teenager 〜overage〜

今日から閻魔

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6.man   思うようにはならない

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 何とも言えない時間を過ごしている。カウンター5人で座っているのに話題は主に梨香子さんと優馬がやり取りしているものだけ。内容もお互いの身の上話をしながら時々優馬が綾乃のプロフィールを埋めにいくような形だった。ぶっちゃけ光希ともう1人の女の子は退屈そうだったし、俺と綾乃は何より気まずい。それは、お互いに焼酎のロックなんかを相手にしていることからとても分かりやすい。正直女の子で焼酎を飲む子は多くないし、男としても初対面の女の子の前でわざわざ臭うものを進んで選ばない。まして梨香子さんももう1人の子も普段モテてそうなクオリティの子だ。
 それでも俺が素直な気持ちを取り戻して明るく振る舞えないのは、綾乃にどう思われているのか何一つ予想を立てれないからだと思う。少しでも雰囲気が掴めればここまで静かに黒霧島なんかと遊ばなくても良いのだ、普通ちょっとずつ話しかけれるだろう。あれこれと考えながら綾乃の挙動を自分なりに詮索し続けている中、優馬が綾乃に出身を聞いた。綾乃は、広島だよーと何でもないように答えたが、優馬はそのまま綾乃に食いついていく。
「え、広島出身なら守人と同じじゃん!
 歳一緒だし知り合いとかじゃないの?高校は?」
 何故か優馬は急に元気になって話に俺を混ぜようとし始めた。綾乃の方は、質問に正直に答える。
「広島高校だよ。まぁその、守人は同級生。」
 この一言で優馬のテンションは一旦戻ってきた。少しだけ眉間に力が入っている。そのまま口調は軽いのに語気は強めに感じるような質問の仕方で、俺に聞いてくる。
「店入ったとき何で言わなかったんだよ、
 カウンターの子可愛いって話した時も完全スルーだったし。」
 はぐらかす以外に空気を保つ答え方も無い。
「ごめんごめん、あんまり店員とか見なくてさ。
 席ついてからも俺の向きからカウンター見えなかったじゃん?あんま機嫌悪くせんといて。」
 それから優馬と何ラリーか会話をしたがどうも牽制をしに来ているような感じだった。俺が思っているよりも綾乃に興味を出しているのかもしれない。しかし、そんな空気にも関わらず優馬の本気度がどのぐらいだなんてことはどうでも良かった。さっき俺は確かに守人と呼ばれた、と思う。聞き間違いかとも思ったし、黒霧島なんか飲んでいるせいかとも思った。でも確かに名字の二神(ふたがみ)ではなかった。こんな小さい表現に期待する。こんな小さい表現で少しにやけてしまう。さっきまで少しやさぐれ気味で進めていたお酒が随分と陽気に進められるようになっている。

 そうこう思っているうちに優馬がまた会話を俺に戻す。
「守人さー、隠し事多いキャラなの?
 さっきの話といいさ、あれこれ1人で抱え込んじゃう人はモテないよ?」
 機嫌こそ直しているが、俺をいじりに来るのは変わらないみたいだ。梨香子さんは隠し事と聞いて急に身を乗り出してくる。。
「なになに!何の隠し事なの?」
困った顔で言葉を濁していると、席移動をしてから初めて光希が口を開いた。
「優馬、それは守人のすごく個人的なことだろう。
 こういうとこで話すもんじゃないよ。」
 光希の発言を聞いて安心する。光希は良いやつだ。何より人間ができていて頭が良い。機転も利く。末長く味方であって欲しい切実に。
「でも聞きたいよぉ~。」
梨香子さんは食い下がろうとしているが光希の厳しい目線もあってこの話はどうやら幕引きになりそうだった。綾乃に変に聞かれてしまっては大変だからありがたい。実際、さっき2人にした親が倒産したり親戚の家や婆ちゃんの家に厄介になっていたことを綾乃は知らない。まして学費のために大阪の大学を探したことなんかも知らない、そもそも大阪の大学を受けたことや進学したことすら俺から直接には話してない。振り返ると身勝手だったと思うが、俺が綾乃を頼って甘えて負担をかけてしまわないよう全部隠したまま離れたのだから今更何も聞いて欲しくは無い。聞かれてしまったら、何の得にもならない欲が姿を現してしまう。そういう背景だったと知られたならやり直せるのではないかと悪魔の囁きに惑わされるようになるだろう。優馬が逃げ方に困っている雰囲気は伝わってきたが、もう強引に終わらせるしか無いだろう。最悪光希がどうにかしてくれるに違いない。俺は気まずさのせいか飲み過ぎていてキャパオーバーになりつつある膀胱の救出に向かうことにした。


 トイレを出て手を洗いながら、優馬の声が少しだけ耳に入った。
「・・・高3の時に倒産しちゃ・・・・・ばらばらで生活してるっぽい。高3の間は親戚の家で、大学は大阪の婆ちゃんのところってさっき・・・」
 洗ってすぐの濡れた手を拭くのも辞めてトイレを出る。自分でもびっくりしたが、俺はカウンター席につくなりそのまま優馬の肩を掴んでいた。先ほどの悪魔の囁きがなんて心配は何だったのか、純粋に怒りしか感じなかった。第三者的にどう思うのかなんてことは分からない。ただ自分なりに悩み抜いて絶対に辛いのが分かっていながら選んで耐え抜いた選択を、こんなあっけらかんとお酒飲みましたついでに可愛い子にお話ししましょうなんてテンションで語られるのはどうしても許せないと思った。光希のように最低限の配慮みたいなものがどうして備わっていないのか。それでも同い年なのかこいつは。と頭の中で優馬のことを踏み込むべきでない部分まで異常なレベルで罵倒している。しかし、実際声に出たのは二言だけ。それは今まで出したことがないような、そもそも自分からこんな声が出たのかというくらいに低くて強い口調だった。
「その話しないでくれ。あと俺今日はもう帰るよ。」
 携帯と財布くらいしか入ってなかったが荷物をまとめた。お会計は分からないがこの怒った感じで何円か聞くのも煩わしかったのでとりあえず5千円置いて光希に良いように払っといてと頼んだ。その流れの中で、どうにも涙を抑えきれてない綾乃が何回か視界に入った。言葉をかけるべきなんだろうか。かける言葉があるんだろうか。何か出来ることが俺の立場であるのか。何かして良い立場なのか。一切良い答えは出てきそうにない。諦めてもう店を出ようとすると、通路の方に由梨加さんが立っていた。
 由梨加さんは、目があった瞬間こそ遅くなってごめんねというような風に微笑んでくれようとしていたが、泣いているカウンターの店員や優馬の落ち込んだ空気、明らかに1人だけ帰ろうとしている俺を見て雰囲気が良くないことを察したようだった。由梨加さんは、荷物を置いたり席についたりする素振りを見せず、俺についてそのまま店を出てきた。

 
 駅の方に歩き始めても由梨加さんはただついてくるだけのようだった。しかし店からいくらか離れたところで肩をトントンとたたかれた。振り向くと由梨加さんが道路脇の小さな公園を指さしている。
「何も聞かないのも良いかと思ったけど少し気になるし、このまま家帰ってまたみんなで顔合わすのもきっと気まずいんだよね?少し話してから帰らない?」
 由梨加さんはそう言いながら自販機に小銭を入れてアイスカフェオレとブラックコーヒーを買った。どっちも要らないと言ったのだが、結局強引にブラックコーヒーを握らされた。
 その後、夜の小さな公園のベンチで俺は由梨加さんに今まで1人で我慢していたことを洗いざらい話した。
 親父の会社が倒産してしばらくすると家族は喧嘩だらけで崩壊したと言って差し支えないこと。母親は実家に帰っていて、離婚こそしていないが別居状態で戻る見込みは立っていないこと。そんな環境で受験は厳しいだろうと心配してくれた親戚が俺を1年預かってくれて、婆ちゃん家のある大阪の中でやりたいことと学費のバランスを見て進学を決めたこと。それを実現するためには成績が足りなさ過ぎて、あまりにボロボロのまま努力しようにも綾乃の顔を見たら絶対に甘えてしまって前に進めないと思ってしまったこと。それで振ったこと。結局全部自分のためを選んでいるようで後悔が絶えず、今でも綾乃のことは申し訳ないと思っていること。最近偶然に顔を見たせいでやっぱり好きなんじゃないかという感情が毎日出てくること。ところどころ泣きそうになってしまい聞く側はしんどかったに違いないが由梨加さんは何も遮らずにひたすら聞いてくれた。話終わる頃にはブラックコーヒーはもちろん無くて、時計は深夜の1時を回っていた。さすがに光希が心配するだろうと思ったので帰ることにする。
 話しきったおかげで少しすっきりして、それからの帰り道はだいぶ楽だった。下ではなく夜空を見ながら歩くぐらいの気持ちまで帰ってこれている。とは言っても俺が育った広島の中途半端な田舎と違い、東京の空は見上げても見上げても星が見えない。大阪の時も大して見えやしなかったが都会のこういうところは寂しくてやれないなと思う。
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