坂東平氏大乱記

ナッツ・ユキトモ

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序章:関東下向

2.平高望と菅原道真

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山城国 平安京 左京

9世紀末の平安京は内裏から見て、朱雀大路を境に左側が栄え、対し右側は内裏周辺を除き、徐々に廃れ始めていた。

平高望も左京に屋敷を構えていた。

そして、今は正午。

朝廷から帰宅し、身なりを替えて食事を摂る。

そして、約束の地へ向かう。

普段ならば子供たちの様子なども聞くのだが、今日は約束がある。

「…上総介、か。」

時平が待っているであろういつもの場所に向かいつつ、独り言を漏らす。

父も任官された事実上の国司職。

地方職を歴任したことからこの都を離れることも多かった父だが、晩年はこの都に戻った。

平姓を賜って臣として生きることでかつての政敵から我らを守ってくれたのではないかと思う。

事実、自分自身はこうして藤原北家の方々とは懇意にさせてもらっている。

時平様はその北家の当主。

朝廷であらゆる力を最も持ってる方だ。

「旦那様。到着いたしました。」

時平様のことを考えていると御者が目的の場所についたことを伝える。

「左様か…。」

牛車を降りる。

先ほどの朝廷の時とは違い、狩衣かりぎぬ姿であるため多少は動きやすい。

「久方ぶりだな…。」

回りを見てみると見事な釣殿つりどのと庭園が広がる。

「旦那様、それでは私らはこちらでお待ちしてますので。一刻後に牛車を曳いてお待ちしてます。」

「…ご苦労。」

御者達はそう言って屋敷の外に向かっていった。

「平殿。」

呼ばれて振り替えると、同じ装いの男が笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「これは、菅原様。貴殿も今到着されたのか。ご挨拶が遅れ申し訳ない。」

声をかけてきたのは、先の宇多上皇からの信頼厚く瞬く間に出世をしてきた、菅原道真である。

「ふふっ。相変わらず、礼儀正しいお方です。臣となられたとはいえ、貴方様はれっきとした皇族の血を引く御方。礼を尽くさないのは無礼というものです。」

高望のかばねである【平】姓は朝臣あそんと呼ばれる物で特に高望の曾祖父そうそふは平安京煮、都を遷都した桓武天皇であることから、特に桓武かんむ平氏たいらうじ、と呼ばれる。

これが後に平家も呼ばれたりもするのだが…
今は数ある朝臣のひとつでしかない。

「そうは申しましても、殿上人とはいえ私はその末端。対して貴方様は今や公卿。礼を持って接するは当然です。」

高望の官位は従五位下。それに対して道真は少なくとも従三位以上。

「そうですな。そろそろ行きましょうぞ。今日の主人殿がお待ちしてますし…」

道真は話を切り上げ、衣装の袖を屋敷へ向ける。

我々の到着に気づいたのか使用人達が色々と動き出していた。

「そうですね。それにしても季節柄、このような席も普段は開かないのに、なぜ此度は開いたのでしょう。それに他の方々はまだご到着されないのか…。」

おそらく自分と道真だけではなく他にも招かれている者もいるであろうと何気なく声を出す。

「はい。私も呼ばれるのはここ最近なかったですし、それに我々は…不仲と言われてますから。」

屋敷へ向かいつつも道真と話す。
不仲の部分で自嘲気味に笑みをこぼす。

「実に面白きことですな。当人同士は互いに歌を交わす程に仲良きことなのに、周りは騒ぎだす。」

高望もこの事実を知る一人であるため、これが実に可笑しい。

「しかし、気を付けられよ。藤原家は大きな家ゆえ良からぬ考えを持つものもいる。時平様ではなくてもその周りは貴殿を疎ましく思うものもいよう。」

藤原家は、はるか数百年前の天智天皇の頃から朝廷に君臨してきた名家。
それゆえにしがらみも多い。

「お気遣い感謝いたします。私はともかく、一族を護るのも務めですからね。」

最も、学者の家系である菅原の一族だ。
その辺りの機微を見極めるのは難しいのかも知れない。

そんなことを話していると、屋敷から何人かの男達が小走りで近づいてきた。

「お待ちしてました。菅原様。平様。」

おそらく使用人頭だろう。

使用人とはいえ、藤原家で働くにはそれなりの作法が必要なのでどこかの貴族の者だろう。

「主人がお待ちです。どうぞこちらへ。」

そう言って使用人達は二人を案内するのだった。

この屋敷の主人である、藤原時平が待つ場所へ。
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