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キューピッドは恋を知らない

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 雅樹さんの視線がむず痒い。
 目を合わせないように身をひねり、シンク横の水切りかごに皿を置いた。
 そこへ雅樹さんが手を伸ばし水の栓を止めると、僕の顔を覗き込んでくる。

「相手の態度がもっとあからさまだったら、真也もきっと気づいたと思う。その友人はちゃんと真也にアプローチしたのか?」
「したと言っていました」
「たとえば?」

 佳乃に羅列されたアプローチの数々を、頭の中に思い浮かべてみた。

「原稿中に僕の家に平気で泊まったり。僕のベッドを使いたいと言ってきたり……」

 とはいえ当時は、原稿の締め切りが近づくと男女が一つの空間で泊まるなど他のサークルでも当たり前だったから、気にも留めていなかった。
 ベッドを使いたいと言われた時は、佳乃に譲って僕は床で寝た。

「それだけで気づけと友人は言ったのか?」
「いえ、それだけではなくて、作業の合間に指に触れてきたり、色目を使ったり、際どい服装になったようです。化粧や髪型も……」
「だが気づかなかったわけだろう」
「あとは『作品を作っている時の真也が好きだ』と言われたことはあります」
「なんて答えた?」
「『ありがとう』」

 雅樹さんは思案顔でシンクに腰をつけ、腕を組んだ。

 ほら、だから言ったじゃないか。
 きっと雅樹さんも、僕の鈍感ぶりを実例で聞き、とうとう呆れ果てたのだろう──。

「その人、プライドが高くて自分から告白したくなかっただけじゃないか?」
「……へ?」

 佳乃が? プライドが高い?

「本当に相手のことが好きなら、鈍感だとわかった時点でもっとわかりやすいアプローチに切り替えたはずだ」
「鈍感ですみません。アプローチというと、たとえば?」
「隙を狙ってキスをしたり、それこそ押し倒したり」
「押し倒すんですか?」
「ものの例えだが、そこまですれば、さすがにきみでも気づくだろう?」
「ええ、そうですね。さすがに押し倒されれば、おそらく……」

 いや、ちょっと待った。
 なんて赤裸々な話をしているのだ。

「そんなこともできないなら、真也を本気で好きじゃなかったんだろう。気にすることはない」
「いえ、もう、この話はやめましょう」

 雅樹さんの好みの男性をリサーチしていたはずが、とんでもない話に枝葉がいってしまった。

 そうだ、気分転換にコーヒーでも淹れよう。
 濡れた手をタオルで拭き、粉と新調したマグカップを取り出す。
 同時に頭の中では、佳乃の話から離れようと新しい話題に思案を巡らせた。

「そういえば、前から聞こうと思っていたんですが、雅樹さんの好きな食べ物はなんですか? 和洋中の好みとか、夕食のリクエストがあれば聞きますけど」

 ドリッパーにペーパーフィルターを設置し、粉を二杯入れたのち、専用のポットを使い熱湯を注ぎ込む。

「……オムレツ」

 ぽつりとこぼれた単語に、つい手元が狂った。
 熱湯を注いだ粉の谷が乱れる。
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