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マルフィに起きた大異変

50話 アリシャという看護師の女性を発見

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 なぜ、この看護師を観た瞬間に

 ”俺の代わりにマルフィに行ってもらえる”

 と確信したのだろう?

 おそらく、その顔に理由がある。
 肩まで伸びウサギの丸みを彷彿ほうふつとさせる外側カールを描く黒髪。
 ハムスターのような柔らかい顔の輪郭。
 そして、目と目の間に広い感覚があり、それはのんびりした雰囲気を醸し出している.....
 まるで草食動物のような。

 そう、彼女はアースにいた頃の俺の顔立ちによく似ていたのだ。
 美人ではないが、マスコットのような可愛さがある。

 顔の色は茶色がかっているので、アースでは暑い土地が出身なのだろうか?

 この顔であれば、俺と同じ”争い嫌いで臆病な性質”といった課題点を持つのは間違いないだろう。
 俺の意図を伝えやすいのではないだろうか。

 早速、この看護師を解析してみる。
 脳裏に情報が浮かび上がってきた。

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 実体 ???
 グランディ顕現体 アリシャ

 穏和でマイペースな性格。のんびりした性格の持ち主で競争心に欠け、あらゆるチャンスや機会を人に譲る傾向がある。
 現在、課題点となるのは”目的のためならば和を乱してでも自己主張をしていく力強さを得ること”である。
 約20年前、アースよりグランディに入界した。アースにいた頃はインドで産まれ育った。アリシャはヨガの修行に一生涯を捧げ、ヒマラヤの奥地にも赴き修業を行ってきた。
 それらの修行のかいもあり、環境変化に動じない不動の精神を得たが、孤独な環境での修行が人生の大半だったので、周囲に合わせて立ち回る力は伸びないままだった。
 また、人に対する直接的な貢献量という意味ではまだ未達成な部分が多い。
 それがゆえに、グランディにおいては看護師として周囲の求めに応じた立ち回り・直接的な貢献を学ぶことになっている。
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 環境変化に動じない不動の精神........それって、俺が女神様から言われたのと同じ言葉だな。
 この女性も同じ性質を持っているのだろうか。

 あと、メルミアと同様に、実体???と記載されている。
 これってどういうことなのか、アガパンサに聴いてみるか。

 《あの看護師の女性を解析してみたのだけど、実体が???って記載されていて分からないんだ。メルミアも同様だったんだが、こういう事ってあるのか?》

 《え!?そうなんですね。???と記載されて分からない事項は、観た本人の未来に大きく関わる情報であるがゆえ、まだ閲覧できないようになっています。他の人間は???の部分を観ることができるのですが、その情報を本人に知らせることはできません。仮に、知らせようとしても、言葉が詰まって知らせることができないのです。創造主の法則による統制でしょう》

 《そうか。メルミアもアリシャも俺の未来に大きく関わる人間ってことか。まあ、実体が分からなくても別に問題ないけど.........さて、どうやってアリシャにアプローチしようかな》

 《この女性にムスカリ君とマルフィに行ってもらうのですか?》

 《おう!そのつもりだよ。この女性は俺と通じる部分が多い気がする》

 《分かりました。アプローチする場合はどこかで姿を現し、お願いする必要がありますね》

 《それじゃ、アリシャが仕事を終えるまで待つか》

 時間がかかりそうなので、母さんとムスカリ君はグランディ見物に出かけてもらった。
 アガパンサも二人と一緒に行っていいよと言ったが、ここに残りたいらしい。

 だから、俺とアガパンサはアリシャが仕事を終えるのを二人で待つことにした。
 アリシャがパソコンらしきものに向かって事務作業をしているのを二人で見つめる。


 《周さん........少し、個人的なことなのですが聴いても宜しいでしょうか?》
 アガパンサにしては、珍しくソワソワモジモジした様子である。トイレかな?ってそんなわけないか。

 《ん?なんだい?改まって.....》

 《アース生活で一番大変だったことってなんでしょうか?》

 《大変だったことかー。俺の場合、子供の時の人間関係かな。俺は鈍感でマイペースだから他の子たちのペースについていけないんだよな。それをきっかけにいじめられてたらしい.......
 まあ、鈍感すぎて、いじめられてた事に気が付いたのは大人になってからなんだけど(笑)》

 《いじめですか。周さんのようなお優しい方もいじめられてしまうなんて、やはりアースは厳しい世界ですね》

 《確かに、メルシアとかにはいじめなんて無さそうだよな。でも、アガパンサは今までアースを長く見守ってきたんだろ?どうしたんだ急に?》

 《もうじき私はアースに転生することになっています。だから、何となく気持ちがソワソワしていまして......》

 《ま...まじか!!?アガパンサがアースに転生.....そんなに賢いのにアースで学ぶ事なんてあるのか?》

 《周さんが評価して下さっているのは知識などに関してだと思います。私には人間を経験した事が無いゆえ、人情とも言える要素が少ないと自覚しています。そのために、アースへの転生機会を頂くことになりました》

 《そうなのか.......アガパンサぐらい高次の存在が人間として転生するってことあるのか?》

 《うふふ、高いご評価を頂いて光栄です。それほど多い事例ではないのですが、場合によってはこのような事も起こります。実際、周さんも高次の存在ですがアースに転生されておられましたから》
 口元に手を当てて上品かつ、いたずらっぽく笑う。なんて色気だ。アースに居た頃の俺だったら肉欲に負け押し倒していたかもしれない。

 《あんまり自覚は無いけどな。アースに転生するにあたって不安があったりするのか?》

 《そうですね。不安は大いにあります。もし、生き方が悪ければ元の世界に帰ってくる事はできないでしょう。ただ、その場合、アースの自我にアガパンサであった頃の記憶も埋没してしまうので、元居た世界の事など思い出せないのですが》
 そうなった時の事を想像したのか、切なそうな顔で俯く。

 《そうなのか。確かに、今まで解析してきた人達の様子を観ていると、そういう状態になってることもあるみたいだな。でも........きっとアガパンサだったら大丈夫だよ。万が一、アガパンサが元の自分を思い出せなくなっても、思い出せるよう俺が導いてやる!》
 俺はアガパンサの手を取り、力強く語り掛ける。

 《周さん、本当にありがとうございます。とても嬉しいです!》

 アガパンサはにっこりと笑い.......

 え?うそ??俺に抱き着いてきた!!?
 冷涼感のある甘い匂いが鼻を掠める。

 う.......やばい。


 《あ.......えっと....そういえば、アガパンサって龍だけど、どうして人間の形態を取ってるんだ?》
 龍である事を再認識しないと理性が飛びそうだったので、そのまま口に出してしまった。
 失礼だったかな。

 《ふふ......龍の姿だと、色々、不都合もありまして。ほら、このような場だと龍の巨大な身体ですと、行動を共にするのに不都合がありますでしょう?あと、人間の気持ちを知りたいという気持ちもあって.....人間の姿を取ることにしています》
 アガパンサはさほど気にしていない様子だ。
 良かった。いや、だって、こんな色っぽい女性に抱き着かれたら........ねえ。

 それにしても、人間の気持ちを知りたいからという意味もあったとは。

 狂暴だった時には想像もできないぐらい健気な所があるんだな。いや、健気だからこそこじらせたら狂暴になったりするのか?

 俺がそんなくだらない事を考えていると.........

 《どうやら、彼女の仕事が終わったようですよ》

 アリシャが、イルヴェスという医者に”お先に失礼します”という言葉をかけている。
 イルヴェスは真っ白い歯を見せ、”お疲れ様!!”と爽やかに言い放っている。

 その後、アリシャは部屋を退室し、ロビーに座る患者さんに声をかけつつ、病院の玄関から出ていく。
 看護師の服のままだがいいのだろうか。


 グランディ見物に行った二人が帰ってきていないが、仕方がない。
 俺とアガパンサで後を追って、話しかけるチャンスを探そう。
 
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