本條玲子とその彼氏

ミダ ワタル

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04.通学路

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 道幅は広い通学路であったが、多少の時間差はあるものの在校生徒数約千人が通るには狭い。 
 毎朝のことだが、ガードレールで区切られた車道部分は自転車が大渋滞を起こしており、歩道は歩道で紺色の制服で埋め尽くされている。
 いくら徒歩通学者が少数派でも、千人の一割は百人。
 ほんの二分、三分タイミングが悪いと、外を歩いているはずなのに満員電車の中にいるような気分を味わうことになる。
 時間は見ていたつもりだったが、本條家の玄関先でのやり取りや互いの歩調を合わせるまでのタイムロスが影響して、どうやら一番生徒が多い時間帯とぶつかってしまったようだ。
 始業時間は八時三十分。
 チャイムが鳴って、実際に朝のホームルームが始まるのは八時四十分。
 そのため、始業十分前から五分前に到着しようと登校する生徒は多い。
 これが始業十五分前だと、歩きやすさは随分と違う。
 隣を歩く本條玲子の足取りが、段々とおぼつかなくなり遅れがちになる。
 小柄で華奢な彼女はすぐ他の者に押しやられたり割り込まれたりして、上手く人波に乗れない様子だった。
 両手で鞄を持っているからなおさらで、見かねて彼女に片手を差し出した。
「持つ」
「え?」
「鞄」
 戸惑っている本條玲子を無視して鞄を取り上げ、自分の鞄は肩に下げて片側に二つ鞄を持ち、もう一方の手で本條玲子の腕をとって引き寄せ、華奢な肩先に手を置いた。
「あ、あああのっ、三橋くんっ!?」
「気になって歩き辛い。今更だけど周囲に隠れて付き合いたかった?」
 三田村曰く、校内で有名な本條玲子だ。
 二人並んで会話しながら“学校前の道”に出たところで、登校中の生徒がこちらへ視線をちらちらと向けて気にしているのは知っていた。そうなるだろうと予想はしていたし、家業の都合上、人から視線を向けられるのは慣れているから気にならないが、どうやら本條玲子はそうではないらしかった。
 腕をとられて目を白黒させながら周囲を見て、困惑した面持ちで軽く頷いた後、一呼吸置いて恨めしげな上目遣いで睨んできた。
「案外、少女趣味だな」
「そういうことじゃなくて」
「いまから離れる?」
「三橋くんが言ったように、いまさら遅いと思う」
「だろうね。多くの男子生徒が憧れる美少女にして呪いの彼女なんていわくつきの君の肩をこうして抱いているわけだし、歴代の不幸に見舞われた君の恋人の一人に追加されるかと、まあちょっとした話題にはなるだろうな」
「そういった言い方よして」
 本條玲子の声に重みが増した。
「どのあたりに怒った?」
「全部。離して」
 静かにそう答えた横顔が美しかった。
 じっと一点を見つめるような厳しく張り詰めた無表情でいる、怒っているのは明白だった。
 感情的になって声を荒げたりしないあたりに育ちの良さを感じた。
「歩ける?」
 黙って彼女は頷いたが、とてもそう思えなかったので離れたついでに彼女の身を半分隠す壁になるよう若干後ろに下がった。
 これで押しのけようとする生徒は俺に阻まれ半減するだろう。
 しばらく黙ったままの本條玲子の後を半歩下がって歩き、彼女の怒りが幾分か落ち着いたのを見計らって話しかけた。
「噂通りに、本当に自分のせいだと思う? どう考えても本條さんと直接関係がない」
「わからない。けど、実際にそういったことは起きているから」
「呪いの彼女ね」
「彼女って言えるほどちゃんと付き合っていなかったの、本当は」
「最初は友達からでも、と熱心に迫られた。特に悪い人ではなさそうで友達からと言っているのに拒絶するのは気が引けた? 好きでもないのに付き合った罰だとか、それこそ相手に気の毒だとか……そんな風に考えているのなら気にすることじゃないと思うけどな」
 ぴたりと本條玲子の足が止まって、危うくぶつかりかけた寸前で体を斜めにして避けた。
 驚いた表情で、本條玲子の黒目がちな眼が俺の顔を仰ぎ見ていた。
 歩道の道幅約半分を塞ぐように立ち止まっている俺達に、迷惑そうな視線を向けながら生徒が何人か通り過ぎていく。
「どうして、わかるの?」
「中学生の告白とか付き合いなんてそんなものだろ? もしかしたら大人になっても大して変わらないんじゃないかな。付き合う内に好きになるかもしれないし……脅されて無理矢理にとか、嫌いな女の子の好きな相手をわざと横取りするとか、そういったのじゃないなら別に悪いことじゃないよ」
「三橋くんって、なんだか経験豊富?」
 頬に手をあてながらそう言って、本條玲子はまた歩き出した。
「別にそんなのじゃないし興味はないけど、それなりに女の子との恋愛みたいなものに巻き込まれてはいる」
「三橋くんってすごくモテるって聞いたことあるけど、もしかして告白されたら毎回付き合ってるの? いまみたいに」
 淡々とした口調だったが、先程のように怒ってはいないようだった。
 女の子によくある嫉妬や詮索といった感じでもなく、何故か心なし表情が和らいでいる。
 校門を通り、部活の朝練に出ている生徒ももういない校庭を横目に本校舎を目指して歩きながら、その壁に掲げられた時計をちらりと見上げれば針は始業五分前を指していた。
「大抵、間も無く相手が怒って前言撤回する」
「わかる気がする」
「前言撤回したくなった?」
 半ばそうじゃないかと思いながら尋ねてみたが、意外にも迷いなく本條玲子は首を横に振った。
 はらはらと束になった黒髪が揺れて広がる。
 それにしても、本條玲子のような理性的な女子にここまで入れ込まれる覚えがまったくないから実に不思議だ。
 どこかでなにか接点があっただろうかと記憶を探ろうとしたところで、本校舎の生徒玄関に到着した。
「そういえば、はじめて本條さんって呼んだね、三橋くん」
「試しにね、とても呼び辛い」
 靴箱の棚が立ち並んでいる通路に立ち止まり、顔をしかめてそう言った俺を見上げて、本條玲子はくすりと笑った。 
 俺にとって彼女はまだ、噂話の登場人物である本條玲子という一続きな名前の少女の域を出ていなかった。
「名前がいいな」
 ぽつりと呟いた本條玲子の言葉が、いかにも男と交際し始めの少女が言いそうな要求だったので思わず苦笑する。
 こちらがなにを考えたのか悟ったのか、即座に、違うの、と本條玲子は否定した。
 しかし怒ってはいない。
 本條玲子は怒れば氷のように冷ややかになるタイプだ。
 それにしても、さっき厳しい顔をした本條玲子はなかなか迫力があった。
 もうあと数年したら、本当に男を魅了するような感じの美女になるかもしれない。
 相当の踊り手が決めの形を取る時の、人目をき付け心奪うような迫力に近いものを感じた。
「本條っていうの、どうしても家や父のこととかも込みで呼ばれているような気がしちゃうというか……自意識過剰って言われたらそれまでだけど」
「ああ、なるほど」
 それはそれでありがちな理由だが理解はできると思いながら相槌を打てば、彼女は唇をきゅっと一旦引き結んで頬を膨らませた。
「いま、子供っぽいって思ったでしょう」
「いや、気持ちはわからないではないよ」
 個人より、家のことが先に立ってそれ込みで呼ばれているように聞こえてしまう。
 趣やその範囲は異なるものの、彼女の家も自分の家も同じようなものだった。
 鞄を手渡しながらそう答えると、不思議そうに彼女は首を傾げた。
 無理もない。
 家のことが先に立つといっても、俺の場合はある特定の分野に関わる相手に対しのみで、彼女の家ほど無差別広範囲な有名さではない。
「あ、そうだ。鞄と、それからさっき盾になってくれていてありがとう」
 各々が属するクラスの靴箱へと別れかけ、ふと思いついたように振り向いて、丁寧なお辞儀付きで本條玲子は俺に礼を言った。
 気が付いていたのかと、どうやら随分と律儀な性格でもあるらしく、またいまのところ無理な要求もしてこない彼女に好感を覚えながら、上履きを手に取って通路に敷かれたすのこに落として俺は苦笑した。
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