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【 番外編 】
Homunculus [5]
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五月半ばのとある日。
ウィルバートは城内のサロンにて一人の男と対面していた。
「こちら、何案か出してみました。ぜひ奇譚のないご意見を頂きたく……」
ウィルバートは男の前に数枚のラフ画を差し出した。背中にじんわりと汗が浮かぶ。緊張するのも当然だった。
男の名はスクレダー。王城専属の仕立師で、年齢は恐らく五十代後半。白髪混じりの短髪を乱れることなく撫で付け、スッと伸びた背筋に自ら仕立てた控えめながら輪郭線の美しいコートを纏っている。
ウィルバートは記憶を取り戻し、この男のことも思い出した。
マティアスの幼少期、遊び相手だったウィルバートはマティアスに『ウィルに服を選んで欲しい』と要求され、素人ながらマティアスに合う服を選んでいた。その際口を挟ん出来たのがこの男だったのだ。
『その組み合わせでは格式を下げます』
『普通はしませんね。普通は』
格式だ、伝統だ、と茶々を入れられていた当時、ウィルバートはスクレダーが苦手だった。若さもあり『面倒な中年男だな』と思っていたのだ。立場上、反論こそしなかったが態度に漏れ出ていた可能性はある。
しかし隣国で仕立て屋として経験を積んだ今ならわかるのだ。格式や伝統を知らずに破るのと、知っていて破るのでは雲泥の差だ。だからこそ今、ウィルバートにはスクレダーの力が何より必要だった。
マティアスとの婚礼衣装を作るという重大任務の前では。
「拝見します」
スクレダーはウィルバートからラフ画を受け取ると静かに捲り始めた。ラフ画にはマティアスの衣装案が何点か描かれている。
ウィルバートとしてはまずは方向性を探り、その後細部を詰めたいと考えていた。しかしスクレダーはラフ画を二、三枚軽く見るとそれ以上は見ることなく、二人の間にある机のラフ画の束を置いた。
「ウィルバート様」
かつて城にいた頃は呼び捨てで呼ばれていたが、立場が国王の婚約者となり、皆ウィルバートを敬称付きで呼ぶ。それはスクレダーも例外では無い。しかし、顔を上げウィルバートを見るその瞳は実に鋭いものだった。
「はい」
何を言われるのか怖さを感じつつ返事をすると、スクレダーは深く溜め息をつきながら話し始めた。
「僭越ながら……ウィルバート様はこの結婚の意味をお分かりではないようですね。マティアス陛下のご決断と民たちの思いを貴方はどのようにお考えですか」
突然の、そして全く予想していなかった方向の質問にウィルバートは息を詰まらせた。
衣装ではなく、この結婚をどう考えるか。
それを考え、どうこう言う権利が自分にあるとは思えなかった。
死ぬ覚悟で戦いに臨もうとしているマティアスに求婚され、その場で承諾した。あの時はマティアスの為ならなんでもしたいと思った。その想いは今も変わらない。
マティアスの側にいられるなら愛妾で良いのだ。むしろその方が自然なくらいだ。しかしマティアスは真っ直ぐに正直で、大切に思う民たちに嘘をついて生きたくないのだと言う。だったらその想いに寄り添ってやるべきじゃないか。そう考えている。
(その考えは間違ってはいないはずだ)
戸惑うウィルバートにスクレダーはさらに冷たく言い放った。
「私は今このラフを拝見し、貴方が陛下の伴侶に相応しいとは思えなくなりました」
ウィルバートは絶句した。
国王が伴侶として選んだのは男だった。
城内でも市井でも戸惑い祝福しない者は当然いるだろう。しかしウィルバート本人にここまでストレートな言葉を投げて来た者はいない。
仮にウィルバートがマティアスに言いつければ、左遷や最悪不敬罪で処刑される可能性だってあり得る。スクレダーはそう思わないのだろうか。長年の勤めからマティアスがそう簡単に理不尽な裁きを与えたりはしないと踏んでいるのだろうか。
(いや違う気がする……)
「スクレダー様、私はどうすれば、どうすれば貴方に認めていただけるのでしょうか!」
ウィルバートは率直に質問した。
この男は『伝統と格式』を守る為に自分の命を賭けてでも言わねばと思い言っているのだ。ウィルバートはそんな気がした。
スクレダーは灰色の細い目をウィルバートに向けて冷静な声色で答えた。
「貴方はマティアス様に認められた方です。一介の仕立て屋になぞ認められる必要などありますか? 私はただ思ったままを申し上げただけです。どうぞ私の言葉などお気になさらず」
「ス、スクレダー様っ!」
そのまま席を立ちサロンを出ようとするスクレダーをウィルバートは慌てて呼び止めた。
「では、今日はこれで失礼いたします。ああ、こんな私の戯言ですが聞きたいと思われたのならまたお呼びください。まあ、少しご自身でお考えになりませんと、私から申し上げることは同じものになってしまいますがね」
スクレダーは振り返り一方的にそう述べると王族へする丁寧なお辞儀の後、サロンを出ていった。
ウィルバートは呆然とそれを見送った。
ウィルバートは城内のサロンにて一人の男と対面していた。
「こちら、何案か出してみました。ぜひ奇譚のないご意見を頂きたく……」
ウィルバートは男の前に数枚のラフ画を差し出した。背中にじんわりと汗が浮かぶ。緊張するのも当然だった。
男の名はスクレダー。王城専属の仕立師で、年齢は恐らく五十代後半。白髪混じりの短髪を乱れることなく撫で付け、スッと伸びた背筋に自ら仕立てた控えめながら輪郭線の美しいコートを纏っている。
ウィルバートは記憶を取り戻し、この男のことも思い出した。
マティアスの幼少期、遊び相手だったウィルバートはマティアスに『ウィルに服を選んで欲しい』と要求され、素人ながらマティアスに合う服を選んでいた。その際口を挟ん出来たのがこの男だったのだ。
『その組み合わせでは格式を下げます』
『普通はしませんね。普通は』
格式だ、伝統だ、と茶々を入れられていた当時、ウィルバートはスクレダーが苦手だった。若さもあり『面倒な中年男だな』と思っていたのだ。立場上、反論こそしなかったが態度に漏れ出ていた可能性はある。
しかし隣国で仕立て屋として経験を積んだ今ならわかるのだ。格式や伝統を知らずに破るのと、知っていて破るのでは雲泥の差だ。だからこそ今、ウィルバートにはスクレダーの力が何より必要だった。
マティアスとの婚礼衣装を作るという重大任務の前では。
「拝見します」
スクレダーはウィルバートからラフ画を受け取ると静かに捲り始めた。ラフ画にはマティアスの衣装案が何点か描かれている。
ウィルバートとしてはまずは方向性を探り、その後細部を詰めたいと考えていた。しかしスクレダーはラフ画を二、三枚軽く見るとそれ以上は見ることなく、二人の間にある机のラフ画の束を置いた。
「ウィルバート様」
かつて城にいた頃は呼び捨てで呼ばれていたが、立場が国王の婚約者となり、皆ウィルバートを敬称付きで呼ぶ。それはスクレダーも例外では無い。しかし、顔を上げウィルバートを見るその瞳は実に鋭いものだった。
「はい」
何を言われるのか怖さを感じつつ返事をすると、スクレダーは深く溜め息をつきながら話し始めた。
「僭越ながら……ウィルバート様はこの結婚の意味をお分かりではないようですね。マティアス陛下のご決断と民たちの思いを貴方はどのようにお考えですか」
突然の、そして全く予想していなかった方向の質問にウィルバートは息を詰まらせた。
衣装ではなく、この結婚をどう考えるか。
それを考え、どうこう言う権利が自分にあるとは思えなかった。
死ぬ覚悟で戦いに臨もうとしているマティアスに求婚され、その場で承諾した。あの時はマティアスの為ならなんでもしたいと思った。その想いは今も変わらない。
マティアスの側にいられるなら愛妾で良いのだ。むしろその方が自然なくらいだ。しかしマティアスは真っ直ぐに正直で、大切に思う民たちに嘘をついて生きたくないのだと言う。だったらその想いに寄り添ってやるべきじゃないか。そう考えている。
(その考えは間違ってはいないはずだ)
戸惑うウィルバートにスクレダーはさらに冷たく言い放った。
「私は今このラフを拝見し、貴方が陛下の伴侶に相応しいとは思えなくなりました」
ウィルバートは絶句した。
国王が伴侶として選んだのは男だった。
城内でも市井でも戸惑い祝福しない者は当然いるだろう。しかしウィルバート本人にここまでストレートな言葉を投げて来た者はいない。
仮にウィルバートがマティアスに言いつければ、左遷や最悪不敬罪で処刑される可能性だってあり得る。スクレダーはそう思わないのだろうか。長年の勤めからマティアスがそう簡単に理不尽な裁きを与えたりはしないと踏んでいるのだろうか。
(いや違う気がする……)
「スクレダー様、私はどうすれば、どうすれば貴方に認めていただけるのでしょうか!」
ウィルバートは率直に質問した。
この男は『伝統と格式』を守る為に自分の命を賭けてでも言わねばと思い言っているのだ。ウィルバートはそんな気がした。
スクレダーは灰色の細い目をウィルバートに向けて冷静な声色で答えた。
「貴方はマティアス様に認められた方です。一介の仕立て屋になぞ認められる必要などありますか? 私はただ思ったままを申し上げただけです。どうぞ私の言葉などお気になさらず」
「ス、スクレダー様っ!」
そのまま席を立ちサロンを出ようとするスクレダーをウィルバートは慌てて呼び止めた。
「では、今日はこれで失礼いたします。ああ、こんな私の戯言ですが聞きたいと思われたのならまたお呼びください。まあ、少しご自身でお考えになりませんと、私から申し上げることは同じものになってしまいますがね」
スクレダーは振り返り一方的にそう述べると王族へする丁寧なお辞儀の後、サロンを出ていった。
ウィルバートは呆然とそれを見送った。
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