本條玲子とその彼氏

ミダ ワタル

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02.どちらか

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 肉が薄くて尖っていると自覚している顎先をつまみながら、相変わらずこちらを睨むようにじっと見詰める本條玲子の目を覗き込んだ。
 好きな男に告白という、一般的に思春期の少女にしてみれば一大事とされているものをやり遂げたせいか心無し興奮した光にきらきらと輝かせている黒い瞳。やはり目が大きいと思った。
 まばたきのたびに音を立てそうなほど、睫毛まつげが長く濃い。
 なにかに似ているとしばし考えて、四歳下の妹がもっていた人形に似ていると思い至る。
 たしかファッションモデルでどこそこ在住でと、やたらと詳細なプロフィールデーターが販売メーカーによって設定づけられていて、それを覚えるだけでも面倒に思えるのだが、女の子というものはそういう設定があればあるほどのめり込めるものらしい。

 付き合うかキスするか――付き合うが先に来たところによると、そちらのが優先度は高いのだろう。
 キスの要望については、先日の三田村の話。男共が夢見がちな頭で考えた幻想を、本條玲子自身ももしかしたらと思ったのかもしれない。
 どうせなら自分が想う男にと考えて、いまこの状況だとすれば光栄かつ申し訳ないと思う。
 なにしろ本條玲子に対して、いまのいままで関心もなかったのだから。
「どちらがいい?」
「え?」
「付き合うのとキス」
 やはり本人の意向は確認した上で対応すべきだろう。
 俺の言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返し、本條玲子は怪訝そうに首を傾げた。
「三橋くんって……好きじゃなくてもそういうこと出来ちゃう人?」
 眉をひそめ表情を曇らせた本條玲子は、そう呟くように尋ねてきた。
 軽蔑までには至っていないものの限りなくそれに近い種類の感情が見てとれたので、さすがに心外だと俺は溜息を吐いた。
「そっちが要望しておいて……」
「だって」
「君がいま考えているような人間なら、さっさとキスして事を終わらせて読書に戻る」
「それって、ひどい」
「だから、ひどくないように確認したつもりだったんだけど?」
「あ、そっか。あれ?  でもやっぱりなにか変じゃない?」
「変じゃない。ついでに聞くけど、君はサディストだとかそういった趣味?」
「どうして?」
「それなりに噂は聞いてる。それが本当なら、君は自分が好きな男を不幸へ導こうとしているし、その姿を見て悦ぶというのなら立派にサディストかなと」
 本條玲子は即座に首を横に振って、なかなか懊悩おうのうに満ちた深い溜息を一つ漏らす。
 自分のごうに対して心底疲れ果てているように見え、少し言い過ぎたかと罪悪感を覚えた。
「やっぱり……嫌よね」
「そういった話はしてない。こちらが苦しむ様を見てうれしがられるのはちょっと理不尽だ。でもそういった訳じゃなさそうだ」
「当たり前です! それに……違うかなと思って」
「なにが?」
「三橋くんは、わたしを好きなわけではないから……わたしが、つまり、その……」
 何度も告白を繰り返すのが恥ずかしいのだろう。
 本條玲子の気持ちを察し、言う必要はないと頷いた。
 とりあえず不思議ではあるものの、俺を好きだということは間違いなさそうだった。
「なるほど、つまり俺から言い寄った訳ではないから大丈夫だろう。そう考えたわけか」
 まだ頬を赤くしたまま、本條玲子が頷く。
 恋の身勝手や楽観というわけではなく、一応、仮定としては有り得る。
 それにしても俺が彼女のことをなんとも思っていないといった前提で告白しにきたわけか。
 どうやら彼女は、自分の感情より理屈を重んじるタイプらしい。
「ところで」
「はい」
「自分のことを好きではない男と、噂が本当なら初めてのキスをしていいの? あまりそういったタイプには見えないのだけど」
「それは……だけど……」
 言いながら、本條玲子は完全に下を向いてしまった。
 やれやれと俺は組んだ腕を解いてカウンターの向こう側にいる本條玲子に一歩近づく。
 今更ではあったが周囲が無人であるのを一応確認して、下を向いている本條玲子の顎先をすくうように手をかけ、上を向かせてカウンターの向こうへとやや身を乗りだすように身を屈めた。
「……え」
 寄せた顔に、驚いた本條玲子の吐息がかかって、すぐに俺の手を軽く払うように彼女は俺から身を離した。
 武道的な動きだった。なにかたしなんでいるのかもしれない。
 資産家の娘でこの美貌なら、親が護身術の一つや二つ身につけさせようと考えても不思議じゃないなと考えながら屈めた姿勢を直す。
 こちらとしても別にキスしようと思ったわけではなく、ただこうして会話していても話が進まなそうであったし、どちらがより彼女自身の意に沿うかをはっきりさせたかっただけだ。
 彼女にも言った通り、自分に好意を向けてもらった相手に対してこちらとしては出来る限りの誠意をもって対応するまでだった。
 もっともこちらの誠意を、誠意として受け取ってくれた女性は、過去にあまりいなかったけれど。
「付き合う、で……」
「君を、現時点で好きではないけれど?」
 なんとなく面白さを覚えて、苦笑しながら言った俺を本條玲子は上目遣いに見上げた。
 ふっくらした唇はみずみずしく、キスすれば心地よさそうな気がしたけれど、別に積極的に執着するほどのものでもないと知っていたしどうでもよかった。
「本当、ひどい……でも、嫌いなわけでもないんでしょう? 現時点では」
「まあね。聞いていたよりずっと面白い子だなと思ってるよ。それは、返却?」
 カウンターに本條玲子が置いた本について尋ねると、ふるふると彼女は髪を揺らした。
「貸出お願いします」
「じゃあ貸出カードにクラスと名前書いて、背表紙の裏に挟まってるから。鉛筆はその辺に転がってる」
 まるで茶番のようなやりとりだなと思いながら説明すれば、本條玲子は頷いた。
 返事の代わりに黙って頷くのは彼女の癖らしい。
 カウンターに上半身を伏せる様に貸出カードに記入しはじめた本條玲子を見ながら、座っていた椅子に再び腰掛けて足を組み、後ろ手に読むのを中断していた本を取ろうとした時、校内放送が俺の名を繰り返した。

 『図書委員の三橋洋介君、三橋洋介君、至急職員室の桟田先生のところまで来てください』

 手に取りかけた本から指を離して、俺は立ち上がった。
 そろそろ呼び出される頃だとは思っていたがまさかこのタイミングとは、噂は本当かもしれない。
 俺は貸出カードを書き終えたらしい本條玲子を見た。
「君の仮説、早々に否定されたかも」
「どういう意味?」
「バスケ部エースは足を骨折、秀才は数学の大会の日に発熱、家族全員がエリートの彼は中学浪人……って聞いた。これ、本当?」
 黙ったまま俺をじっと見つめた本條玲子に、本当か……と息を吐いた。
「はい」
「彼等は各々、それなりに人より秀でた彼らの得意とすることや好きなことで災難に見舞われたわけだ」
 いまのいままで気がついていなかったらしい。
 本條玲子は大きな目を更に大きく見開いた。
「君の、その呪いとやらは随分精度がいいものなんだな。ちなみに俺の場合は……」
「読書?」
「当たり。しかもなかなかいいところで中断されてた。そして再開しようとしたところでこの呼び出し、どうやら今日は諦めるしかなさそうだ」
 ガチャリと仕切り壁のドアを開け、カウンターの外へ出て本條玲子の側に回る。
 彼女は申し訳なさそうに肩を落とし項垂うなだれていた。
「冗談だよ。そろそろ呼び出しがかかると思っていた頃だから気に病まなくていい」
 でも、と言いかけた本條玲子のつやつやした頭をぐしゃぐしゃと撫でて微笑みかけた。
 そうでもしないと、いまにも泣き出しそうに見えたからだ。
 女子が泣くのはあまり見たくない。
 ましてや彼女と呼び出しの内容はなんの関連性もない。
「カード、そこに置いたままでいいから。期限は一週間」
「はい」
「一時間は、たぶんここには戻れないから今後の付き合いに関しては、また明日ここで話し合うということで」
 なにか物言いたげな様子でいる本條玲子に、またと言って、俺は第一図書室を出るとコンクリート建ての本校舎にある職員室へと向かった。
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