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キューピッドは誘惑される
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「なんでここに──」
「真也に何をしている」
もう一度、声でガラスが砕けるんじゃないかというほどの低さで、雅樹さんは沼井さんに問いかけた。
だが沼井さんは、僕には絶対に見せないようなアルファ特有の威圧感を張り巡らせ、挑発的に目尻を細めて肩を上下させた。
「仲良くお茶してただけなの、わかんないの?」
「真也を誘惑しているように見えた。断固、許さない」
「構わないでしょ? 彼氏が本当に彼氏なのかよくわかっていない可哀想な中砥くんのためなんだから──」
言葉が終わる前に雅樹さんが沼井さんのシャツを掴み上げた。
ぎょっとした。
周囲の客の視線も一気に集まってくる。
「雅樹さんッ! ここカフェですよ……ッ!」
立ち上がって慌てて雅樹さんの背中を持ち、宥める。深呼吸を数回した雅樹さんが、そっと沼井さんの服から手を離した。
「な、なんで僕がここにいるとわかったんです?」
「カフェの外の窓から真也が見えた」
「あ……」
雅樹さんを乗せた車がもう一度やってくるのを見越して、ロータリーの見える窓際の席にしたのが仇になったようだ。
沼井さんはしわになったシャツの袖を手で直して、「ったく」と悪態をつきながら雅樹さんをにらみ上げた。
「これ、高かったんだからな。あんた、おれが誰だか知っててそんな態度してんの?」
「沼井礼央。沼井製薬の御曹司。2.5次元俳優をしていたものの炎上騒動で仕事を干され、現在は親元の製薬会社の役員をしているアルファ男性」
「……」
僕も、沼井さんも押し黙った。雅樹さんの口から、まさかよどみなく相手のデータが出るとは思っていなかったのだ。
「雅樹さん、沼井さんのこと知ってるんですか?」
「話したことはないが、顔は忘れない」
意外だ。雅樹さんは僕から見ても、2.5次元俳優にはまったく興味がないと持っていた。
それとも、医療器具の説明を淀みなくしていた時のように、雅樹さんにとっては『沼井製薬の沼井礼央』という肩書きのほうが大事なのだろうか。
だとしたら、沼井製薬の車に乗っていたのは、やはりなにか理由が──。
「真也、いったいどういうことだ」
──しかし、今は額に血管の浮き出た雅樹さんをどうにか落ち着かせるのが先だ。
「なぜ二人で話をしていた?」
「沼井さんとは、仕事で関わったことがあるんです。ぼく自身も会社の編集者として接しているだけで、個人的なものではありません」
「本当だな?」
実際は、雅樹さんを尾行した結果沼井さんに行き着いたのだが、それは伏せておく。
「ええ」
当の雅樹さんは一応この説明で納得してくれたのか、僕から視線を外して沼井さんをもう一度睨みつけた。
「だ、そうだ。きみがどうこうできる相手ではない。ビジネス相手を誘惑するな」
沼井さんは両手を上げてニヤついた。
「わぁかったよ。ちょっと遊んだだけ。最初から別のアルファの匂いがぷんぷんするやつになんか本気で手ぇ出さないって」
本気じゃなければ手を出そうとしていたのだろうか?
「真也、来るんだ」
僕は雅樹さんに強引に腕をとられ、椅子から立ち上がらされた。その間、沼井さんをアルファのオーラで牽制するのも忘れない。
「きみは派手な遊びが好みのようだが、そろそろ一つのところに腰を落ち着けたほうがいいだろうな」
「あー、冗談抜きでさ。どっちでもいいから、誰かいいオメガ知らない?」
雅樹さんが振り向きざまに灰色の目をぎろりと沼井さんへ向ける。
「オメガと番うことだけがアルファの価値じゃない」
それだけ言うと、雅樹さんはもはや沼井さんと一秒でも一緒にいたくない、と言いたげに、僕をカフェの外へ引っ張り出そうとする。
僕は雅樹さんの手をほどいて、沼井さんの席にもう一度近づいた。
「真也!」
「真也に何をしている」
もう一度、声でガラスが砕けるんじゃないかというほどの低さで、雅樹さんは沼井さんに問いかけた。
だが沼井さんは、僕には絶対に見せないようなアルファ特有の威圧感を張り巡らせ、挑発的に目尻を細めて肩を上下させた。
「仲良くお茶してただけなの、わかんないの?」
「真也を誘惑しているように見えた。断固、許さない」
「構わないでしょ? 彼氏が本当に彼氏なのかよくわかっていない可哀想な中砥くんのためなんだから──」
言葉が終わる前に雅樹さんが沼井さんのシャツを掴み上げた。
ぎょっとした。
周囲の客の視線も一気に集まってくる。
「雅樹さんッ! ここカフェですよ……ッ!」
立ち上がって慌てて雅樹さんの背中を持ち、宥める。深呼吸を数回した雅樹さんが、そっと沼井さんの服から手を離した。
「な、なんで僕がここにいるとわかったんです?」
「カフェの外の窓から真也が見えた」
「あ……」
雅樹さんを乗せた車がもう一度やってくるのを見越して、ロータリーの見える窓際の席にしたのが仇になったようだ。
沼井さんはしわになったシャツの袖を手で直して、「ったく」と悪態をつきながら雅樹さんをにらみ上げた。
「これ、高かったんだからな。あんた、おれが誰だか知っててそんな態度してんの?」
「沼井礼央。沼井製薬の御曹司。2.5次元俳優をしていたものの炎上騒動で仕事を干され、現在は親元の製薬会社の役員をしているアルファ男性」
「……」
僕も、沼井さんも押し黙った。雅樹さんの口から、まさかよどみなく相手のデータが出るとは思っていなかったのだ。
「雅樹さん、沼井さんのこと知ってるんですか?」
「話したことはないが、顔は忘れない」
意外だ。雅樹さんは僕から見ても、2.5次元俳優にはまったく興味がないと持っていた。
それとも、医療器具の説明を淀みなくしていた時のように、雅樹さんにとっては『沼井製薬の沼井礼央』という肩書きのほうが大事なのだろうか。
だとしたら、沼井製薬の車に乗っていたのは、やはりなにか理由が──。
「真也、いったいどういうことだ」
──しかし、今は額に血管の浮き出た雅樹さんをどうにか落ち着かせるのが先だ。
「なぜ二人で話をしていた?」
「沼井さんとは、仕事で関わったことがあるんです。ぼく自身も会社の編集者として接しているだけで、個人的なものではありません」
「本当だな?」
実際は、雅樹さんを尾行した結果沼井さんに行き着いたのだが、それは伏せておく。
「ええ」
当の雅樹さんは一応この説明で納得してくれたのか、僕から視線を外して沼井さんをもう一度睨みつけた。
「だ、そうだ。きみがどうこうできる相手ではない。ビジネス相手を誘惑するな」
沼井さんは両手を上げてニヤついた。
「わぁかったよ。ちょっと遊んだだけ。最初から別のアルファの匂いがぷんぷんするやつになんか本気で手ぇ出さないって」
本気じゃなければ手を出そうとしていたのだろうか?
「真也、来るんだ」
僕は雅樹さんに強引に腕をとられ、椅子から立ち上がらされた。その間、沼井さんをアルファのオーラで牽制するのも忘れない。
「きみは派手な遊びが好みのようだが、そろそろ一つのところに腰を落ち着けたほうがいいだろうな」
「あー、冗談抜きでさ。どっちでもいいから、誰かいいオメガ知らない?」
雅樹さんが振り向きざまに灰色の目をぎろりと沼井さんへ向ける。
「オメガと番うことだけがアルファの価値じゃない」
それだけ言うと、雅樹さんはもはや沼井さんと一秒でも一緒にいたくない、と言いたげに、僕をカフェの外へ引っ張り出そうとする。
僕は雅樹さんの手をほどいて、沼井さんの席にもう一度近づいた。
「真也!」
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