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アルファなBL作家とリアルで会いました
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だめだ。こんな精神状況で素晴らしい作品に水を差すようなことをしたら、今までの努力がすべてぶち壊しだ。
ひとまず、オレが奴隷だろうがなんだろうが、仕事は仕事なんだ……。
いまさらになって自信のなさが頭をもたげてきた。オレは本当に、この人の表紙絵と挿絵を描けるのか?
「──そういうわけでして、今度の作品は少々ダークな世界観で、森村先生の著作の中では異色作になりそうな予定です」
打ち合わせ終了の合図というふうに、中砥さんが持っていた資料の束を机にトンと揃えた。眼鏡越しの視線がオレに向く。
「ひさひさ先生、何か不安なことがあったらいつでもご連絡ください」
「あ、はい……でも本当にオレで大丈夫ですかね、表紙と挿絵」
中砥さんと森村先生が、同時に首を傾げた。
「だってオレ、大した実績も持っていませんし……濡れ場、ですよ? そりゃ森村先生の著作は読んでますけど、読んでるからって誰もが描けるわけじゃないですし、体位とか、考証とか……」
情けねえ。なんて情けねえんだ、日坂部久斗。
最後は不安になってしまって、語尾はほとんど聞かせられないほど、ごにょごにょとしぼむ始末だ。
すると二人は長年の付き合いのなせる呼吸なのか、同時に目を見合わせて、同時に顔をほころばせた。
森村先生が、頬杖をつく。
「ひさひさ先生は……描けるよ。ねえ、中砥くん?」
「ええ、ひさひさ先生は描けるかただと思います」
なんなんだ、その根拠のない自信は……!
「が、頑張らせていただきます」
腹をくくって、そう言うしかなかった。
名前のないデッサン人形に、もう一人パートナーを購入しよう。待ってろ、もうすぐヤらせてやるからな。
オレはメモ帳やスケッチブックを片付けて、ショルダーバッグを肩にかけた。とにかくこれで、何ごともなく打ち合わせは終わったのだ。万歳。
「このあと飲むよね? ひさひさ先生とは初めてだし」
森村先生が、中砥さんにそう軽く声をかけたのを、オレは聞き逃さなかった。
出た! 飲ミュニケーション!
絶対行かないし、こういうときは話がまとまる前に逃げるに限る。
オレが早足に会議室の外へ足を進めようとすると、背中に声がかかった。
「ええ。弊社のおごりですから、もしよろしければ」
おごり、という言葉にオレの足は止まった。くるりと中砥さんへ振り返る。
「行きますっ!」
夜メシ代が浮く!
洋芳出版が贔屓にしているお店があるとかで、中砥さんは、予約した個室にオレたちを案内してくれた。
つまり彼は、森村先生が「このあと飲むよね」と言うのを見越して事前に予約を入れていたということだ。仕事ができすぎて怖い。
ぞろぞろと席へついたと同時に、中砥さんのジャケットからスマートフォンの着信音がした。どうやら電話が来たらしく、彼はスマホを耳に当ててると個室から出ていった。
耳をそば立てると、何やら不穏そうな単語がいくつか聞こえてくる。
「……いや、ですから、いまから会食で……え? その案件は、僕は……印刷所は閉まってますよ……え? 待ってもらっているんですか?」
直後、残念そうな顔の中砥さんが、個室に戻ってきた。
「すみません、トラブルが起きたようで、会社に戻る必要がありそうです。せっかくひさひさ先生がいらしてくださったのに……」
「頼られてるねえ、中砥くん」
森村先生が苦笑する。
「きみは有能だからね。仕事を詰め込んでいて、体が心配だよ」
「そうですね、仕事はたくさんあります」
すると中砥さんは、真顔でとんでもないことを言った。
「主に森村先生の火遊びの火消しとかね」
「えっ!?」
「こらこら」
「では……申し訳ありません、ひさひさ先生。先に失礼いたします。ここはおごりなので、遠慮なくお願いいたします。──領収証はうちで切ってください」
最後の言葉は森村先生に発せられた。先生は慣れた様子で手をひらひらと振り、中砥さんは去っていった。
待って。森村先生といきなりサシで飲めってことですか……?
ひとまず、オレが奴隷だろうがなんだろうが、仕事は仕事なんだ……。
いまさらになって自信のなさが頭をもたげてきた。オレは本当に、この人の表紙絵と挿絵を描けるのか?
「──そういうわけでして、今度の作品は少々ダークな世界観で、森村先生の著作の中では異色作になりそうな予定です」
打ち合わせ終了の合図というふうに、中砥さんが持っていた資料の束を机にトンと揃えた。眼鏡越しの視線がオレに向く。
「ひさひさ先生、何か不安なことがあったらいつでもご連絡ください」
「あ、はい……でも本当にオレで大丈夫ですかね、表紙と挿絵」
中砥さんと森村先生が、同時に首を傾げた。
「だってオレ、大した実績も持っていませんし……濡れ場、ですよ? そりゃ森村先生の著作は読んでますけど、読んでるからって誰もが描けるわけじゃないですし、体位とか、考証とか……」
情けねえ。なんて情けねえんだ、日坂部久斗。
最後は不安になってしまって、語尾はほとんど聞かせられないほど、ごにょごにょとしぼむ始末だ。
すると二人は長年の付き合いのなせる呼吸なのか、同時に目を見合わせて、同時に顔をほころばせた。
森村先生が、頬杖をつく。
「ひさひさ先生は……描けるよ。ねえ、中砥くん?」
「ええ、ひさひさ先生は描けるかただと思います」
なんなんだ、その根拠のない自信は……!
「が、頑張らせていただきます」
腹をくくって、そう言うしかなかった。
名前のないデッサン人形に、もう一人パートナーを購入しよう。待ってろ、もうすぐヤらせてやるからな。
オレはメモ帳やスケッチブックを片付けて、ショルダーバッグを肩にかけた。とにかくこれで、何ごともなく打ち合わせは終わったのだ。万歳。
「このあと飲むよね? ひさひさ先生とは初めてだし」
森村先生が、中砥さんにそう軽く声をかけたのを、オレは聞き逃さなかった。
出た! 飲ミュニケーション!
絶対行かないし、こういうときは話がまとまる前に逃げるに限る。
オレが早足に会議室の外へ足を進めようとすると、背中に声がかかった。
「ええ。弊社のおごりですから、もしよろしければ」
おごり、という言葉にオレの足は止まった。くるりと中砥さんへ振り返る。
「行きますっ!」
夜メシ代が浮く!
洋芳出版が贔屓にしているお店があるとかで、中砥さんは、予約した個室にオレたちを案内してくれた。
つまり彼は、森村先生が「このあと飲むよね」と言うのを見越して事前に予約を入れていたということだ。仕事ができすぎて怖い。
ぞろぞろと席へついたと同時に、中砥さんのジャケットからスマートフォンの着信音がした。どうやら電話が来たらしく、彼はスマホを耳に当ててると個室から出ていった。
耳をそば立てると、何やら不穏そうな単語がいくつか聞こえてくる。
「……いや、ですから、いまから会食で……え? その案件は、僕は……印刷所は閉まってますよ……え? 待ってもらっているんですか?」
直後、残念そうな顔の中砥さんが、個室に戻ってきた。
「すみません、トラブルが起きたようで、会社に戻る必要がありそうです。せっかくひさひさ先生がいらしてくださったのに……」
「頼られてるねえ、中砥くん」
森村先生が苦笑する。
「きみは有能だからね。仕事を詰め込んでいて、体が心配だよ」
「そうですね、仕事はたくさんあります」
すると中砥さんは、真顔でとんでもないことを言った。
「主に森村先生の火遊びの火消しとかね」
「えっ!?」
「こらこら」
「では……申し訳ありません、ひさひさ先生。先に失礼いたします。ここはおごりなので、遠慮なくお願いいたします。──領収証はうちで切ってください」
最後の言葉は森村先生に発せられた。先生は慣れた様子で手をひらひらと振り、中砥さんは去っていった。
待って。森村先生といきなりサシで飲めってことですか……?
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