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アルファなBL作家を恐れています
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飛び起きた。
ここはどこだ。ここは……。
また無意識に、うなじを手で押さえていた。誰にも噛まれていない、うなじ。また夢だった。よかった。あれは夢だ。夢なんだ……。
周りを見回すと、いつもと変わらない砦、いつもと変わらないオレの家だった。
「久斗」
だがいつもと違うのは、そこにセイジさんがいること。
「すごい汗だ」
彼が近づいてきて、オレはとっさに、ベッドの端に避難しようとした。でもベッドの向こう側には壁しかない。逃げられない。怖い。
オレの絶対安全の砦の中に、アルファが平然といる。なんでオレはこの状況を許しているんだろう?
セイジさんを家に入れてしまった時点で、ここはもう、砦でもなんでもないんだ。敵を内に入れた間抜けな城主。それがオレ。
「覚えてる? 洋芳出版社の廊下で倒れたんだ」
そうだった。そうだ。オレは礼央にまた攻撃されたのだ。SNSを使って巧妙に、自分は傷つかないやり方でオレとセイジさんを陥れた。
オレは、外に出たばかりにまた同じ過ちを繰り返した。
「お、教えてくれよ……」
「久斗?」
「な、なあ、あんた、オレがオメガじゃなかったら、オレを抱かなかったよな? 正直に言ってよ」
「久斗」
「触んなっ!」
セイジさんの手を思い切り弾く。
「オレを好きになったんじゃなくて、オレの性を好きになったんだよな? それともオレの絵だけが欲しいんだよな? こうやって誹謗中傷された今、もうオレはいらないよな? 別の絵師がいるもんな? もっと上手で、もっと売れてる絵師が」
セイジさんはオレを見つめて、眉間にしわを寄せる。
なんだよ。『違う』って即答してくれないのかよ。
「きみにだけは、誠実に答えなきゃいけない。ぼくはきみがオメガではなかったらきみを抱かなかっただろう。ぼくがアルファでなくても、きみを抱かなかっただろう。ぼくはきみの絵を頼りに、きみと出会った。絵の技術も、性も、どちらもなければきみのことを知る由もなかった」
「っ、そうだよな、ああ、そうだ、それがあんたの本音──」
「きみがオメガであることも、きみの絵も、ぼくは久斗のぜんぶが好きだ」
「は……」
なんでそういうこと言うの。
あなたはどうして、こんなオレにまで優しい目をするの。綺麗で、たくましくて、男気があって、小説家で、自立していて。そんなあなたが。
オレのことを可哀想だとでも思ってるの?
自分の体を見下ろす。可愛くもない、美人でもない、腕も足もガリガリ。引きこもっていたから骨と皮しかない。
オレがただのむき出しの裸でなんの取り柄もない男だったら、オレを愛してくれる人なんて、やっぱりいちゃいけない。
いちゃいけないんだ。
「きみには話しておくことが、」
「出てけ」
「話を──」
「出てけよ!」
ぜんぶ、あんたのせいだ。あんたがかき乱したんだ。あんたがオレを外に連れ出そうと、拐かそうとしたんだ。
キッチンに走った。収納棚の戸を開けて、包丁を取り出して、向ける。
「久斗」
落ち着け、というふうに名を呼ばれる。
「今すぐここから出て行け。消え失せろ」
包丁を持つ手が震える。アルファを恐れる自分がいる。たぶん、錯乱してる。だって、さっきからセイジさんが礼央に見える。セイジさんが嗤っているように見える。
頭では、アルファでもぜんぜん違うとわかっているのに。
ゆっくりと、オレを刺激しないように近づいてきている、優しい彼が、礼央と同じなわけ……。
「出ていけよぉっ……!」
周りが言うみたいに、礼央が望むみたいに、また目立たないオメガになるから。下手なら絵もやめるから。望むなら死ぬから。
だから。これ以上優しくしないで。優しくされればされるほど、捨てられたときが、一人になった時が寂しいから。
包丁を持って錯乱しているオレを、今度こそ嫌いになって。そして早く消えてくれ。
「刺していいよ」
セイジさんは、腕を広げた。
「……は」
「ぼくを刺していい」
「ふざけんな」
「ぼくをきみにあげるつもりでいたから、構わない」
ジリジリと近づいてくる。なんで、オレの手は動かないんだ。いや、本当に刺したいわけじゃない。さっさとこいつを脅して、出て行って欲しいだけだ。
己の身を守らなければ。だけど、傷つけたくない。どうしたらいい。
「違う、違うから、ほんとうに」
「違うって?」
セイジさんが包丁を持つオレの手に触れる。顔をほころばせたのと同時に、するりと包丁が手から抜ける。
「きみにそんな残酷なことなどできやしない」
腰をシンクに打ち付けた。背中に彼の手が回る。
セイジさんが額をくっつけてくる。ゼロ距離の視線。
「ぼく自身のことをちゃんと見て、久斗」
頬に伝った涙を、彼の指が拭う。
「本当の言葉をくれ」
そう、囁かれる。
「あ……」
そばにいて、慰めて。
今すぐ抱きしめて、オレを好きだという確固とした根拠をくれ。
いやもう、どうでもいい。
オレの体とか、心とか、性とか、そんなものどうでもいいから、そばにいて。
十一年前から、オレが一番バースにがんじがらめになっている。わかってる。頭ではわかってる……でもっ……。
心がバラバラに壊れて、四散しそう。
「……ひ、ひとりにして……」
セイジさんが離れた。音を立てずに歩き、カバンを拾い、そのまま本当にオレの砦から出て行った。
「……は」
へたり込んで、顔を手で覆った。
こんなことなら、十一年ぶりに外になど出なきゃよかった。
いや、抑制剤を飲んだ後も、打ち合わせの時に持って行けばよかった。
抑制剤を持っていかなくても、打ち合わせの後飲みになど行かなければ、ヒートにならなかった。
心のどこかで、引きこもりの生活がめちゃくちゃに壊れればいいと思っていたのかもしれない。
そしてオレは望んだ通り、セイジさんに出会ってしまい、求めてしまい、そしていま目の前でめちゃくちゃに崩壊し、またオレは一人になった。
心から望んだ、オレだけの世界。
もう二度と外に出なくていい。
もう二度と誰も中に入れなくていい。
元の完璧で絶対安全な砦に戻ったはずなのに。
たまらなく、寒い。
飛び起きた。
ここはどこだ。ここは……。
また無意識に、うなじを手で押さえていた。誰にも噛まれていない、うなじ。また夢だった。よかった。あれは夢だ。夢なんだ……。
周りを見回すと、いつもと変わらない砦、いつもと変わらないオレの家だった。
「久斗」
だがいつもと違うのは、そこにセイジさんがいること。
「すごい汗だ」
彼が近づいてきて、オレはとっさに、ベッドの端に避難しようとした。でもベッドの向こう側には壁しかない。逃げられない。怖い。
オレの絶対安全の砦の中に、アルファが平然といる。なんでオレはこの状況を許しているんだろう?
セイジさんを家に入れてしまった時点で、ここはもう、砦でもなんでもないんだ。敵を内に入れた間抜けな城主。それがオレ。
「覚えてる? 洋芳出版社の廊下で倒れたんだ」
そうだった。そうだ。オレは礼央にまた攻撃されたのだ。SNSを使って巧妙に、自分は傷つかないやり方でオレとセイジさんを陥れた。
オレは、外に出たばかりにまた同じ過ちを繰り返した。
「お、教えてくれよ……」
「久斗?」
「な、なあ、あんた、オレがオメガじゃなかったら、オレを抱かなかったよな? 正直に言ってよ」
「久斗」
「触んなっ!」
セイジさんの手を思い切り弾く。
「オレを好きになったんじゃなくて、オレの性を好きになったんだよな? それともオレの絵だけが欲しいんだよな? こうやって誹謗中傷された今、もうオレはいらないよな? 別の絵師がいるもんな? もっと上手で、もっと売れてる絵師が」
セイジさんはオレを見つめて、眉間にしわを寄せる。
なんだよ。『違う』って即答してくれないのかよ。
「きみにだけは、誠実に答えなきゃいけない。ぼくはきみがオメガではなかったらきみを抱かなかっただろう。ぼくがアルファでなくても、きみを抱かなかっただろう。ぼくはきみの絵を頼りに、きみと出会った。絵の技術も、性も、どちらもなければきみのことを知る由もなかった」
「っ、そうだよな、ああ、そうだ、それがあんたの本音──」
「きみがオメガであることも、きみの絵も、ぼくは久斗のぜんぶが好きだ」
「は……」
なんでそういうこと言うの。
あなたはどうして、こんなオレにまで優しい目をするの。綺麗で、たくましくて、男気があって、小説家で、自立していて。そんなあなたが。
オレのことを可哀想だとでも思ってるの?
自分の体を見下ろす。可愛くもない、美人でもない、腕も足もガリガリ。引きこもっていたから骨と皮しかない。
オレがただのむき出しの裸でなんの取り柄もない男だったら、オレを愛してくれる人なんて、やっぱりいちゃいけない。
いちゃいけないんだ。
「きみには話しておくことが、」
「出てけ」
「話を──」
「出てけよ!」
ぜんぶ、あんたのせいだ。あんたがかき乱したんだ。あんたがオレを外に連れ出そうと、拐かそうとしたんだ。
キッチンに走った。収納棚の戸を開けて、包丁を取り出して、向ける。
「久斗」
落ち着け、というふうに名を呼ばれる。
「今すぐここから出て行け。消え失せろ」
包丁を持つ手が震える。アルファを恐れる自分がいる。たぶん、錯乱してる。だって、さっきからセイジさんが礼央に見える。セイジさんが嗤っているように見える。
頭では、アルファでもぜんぜん違うとわかっているのに。
ゆっくりと、オレを刺激しないように近づいてきている、優しい彼が、礼央と同じなわけ……。
「出ていけよぉっ……!」
周りが言うみたいに、礼央が望むみたいに、また目立たないオメガになるから。下手なら絵もやめるから。望むなら死ぬから。
だから。これ以上優しくしないで。優しくされればされるほど、捨てられたときが、一人になった時が寂しいから。
包丁を持って錯乱しているオレを、今度こそ嫌いになって。そして早く消えてくれ。
「刺していいよ」
セイジさんは、腕を広げた。
「……は」
「ぼくを刺していい」
「ふざけんな」
「ぼくをきみにあげるつもりでいたから、構わない」
ジリジリと近づいてくる。なんで、オレの手は動かないんだ。いや、本当に刺したいわけじゃない。さっさとこいつを脅して、出て行って欲しいだけだ。
己の身を守らなければ。だけど、傷つけたくない。どうしたらいい。
「違う、違うから、ほんとうに」
「違うって?」
セイジさんが包丁を持つオレの手に触れる。顔をほころばせたのと同時に、するりと包丁が手から抜ける。
「きみにそんな残酷なことなどできやしない」
腰をシンクに打ち付けた。背中に彼の手が回る。
セイジさんが額をくっつけてくる。ゼロ距離の視線。
「ぼく自身のことをちゃんと見て、久斗」
頬に伝った涙を、彼の指が拭う。
「本当の言葉をくれ」
そう、囁かれる。
「あ……」
そばにいて、慰めて。
今すぐ抱きしめて、オレを好きだという確固とした根拠をくれ。
いやもう、どうでもいい。
オレの体とか、心とか、性とか、そんなものどうでもいいから、そばにいて。
十一年前から、オレが一番バースにがんじがらめになっている。わかってる。頭ではわかってる……でもっ……。
心がバラバラに壊れて、四散しそう。
「……ひ、ひとりにして……」
セイジさんが離れた。音を立てずに歩き、カバンを拾い、そのまま本当にオレの砦から出て行った。
「……は」
へたり込んで、顔を手で覆った。
こんなことなら、十一年ぶりに外になど出なきゃよかった。
いや、抑制剤を飲んだ後も、打ち合わせの時に持って行けばよかった。
抑制剤を持っていかなくても、打ち合わせの後飲みになど行かなければ、ヒートにならなかった。
心のどこかで、引きこもりの生活がめちゃくちゃに壊れればいいと思っていたのかもしれない。
そしてオレは望んだ通り、セイジさんに出会ってしまい、求めてしまい、そしていま目の前でめちゃくちゃに崩壊し、またオレは一人になった。
心から望んだ、オレだけの世界。
もう二度と外に出なくていい。
もう二度と誰も中に入れなくていい。
元の完璧で絶対安全な砦に戻ったはずなのに。
たまらなく、寒い。
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