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【 第三章 】やがて光りの王となり
黒霧の厄災②
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カイは兵士から受け取ったマスクを着け山道を登る。その間も山では赤く燃える光と、金色に瞬く光、そして山々に響く轟音が鳴り続いていた。
カイはマスクで呼吸がしにくくなり登るペースが落ちた気がしてマスクを途中で外した。すると途端に喉の奥と肺がギリギリと締め付けられるような感覚に陥り慌ててマスクを付け直した。夜になり黒い霧が目視出来ないがもう立ち込めた場所まで来ているらしい。
近辺の木々が背の低い這松などに変わり、かなりの高度まで来たことが分かった。視界を遮る木が無くなりバルヴィア山がよく見える。
バルヴィア山は禍々しく燃える赤い光で紺碧の夜空を焼いていた。そこから濛々と辺りに拡散されていく毒霧。マクスを通り抜けた毒霧が肺に喰らいつきカイはゲホゲホと咳き込んだ。
その時、カッと強い光が辺りを包み、ほぼ同時にドォォォンと鼓膜を突き破る程の爆音が響いた。
「くっ……!」
カイは咄嗟に斜面に伏せた。その背中を強風と共に砂や小石が流れていく。
爆風らしきものが止みカイが顔を上げると、夜空に伸びていた金色の光の柱が根元から消えていくのが目に入った。
夜空に砂金を振り掛けた様にキラキラと零れ落ちながら消えてく光。しかし毒霧を吐き出し続ける赤い炎は、小さくなったように見えるがまだ燃え続けている。
「マ、マティアス……」
マティアスが発動させた『魂の解放』。その証でもあるあの光の柱が消えていく意味を想像し、カイは全身の血が下がるような感覚がした。
さらに急ぎ無我夢中で山を登る。赤く燃える山頂は見えている。だがそれはすぐ近くのように見え、とても遠い。
(早く、早く、マティアスの元に!)
毒霧に肺を蝕まれつつも必死に走っていたその時、空を旋回する影に気付いた。
「フェーーイ! フェイ! ここだ!」
空を見上げ、その輝飛竜にカイは渾身の力で声を張り上げ呼びかけた。フェイはカイのマスク越しでこもった呼び掛けでも気付き、巨大な翼を器用に扱い山の斜面にいるカイの目の前に着地した。
「フェイ! 頼む! マティアスの所まで連れて行ってくれ!」
フェイに話しかけながらカイがその背に乗るとフェイは相変わらずの急加速で飛び立った。
必死にフェイの背中にしがみつき、高く舞い上がった上空からバルヴィア山を見る。火口付近から黒い霧が噴き出し、赤く燃える何かが中央に存在していることが確認できた。
「マティアスは、マティアスはどこだ?!」
赤い炎に照らされた山頂の斜面を見つめ、必死にマティアスを探す。すると山頂から少し下った斜面に茶色の布らしき物体が見えた。カイが作った外套のような気がした。
「マティアァァス!」
暗がりでよく見えないが愛しい人の名を呼びながらフェイを誘導し、フェイが斜面ギリギリを滑空した時、カイは飛び降りた。
カイは斜面を滑り転がりながら着地し、その物体に駆け寄った。
「マティアス!」
近寄りながら乱れた金の髪が風に靡くのが見え、マティアスであると確信した。
マティアスはカイに背中を向けるように倒れていた。砂に半分埋もれかかっている身体をカイは揺り起こしながら声をかけた。
「マティアス! 大丈夫か!」
横向きの身体を仰向けの位置にして顔を見た。その美しい顔に嵌るエメラルドの瞳は薄っすらと開いたまま、目に砂が入っているにも関わらず痛がることも無く停止していた。
「……マティアス?」
カイがその名を呼んでもマティアスはピクリともしない。その身体は完全に力が抜け人形のようだった。生きているものでは無く、物のようだった。
「あ……ああ……あああぁぁぁ!! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
カイは叫びマティアスを搔き抱いた。強く抱き締めその胸に耳を当てるが当然すべき鼓動が聴こえない。襟元からは木彫りの男鹿と緑のビーズのペンダントが覗いていた。
「マティアス……っ! 嫌だ、マティアスっ!」
カイの両目から大量の涙が溢れ出し、マティアスの動かない頬に落ちていく。
革製のマクスの中はさらに息苦しくなった。もはや意味がないと感じカイはマクスを外し投げ捨て、マティアスの白い頬に唇を寄せた。
ふと顔を上げると火口付近に赤々の燃える物体がこちらを見ているような気がした。それはちょうど人ぐらいの大きさに見えた。
カイはその物体に泣きながら叫び怒鳴った。
「ヴィー! お、お前っ、しっかりしろよっ!」
しかしその赤く燃える物体はこちらを見ているようにも感じたが、何の反応もせずただゆらゆらと燃えているだけにも見えた。
「マティアスが! マティアスがっ……!」
マスク無しで叫んでいると、これまでの比ではない苦しさが襲ってきた。
「ガッ……ハッ……!」
強く咳き込むと大量の血が口からバタバタッと流れ出た。さらにゲホゲホと咳込み、苦しさから逃れようと空気を吸い込む。しかし肺に入るのは黒霧で汚染された気体。カイはマティアスの身体の横でのたうち回った。
「ヴッ……ガハッ……うぐっ……」
カイは確信した。このまま死ぬのだと。
肺を無数のかぎ針で掻きむしられているような激痛が延々と続く。身体が空気を求めて必死に呼吸をするも肺の激痛は増すばかりだ。
あまりの苦しさにカイは背負っている剣で自身の胸を突こうと考えた。しかしもはや身体を動かすことも出来ず、ただひたすらこの苦痛が早く終わることを祈るしか無かった。
しばらくしてスウッと痛みが和らぐ瞬間が訪れた。やっと終われる。安らぐ所へ、マティアスと共に行ける。そう思った。しかし気付くと再び元の激痛が襲ってきた。そしてまたその場でのたうち回り苦しみ藻掻いた。
時間の感覚も分からなくなっても、それは何度も繰り返された。
冷たい夜空の下。赤い炎の光だけに照らされ、カイは一人苦しみ続けていた。
慣れることがない激しい苦しみの中でカイは絶望した。それは自身が不死身であることだ。カイはこの苦痛が永遠に続く可能性に気付き恐怖した。しかしどうすることも出来ず、ただただ足掻き藻掻くしかなかった。
瀕死と回復を何度繰り返したかももう分からなくなってきた時だった。
視界が金色の眩い光でいっぱいになった。
それと同時に身体がふわりと軽くなるような感覚がした。
(ああ、やっと終われるのか……?)
ぼやける視界にマティアスの手が見えた。カイは僅かに残った力を絞り出しその冷たくなった手を握った。
遠のく意識の中で声が聴こえた。
「ねえ……ん! 見て、バ……ィアが……なに小さく……る!」
「クラ……ス! だれ……倒れ……!」
カイはその声を聞きつつ、別の何処かに自分が流されるていくような感覚を感じた。
カイはマスクで呼吸がしにくくなり登るペースが落ちた気がしてマスクを途中で外した。すると途端に喉の奥と肺がギリギリと締め付けられるような感覚に陥り慌ててマスクを付け直した。夜になり黒い霧が目視出来ないがもう立ち込めた場所まで来ているらしい。
近辺の木々が背の低い這松などに変わり、かなりの高度まで来たことが分かった。視界を遮る木が無くなりバルヴィア山がよく見える。
バルヴィア山は禍々しく燃える赤い光で紺碧の夜空を焼いていた。そこから濛々と辺りに拡散されていく毒霧。マクスを通り抜けた毒霧が肺に喰らいつきカイはゲホゲホと咳き込んだ。
その時、カッと強い光が辺りを包み、ほぼ同時にドォォォンと鼓膜を突き破る程の爆音が響いた。
「くっ……!」
カイは咄嗟に斜面に伏せた。その背中を強風と共に砂や小石が流れていく。
爆風らしきものが止みカイが顔を上げると、夜空に伸びていた金色の光の柱が根元から消えていくのが目に入った。
夜空に砂金を振り掛けた様にキラキラと零れ落ちながら消えてく光。しかし毒霧を吐き出し続ける赤い炎は、小さくなったように見えるがまだ燃え続けている。
「マ、マティアス……」
マティアスが発動させた『魂の解放』。その証でもあるあの光の柱が消えていく意味を想像し、カイは全身の血が下がるような感覚がした。
さらに急ぎ無我夢中で山を登る。赤く燃える山頂は見えている。だがそれはすぐ近くのように見え、とても遠い。
(早く、早く、マティアスの元に!)
毒霧に肺を蝕まれつつも必死に走っていたその時、空を旋回する影に気付いた。
「フェーーイ! フェイ! ここだ!」
空を見上げ、その輝飛竜にカイは渾身の力で声を張り上げ呼びかけた。フェイはカイのマスク越しでこもった呼び掛けでも気付き、巨大な翼を器用に扱い山の斜面にいるカイの目の前に着地した。
「フェイ! 頼む! マティアスの所まで連れて行ってくれ!」
フェイに話しかけながらカイがその背に乗るとフェイは相変わらずの急加速で飛び立った。
必死にフェイの背中にしがみつき、高く舞い上がった上空からバルヴィア山を見る。火口付近から黒い霧が噴き出し、赤く燃える何かが中央に存在していることが確認できた。
「マティアスは、マティアスはどこだ?!」
赤い炎に照らされた山頂の斜面を見つめ、必死にマティアスを探す。すると山頂から少し下った斜面に茶色の布らしき物体が見えた。カイが作った外套のような気がした。
「マティアァァス!」
暗がりでよく見えないが愛しい人の名を呼びながらフェイを誘導し、フェイが斜面ギリギリを滑空した時、カイは飛び降りた。
カイは斜面を滑り転がりながら着地し、その物体に駆け寄った。
「マティアス!」
近寄りながら乱れた金の髪が風に靡くのが見え、マティアスであると確信した。
マティアスはカイに背中を向けるように倒れていた。砂に半分埋もれかかっている身体をカイは揺り起こしながら声をかけた。
「マティアス! 大丈夫か!」
横向きの身体を仰向けの位置にして顔を見た。その美しい顔に嵌るエメラルドの瞳は薄っすらと開いたまま、目に砂が入っているにも関わらず痛がることも無く停止していた。
「……マティアス?」
カイがその名を呼んでもマティアスはピクリともしない。その身体は完全に力が抜け人形のようだった。生きているものでは無く、物のようだった。
「あ……ああ……あああぁぁぁ!! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
カイは叫びマティアスを搔き抱いた。強く抱き締めその胸に耳を当てるが当然すべき鼓動が聴こえない。襟元からは木彫りの男鹿と緑のビーズのペンダントが覗いていた。
「マティアス……っ! 嫌だ、マティアスっ!」
カイの両目から大量の涙が溢れ出し、マティアスの動かない頬に落ちていく。
革製のマクスの中はさらに息苦しくなった。もはや意味がないと感じカイはマクスを外し投げ捨て、マティアスの白い頬に唇を寄せた。
ふと顔を上げると火口付近に赤々の燃える物体がこちらを見ているような気がした。それはちょうど人ぐらいの大きさに見えた。
カイはその物体に泣きながら叫び怒鳴った。
「ヴィー! お、お前っ、しっかりしろよっ!」
しかしその赤く燃える物体はこちらを見ているようにも感じたが、何の反応もせずただゆらゆらと燃えているだけにも見えた。
「マティアスが! マティアスがっ……!」
マスク無しで叫んでいると、これまでの比ではない苦しさが襲ってきた。
「ガッ……ハッ……!」
強く咳き込むと大量の血が口からバタバタッと流れ出た。さらにゲホゲホと咳込み、苦しさから逃れようと空気を吸い込む。しかし肺に入るのは黒霧で汚染された気体。カイはマティアスの身体の横でのたうち回った。
「ヴッ……ガハッ……うぐっ……」
カイは確信した。このまま死ぬのだと。
肺を無数のかぎ針で掻きむしられているような激痛が延々と続く。身体が空気を求めて必死に呼吸をするも肺の激痛は増すばかりだ。
あまりの苦しさにカイは背負っている剣で自身の胸を突こうと考えた。しかしもはや身体を動かすことも出来ず、ただひたすらこの苦痛が早く終わることを祈るしか無かった。
しばらくしてスウッと痛みが和らぐ瞬間が訪れた。やっと終われる。安らぐ所へ、マティアスと共に行ける。そう思った。しかし気付くと再び元の激痛が襲ってきた。そしてまたその場でのたうち回り苦しみ藻掻いた。
時間の感覚も分からなくなっても、それは何度も繰り返された。
冷たい夜空の下。赤い炎の光だけに照らされ、カイは一人苦しみ続けていた。
慣れることがない激しい苦しみの中でカイは絶望した。それは自身が不死身であることだ。カイはこの苦痛が永遠に続く可能性に気付き恐怖した。しかしどうすることも出来ず、ただただ足掻き藻掻くしかなかった。
瀕死と回復を何度繰り返したかももう分からなくなってきた時だった。
視界が金色の眩い光でいっぱいになった。
それと同時に身体がふわりと軽くなるような感覚がした。
(ああ、やっと終われるのか……?)
ぼやける視界にマティアスの手が見えた。カイは僅かに残った力を絞り出しその冷たくなった手を握った。
遠のく意識の中で声が聴こえた。
「ねえ……ん! 見て、バ……ィアが……なに小さく……る!」
「クラ……ス! だれ……倒れ……!」
カイはその声を聞きつつ、別の何処かに自分が流されるていくような感覚を感じた。
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