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第一章 湖の村攻防編

12.謀略(はかりごと)

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 日も暮れてきたし、明日記録官を絡めて話をしようという事で、帝国軍のティタはビアンの提案を受け入れた。
 良ければと幾分かの食糧の入った荷馬車も。

 ティタは「かたじけない」と頭を下げる。
 帝国側の上官にでも見つかれば溜ったものではないのだが、その上官も到着はしていないようである。
 ビアンはその情報をすでに入手したうえでの提案だ。
 確かに、奴隷としては扱われないのだが、権力をかさに着る上の方々は皇帝の寛容さと器の大きさがとどいておらず、手駒の一つとしても診ているかどうか。
 先の大戦で意思の持つ者をつれ、ティタ達は帝国へと逃げ込み、そこからは実力を見せるためにその力を発揮した。
 しかし、だ。
 然程大した理由でない、上官(貴族)の勝手な思い付きで、駆り出され、使われようとしている。
 ティタも帝国に流れる際、この街に寄ったことがある。
 共に流れてきた者達からの情報で、この村は寛容だと。
 実際でかい門の兵士たちは一応警戒したものの、デューハンからの書状を見せると暖かく迎えてくれた。
 ありがたかった。
 できればこの村は奪いたくはない。
 しかし断れば、他の部隊か仲間達を、そして部下たちを、路頭に迷わせてしまう…。
 門の一番近い騎馬たちのいる、天幕を張り、イスとテーブルのようなものがおかれた簡易的な場所で、ティタは村の門を眺めながら、考えていた。
 ティタの太い腕にそっと細い手が置かれる。
「姉上・・・。」
 手の方向を見ると、ルマリアが、表情を顔に出さず、見つめている。
「考えすぎるな、ティタ。皆が心配するぞ」
 部下たちが、軍馬の手入れをするていで、そのあたりの片付けをする体で、信頼するティタの気持ちを察し、気をもんでいる。
「すまぬ、司令官は明日早朝にお越しになる。幕舎の準備がすんだなら、各自食事を摂れ。
 臨時の糧食もある。
 明日までに処理できるものは処理しておけ。」
 部下たちが待ってましたとばかりに、荷馬車の食糧を開け始める。
 大きな鍋も取り出され、早速調理するものが食材を見ている。
「私の『師匠』曰く、腹が減ってはいくさが出来ぬという武人の言葉があるそうだ。先ずは腹を満たし、明日の話しに臨もうではないか。」
 ルマリアはティタの肩をたたき、励ました。
 今の今まで、人生のほとんどを戦闘奴隷として生きてきた日々。
 魔界の闘技場で勝利し、自由の身を得た時先の大戦が勃発。
 勇士として姉の解放条件を餌に駆り出された。
 なぜか彼らは色々な騒動や出来事に巻き込まれ、戦いの中で出会った敵側の傭兵、デューハンに助けられ、逃げ延びたのだ。
 見た目はいかつい魔物だが、彼の心の中は、優しい温和な性根を持っていた。
 とかく最近表情の明るい姉上に傷ついてほしくも無く、出来れば幸せになってほしかった。
 彼は神を崇めないが、姉や部下達を幸せに出来るなら、もし願いを叶えてくれるなら、その身を、魂を、全てをくれてやってもいいと思っていた。
 ********************

 帝国領と王国領の境界線。
 その帝国側の砦の一室で、優雅に食事と、はべらせた女を楽しんでいる男がいる。
 帝国領辺境の貴族の一人だ。
 その貴族の男と部下二人、椅子を挟んではるか離れた壁際に、黒いローブで顔をかくし、禍々しい気を放つ杖を持つ男がいる。
「ワシは明日湖の村に行き、、総力戦で村の自警団を壊滅すればよいのだな?」
 貴族は言った。
「カラーデル様は後ろで部下達と観戦していてください。戦いは達にまかせ、用が済めば、疲れ切ったケダモノを切り捨てればよいこと。
 万が一があっても、ケダモノに責任をおしつければよいのです。」
「そうか、そうか。わしは湖の村を手に入れて、ケダモノ達も排除できる・・・くっくっく・・・・。」
 カラーデルは卑下た笑いをあげながら、女の胸を揉みしだいた。

 砦の一角に、長い筒を持つ男がその様子を見ていた。
 すぐ横には長い髪を後ろで束ねた、女性が一人。
 身にぴったりと密着した服を着ており、その体つきがいい女の体つきだということはすぐにわかる。
「ルード様。ローブの男はうまく口元が見えないのですが、あの貴族はそのままのことを申しております。」
 女性は口元で何を話しているのかを言っていたようだ。
「なるほど。団長はここ迄読んでいたようだね。では用は済んだので帰ろう。
 お腹もすいたことだしね。」
 女性は頷き、ルードと同じようににじむように消えていった。
 
 結局、カラーデルが来たのは次の日の昼頃、しかもティタのいる場所からさらに後方の湖の近くでの話となった。
 急遽幕舎が建てられるかと思ったが、上級貴族が使用する様な、大型馬車コーチを村が出すという事で、その中ですることになった。
 話し合いにはカラーデルとその部下二人、ティタ、ルマリア。自警団側はヴィート、ビアン、ルラースという者たち。
 エルフの姿が見えたのだが、ヴィートに『ステイシアを抑えれるのはお前だけだ!』といわれ、しぶしぶ退席していった。

 村もという事か。
 帝国側と王国側の記録官が来る。
 ここである程度取り決めをして、領地を明け渡すか、力で奪うかというような形だ。
「では早速話を進めようか。カラーデル様の要求を。」
 ヴィートがさっそく仕切り始める。
 カラーデルは下民がと帝国の言葉で呟きながら、要求を述べる。
「村をよこせ」と。
「全力で断るので、力で決めましょう!」
 ヴィートがにこやかに言い、ビアンは顔を横にそらし笑いをこらえている。
 ルラースも冷静にこちらを見ているが口元は隠しきれていない。
 カラーデルはこめかみに血管を浮かばせながら罵倒するような言葉を吐いている。
 ヴィートはそんな、些末な事よりである。
 「ティタといったか、お前さん強そうだなw」

 「戦うからには、全力で行かせてもらう。」
 席を立ちあがろうとするティタ達をヴィートが手で少し待ってくれと制す。
 記録官とカラーデルが出ていき、ティタ達とヴィート達だけになる。
 「お前さん達の状況はわかった、これからは俺たちの団長おやじの提案だ。・・・・「賭け」をしないか?」
 ヴィートは二人にわかる魔界の共通語で話してきた。

 ********************

 次の日の早朝。
 湖から南に下り、広い見晴らしの平野で甲乙つけることとなった。

 半妖魔戦団は軍馬に跨り、騎馬隊中心の部隊。
 平野でその戦力と、機動力で敵を攻める形であろう。
 そのかなり離れたところで見ているカラーデル一行。
 更に後ろにおおきな黒い檻があり、柵で囲われていた。
 対する自警団もほぼ、大体騎馬に乗っている。
  一人は馬には乗らず、騎馬隊の後ろで大きな盾を背に抱え、仁王立ちだ。
 昨日話し合いに参加していたルラースというものだ。
  もう一組は大きな戦車チャリオットに乗った四人組。
 タワーシールドを持つスチュアート、手綱を捌くケット。槍を持つパーチェ。
 そしてスリングを持つイートだ。
 他は青いマントを付けた騎士然とした方々。
 ステイシアと帰ってきた騎士団の方々だ。
 昨日は予定を一週間以上前倒しで、それはそれは大変な騒ぎになった。
 馬車の性能もさることながら、付いてきた騎士の方々も疲弊からの駆り出されだ。
 たまったもんじゃないだろう。
 騎士たちは、ヴィートからは、攻めずに盾持ってお前たちのルラースの周りを固めておけとだけ言われていた。
 しかし、だ。
 数十といる半妖魔戦団の騎馬隊。
 歩兵もいる。
 それに対し、目に見えているだけでも、数には不利がある。
 村の方からすごい勢いで掛けてくる、走竜に引かれた戦車輪に、一人の男が乗って来た。
 みな、統一している白銀の鎧ではなく、衣服と鎧を合わせたような、あまり見たことも無いような装備。
 狼の様な顔を象った変わり兜はほかの者達と同様、顎の部分は外れ、顔がある程度は見て取れる。
 両腕には籠手を装備して、龍の角の様な物が意匠されている。
 拳から肩にかけての一体物の衣服に、金属の鎧が所々付いている様な物を着て、体にはギルボ・アール。足は脛当てと、二つは自警団の通常装備。
 足は獣の形をした爪の付いた、毛におおわれた靴のようなもの、足懸(あしがけ)を装備して、腰には短い剣を差していた。

 走竜の戦車にはフィートが引いている。そしていつの間にか、酒瓶を片手にステイシアが座っていた。
 特等席でみらんと面白くないじゃろ!と、一杯やっている。
 ティタは騎馬をゆっくりと進める。
 ヴィートが出て来て馬面を合わせた。

「昨日も言ったが、全力で行かせてもらう。」
「ああ、本気出してきてくれ、そして俺たちが勝つから、昨日言ったことをその時にでも考えてくれよ!」
 ヴィートから提案があった昨日の話し合い。
 しかし・・・・ティタはこのメンツに負ける気など微塵も感じていなかった。

 この時までは。
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