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フォンルージュ家編
56-悪魔付き
しおりを挟む「兄上ダメだッ!!」
いつの間にか近付いていたラルクが母上の背中を庇い、ナイフがラルクの手に刺さる。
「っ…ラルクッ!」
ナイフが刺さったラルクの手は、貫通はしてないものの、痛々しく血がしたたり始めていた。
魔法はラルクの出現に動転して消えてしまった。
残ったのは手にナイフが刺さり怪我をしたラルクと、床に落ちた血に濡れたナイフ。
母上は何が起こったのか理解出来ていないみたいで、驚いた顔をして後ろにいたラルクを見ていた。
僕に今だに触ってる母上を押しのけラルクの手を両手で掴み、傷を確認する。
「ラルク、ラルク…ごめん、ごめんね。ぼく、ぼく、きみを…ッ」
パニックに陥りそうになっている僕をラルクが落ち着かせるように怪我をしていない方の手で僕の背をさする。
「大丈夫ですよ。おれは大丈夫ですから」
また、結局ぼくは、ラルクを傷つけてしまった…ッ!
こんなの…ッここにいる女と同じじゃないかッ!!
視界が歪んでくる。涙が出てきてラルクの手を濡らす。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「…誰かッッ!来てちょうだいッ!!」
存在を忘れかけてた後ろにいる母上が叫ぶ。
「奥様ッ!どうされましたッ!?」
それに気づいた使用人達がワラワラと部屋に入ってくる。
母上が僕らを指差し、焦りながらも勝ち誇ったような目をして言う。
「この不躾者の使用人が、私を襲ったのよッッ!!誰かそいつを捕らえてッ!
今すぐ処分してちょうだいッッ!!!」
僕が何をしようとしていたかまでは分かってないみたいだが、反抗したことはわかってるみたい。
母上はまるで私はこの世でいちばん可哀想な被害者ですって顔をして、目は『私に逆らった罰よ』とでも言うように冷たく、でも私利私欲に濡れた汚い目で僕を見ていた。
その主人の声に、奴隷たちが一斉に僕らに、僕の後ろにいるラルクに視線を向ける。
敵、敵、てき、てき
その視線が全て敵意に包まれたように見える。みんな化物に見える。
この家に僕らの味方などいない。
こんな家、もう無くなってしまえばいいのに。
ふらりと僕はラルクを背にして立ち上がる。
「あにうえ…やめてください。おれが行けば済みますから…だから、」
「ラルク、大丈夫だよ。大丈夫だから」
母上が屈服させたいのは僕。ラルクはおまけ。ラルクが犠牲になったところで、また新たなジュエルを壊すだけ。この女にとって何も変わらない。
だから、僕が守らなきゃ。
ルークがこの女にやり返さなくてはいけない。僕にしか出来ない。
さっきよりも冷めた頭で胸に渦巻いている黒い感情に身を委ねる。
…僕は悪役だ。だから、家族にだって、ただ従うしかない可哀想な人たちにだって、なんだって出来る。
ましてや僕の周りに手を出そうとするコイツらは、皆敵。
僕を…ラルクを傷付けようとしてるんだ、少しくらいやり返されたって文句は言えない。
そうだろう?
壁の影から出した触手でカーテンを止めている金具を外し、一気に全ての窓のカーテンを閉める。
明るすぎるくらいだった部屋が暗闇に包まれる。
ラルクに見せた時の比じゃないくらいの魔法を感情のまま顕現させ、その場にいる使用人たちと母上を触手で拘束して、テーブルと料理を乗せる押し台に置いてあったナイフとフォークを触手で持ち、それぞれの首に突きつける。
頭が熱くなって割れるように痛い。
熱くなった鼻から熱い液体が垂れて落ちる感覚もある。
きっと鼻血が出ているのだろう。
でも関係ない。どうでもいい。
母上たちは怯えた顔になってギャーギャー喚いて触手を外そうとしている。
馬鹿だな。コイツら。自分たちがやろうとしてやり返されたらこれ?
みんな、いなくなっちゃえばいいのに。
さっきの威勢は何処へやらの母上の目の前に歩いて行く。
「あ…悪魔付きッ!」
母上が化物を見るような目をして怯えた顔で僕に言う。
悪魔付きは闇魔法を使える人間に対してのこの世界の蔑称だ。
要は闇魔法はそのくらい嫌われていて、恐れられてるということだ。
だからルークも闇魔法が使えることをアニメで誰かに口で言うことはなかった。
コソコソと陰湿に人を貶める為に使っていた。
きっとルークは母上にも、父上にも隠していたんだろうな。
ごめんねルーク。一番バラしちゃいけない人にバラしちゃったよ。もう逃げれないね。もう後戻り出来ないね。
でも、もうそんな事どうでもいいか。
だって僕はさっきこの女を殺そうとしたんだから。いずれにせよ終わってるんだ僕は。
「良いんですか…?母上、僕にそんな事言って……。
母上はその悪魔をこの世に産み落としたんですよ。
僕が悪魔なら母上は一体なんだと言うのです?」
母上の体が悪魔を目の前にしてブルブルと震え始める。
…この人こんなに小さかったっけ。
どうでもいいか。どうでも。体が恐怖を感じているなら今、追い詰めるべきだ。
もう二度と僕の周りに手を出さないように。
この愚かな女に教えてあげないとね。
無数の触手に拘束されて動けない母上の顔を、僕と無理矢理目が合うように、無造作に顔を掴みこちらを向かせる。
「僕はもう母上の知ってる可愛いお人形のルークじゃないんだ。僕は地獄から貴女に仕返しする為に来た悪魔。
でもね、そんな悪魔がフォンルージュ家から産まれたってなったら、どうなるかなぁ。
悪魔をこの世に産み落とした女の末路ってどうなるんだろうね。
僕はただ拷問され処刑で終わるだろうけど、悪魔を産み、一族の顔も汚し、フォンルージュの名を地に落とした、そんな女を周りは簡単に死なせてくれるかなぁ。
ましてやそんな悪魔は国の王子の婚約者だ!国王の顔にも泥を塗っちゃうね。
王様を怒らせたら、母上の親…お爺様もお祖母様もきっと母上を守りきれない。
…僕に逆らったらどうなるか、わかるよね」
今まで母上に言われてきたことをやり返してるだけ。
どう?脅されるのは怖いよね。
ルークも怖かったんだよ。ずっと。
貴女にされて、我慢してたんだ。
僕に顔を掴まれて喋れない母上は首を何とか動かし、頷く。
恐怖と屈辱に呑まれて僕と同じ色の瞳からポロポロと涙が溢れ、僕の手を汚す。
「それにね、誰も知らないだろうけど、この魔法はね、呪いもかけることが出来るんだ」
嘘だ。そんなものかけることは出来ない。
でも闇魔法が使えるだけの人間を悪魔だと信じてやまない視野が狭い人間たちには丁度いい嘘だろう。
僕は他に拘束されてる使用人たちの方に顔を向ける。
皆一様に怯えて恐怖している。母上と同じ顔をしてる。
「今お前たちに呪いをかけた。
僕の大切なものに手を出したら血を吐いて徐々に身体が動かなくなって、痛みに苦しみ抜いて死ぬ。
僕が死ぬまで一生解けない呪い」
最後に母上の方を向き、冷めた目で見下す。
「母上、貴女にもね。
次ラルクに手を出したら……
僕が地獄に連れて行ってあげる、母上」
首をフルフルと小刻みに横に振る。
そんな馬鹿みたいな嘘を信じて必死になっている母上を見て、思わず滑稽すぎて笑ってしまう。
頭痛がより一層痛みを増し、母上の顔から手を離してしまう。
何とか悟られぬ様に我慢する。
「…分かったら返事でしょう。母上
その口は何のために付いてるの?
ほら、返事しろよ」
「ッ…やめて…ッいやよ…いやぁ…ッ」
はは…何被害者ぶってんだこいつ。
貴女は人間じゃないだろ。何で人間のフリして怖がってるの?
ルークの大事なものは散々壊して奪ったのに、やり返されたらこれ?
…本当にコイツは救いようのない…
ルーク、君にも親なんていなかったみたいだね。アニメの世界なのに、なんでこんな設定にしたんだろ。
せめて幸せな家庭にくらいしてくれたっていいよな。幸せな夢くらい見せてくれたっていいよな。
本当に、救えない。
僕はそんな女と使用人をそのままにして部屋の扉へと歩いていく。
「ラルク、行くよ」
固まって様子を見ていたラルクがハッと我に返ったように立ち上がり、後ろから僕についてくる。
扉を開け、明るい廊下へと出る。
魔法はもう暫く、僕がここを離れるまでそのままにしておこう。解いたら何をされるか分からないから。
身体は尋常じゃなくもうダメだと痛みで知らせてくるが、不思議と気持ちは昨日よりも、今日の朝よりも軽い。
しばらく歩いて階段を登っている時に身体の限界が来たみたいで、段差に躓いてそのまま倒れてしまう。
ラルクが僕を抱えて何か言ってるが、遠くに聞こえて何を言っているか分からない。
僕はまた意識を失った。
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