなたもそうあってほしい。」
「御意。」
本来であれば時の帝が公卿以下の者に声をかけるなどあることではない。
そして、自分から声をかけることも…。
そう思い、先ほど任官を通達した男に目配せすると、一つうなずき、退席した。
大内裏 朝堂院 応天門
高望は今回の人事に対し思うところはある。
実際、前任の仕事ははっきり言ってしまえば皇族の名簿管理。
しかし、父の代で平姓を賜り、父の官職を継いでいくことを考えると関東国司の任は何ら不思議ではない。
ただ、いささか性急に事が進みすぎている気もする。
「高望様。」
考え事をしていると気づけば自身の牛車の御者が声をかける。
「どうした?」
御者が自ら声をかけることもあまりない。
自分としては父の影響かあまり身分の差などは気にしたことはないが周りはそうではないのでこういった突然の声掛けなどはうれしく思う。
「その…先ほど藤権大納言様、菅原大納言様からそれぞれ言伝を仰せつかっております。」
藤権大納言と菅原大納言…。
「時平様と道真様が…。なんだろうか?」
藤原時平、菅原道真、ともに上皇様の代から朝廷に貢献してきた御仁だ。
藤原時平様は言わずと知れた藤原北家の家系。皇族と縁深い一族の長男。
菅原道真様もまた一族の多くが学者として朝廷を支えた家系。
聞くところによれば二人の仲は嫌悪と聞くが…ふむ。
「お伝えしてもよろしいですか?」
考えていると御者が再び聞き返す。
「うむ。それならばまずは権大納言様の言伝をお聞きしよう。」
立場的にも上の時平様の内容から知っておいた方が良いだろう。
「はい。『此度の上総介任官の儀、亡き御父君のように遠国を纏め上げること。まこと大儀である。今後も共に朝廷に尽くさんことを。』とのことです。」
御者はそこまで言い切ったあと、
「如何いたしましょうか?」
と聞いてきた。
「ふむ…。言葉遊び…」
時平様が『今後も共に…』と言うときは…。
「この言葉の後に『今宵、いつもの場所で…。』との言伝もあります。」
いつもの場所か…。
「菅原様の言伝は…。」
「はい…」
言伝の内容は時平様の者よりも柔らかい内容ではあるが大体、同じだった。
「うむ。」
改めて思うに、やはり二人自身の仲は嫌悪とは思えない。
周囲の人間が、揶揄しているだけである。
「よし、一度屋敷に戻ろう。装いを替えて、参ろうぞ。」
高望は牛車に乗り込むと御者に告げた。
儀式に参加してた高望の服装は衣冠束帯と呼ばれる正装。
とても私的に人と会う格好ではない。
御者もなにも言わずにそのまま高望の屋敷に向かうのだった。
「”正親司”、平高望、これまでの任、大儀である。その任を解し、新たに貴公を”上総介”に任官する。」
正装姿の男が淡々と述べた。
「なお、朝廷の慣例に従い任国に赴くか否かは委ねる。」
続いてこう話す。よくあることだ。
この京のほど近い場所であればさほど不便もなかろう。
だが、新たに任官された上総国ははるかに遠国。
実際、多くの任官者は赴任せず、居残ることが多かった。
「…謹んで、承ります。任地へ赴くかについては…、少し考えさせていただきたい。」
高望は頭を垂れ、任官を受けるも実際に赴くかはいったん保留したのだった。
「分かり申した。もし、坂東に赴くのであればご連絡を…。」
そういうと退出するよう促す。
高望も承知し、立ち上がろうとし…。
「高望。」
今まで御簾の奥で座っていただけの人物が声をかける。
言わずもがな、今上帝。醍醐天皇である。年が明けて即位2年目。
「はっ。」
その言葉に、即座に姿勢を正し辞儀する。
「此度の上総への任。朕は考えた末でのことである。亡きそなたの父も聞くところによれば、若き日に坂東の国司を勤め上げ、忠を尽くしてくれた。そなたもそうあってほしい。」
「御意。」
本来であれば時の帝が公卿以下の者に声をかけるなどあることではない。
そして、自分から声をかけることも…。
そう思い、先ほど任官を通達した男に目配せすると、一つうなずき、退席した。
大内裏 朝堂院 応天門
高望は今回の人事に対し思うところはある。
実際、前任の仕事ははっきり言ってしまえば皇族の名簿管理。
しかし、父の代で平姓を賜り、父の官職を継いでいくことを考えると関東国司の任は何ら不思議ではない。
ただ、いささか性急に事が進みすぎている気もする。
「高望様。」
考え事をしていると気づけば自身の牛車の御者が声をかける。
「どうした?」
御者が自ら声をかけることもあまりない。
自分としては父の影響かあまり身分の差などは気にしたことはないが周りはそうではないのでこういった突然の声掛けなどはうれしく思う。
「その…先ほど藤権大納言様、菅原大納言様からそれぞれ言伝を仰せつかっております。」
藤権大納言と菅原大納言…。
「時平様と道真様が…。なんだろうか?」
藤原時平、菅原道真、ともに上皇様の代から朝廷に貢献してきた御仁だ。
藤原時平様は言わずと知れた藤原北家の家系。皇族と縁深い一族の長男。
菅原道真様もまた一族の多くが学者として朝廷を支えた家系。
聞くところによれば二人の仲は嫌悪と聞くが…ふむ。
「お伝えしてもよろしいですか?」
考えていると御者が再び聞き返す。
「うむ。それならばまずは権大納言様の言伝をお聞きしよう。」
立場的にも上の時平様の内容から知っておいた方が良いだろう。
「はい。『此度の上総介任官の儀、亡き御父君のように遠国を纏め上げること。まこと大儀である。今後も共に朝廷に尽くさんことを。』とのことです。」
御者はそこまで言い切ったあと、
「如何いたしましょうか?」
と聞いてきた。
「ふむ…。言葉遊び…」
時平様が『今後も共に…』と言うときは…。
「この言葉の後に『今宵、いつもの場所で…。』との言伝もあります。」
いつもの場所か…。
「菅原様の言伝は…。」
「はい…」
言伝の内容は時平様の者よりも柔らかい内容ではあるが大体、同じだった。
「うむ。」
改めて思うに、やはり二人自身の仲は嫌悪とは思えない。
周囲の人間が、揶揄しているだけである。
「よし、一度屋敷に戻ろう。装いを替えて、参ろうぞ。」
高望は牛車に乗り込むと御者に告げた。
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とても私的に人と会う格好ではない。
御者もなにも言わずにそのまま高望の屋敷に向かうのだった。
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