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マルフィに起きた大異変

63話 土竜に懇願される

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 目の前の岩だらけの空洞を、縦横無尽に跳びながら進む。

 着地したり、空中で一回転する度に、背中から「ぶわ!」「ちょっ!?」「ぐにゅう」だの呻き声が聞こえるが、あたしは気にせずに進む。
 
 姿が変わってからやけに体が軽い。

 背中にムスカリ君をおぶっているというのに、体重を感じない。

 実は強化魔法も使っていない。
 なのに、前以上の身体の軽さを感じる。

 ただ.......動きの感覚が変わったというよりは

 ”行動の方式が根本から変わった”という感じがする。

 違いを説明するなら、人形が自身で体を動かすか、人から操作されるかの違いだろう。

 例えば、ジャンプする場合、足を屈めて地を蹴った勢いで宙へ跳ぶ。

 しかし、今の感じだと、足を屈める動作はするものの、他の何かがあたしの身体を支えて跳んでいるような感じがする。

 まるであたしの本体は空気中に溶け込んだ何かであり、それが身体を操作しているような.....
 奇妙な感覚である。

 人形が自身で動くのと、人形を掴んだ人間が操作するのとでは、安定度合いが根本的に違う。
 誰かに支えられているように、あたしはどんな小さい足場でも安定して着地することができた。

 
 そうやって進んでいくと.....

 目の前には底の見えない穴があった。
 

 何を思ってか自身でも分からないが、目の前の深い穴に躊躇せず頭から飛び込んだ。

 落下と共に、尖った岩やでこぼこが急激に視界に迫ってくる。
 が.......体を反転させつつ、それらを足で蹴り、些細な方向修正をしながら落下を楽しむ。

 ストォオオオン!
 穴の底へと着地したあたしの足の音が響く。

 「着地が、ピタリと、決まりましたー!!」

 着地の際の常套句を恥ずかし気もなく大声で言う。


 背中のムスカリ君をみると、目を瞑って震えていた。
 怖かったのだろう。

 それを見て、あたしは少し反省した。
 
 どうも姿が変わってから、イケイケな性格に染まっているような。
 ただ、それが新しく出来た性格かというと....たぶん違う。

 以前のあたしも潜在的にはイケイケだったのだが、それが表面に現れ、メインの性格になっただけな気がする。

 自身の変化について考えていると、

 ”ナルバとの闘いの末、必要な経験を得たことで精神の進歩がおとずれた”

 という心の声が聴こえた。
 ただ、これは周さんによるものかは分からない。

 どうも.....姿が変わってから別の何かがあたしの心の内側に産まれた気がする。
 その何かによる考えなのかも。

 
 あたしは目を瞑って震えるムスカリ君を下ろし、しゃがみこんで視線を合わせる。
 
 「怖がらせてごめんね。お姉さん、これからもっと優しくしてあげるから」
 
 ムスカリ君の頬にキスをして、グリグリと撫でた。
 そうする事で過去の自分を少し取り戻せた気がする。
 (ただ、過去のあたしはこんな気軽にキスをする性格では無かった)

 ムスカリ君は何も言わずぎゅっと抱き着いてきた。
 もう何なの...この子可愛いわ!


 ムスカリ君を再び背負ったその時である。

 壁の向こうから何かが接近してくる感じがした。なにやら、体内に異物が入ってくるような不快感を感じることで接近に気が付いた。

 振動が近づいてくる....!?
 あたしは数秒後に壁から飛び出してくるであろう何かに備え、左側に大きく飛び退いた。

 振動がこの場を揺るがす中、数秒が経つと.....

 ドッパァアアン!!

 という音が響き、壁で爆発が起きたように元居た場所を土砂が飲み込んだ。

 何か巨大な生物がもごもご動いている。
 そして、こちらに顔を向けた。


 モグラである。

 いや、土竜モグラという漢字で現した方が正確な表現だろう。
 文字通り、顔は竜であり、ずんぐりむっくりな体形はモグラだ。
 ふわふわした毛に覆われ、鱗は存在しないように見える。

 「ピシャァアアアーーーー!!!」

 敵意があるのかを確認するまでも無く、こちらに向けて甲高い声で吠えてきた。

 以前のあたしだったら恐怖で固まる場面だろうけど、今のあたしは冷静である。
 それどころか、湧きあがる高揚感にどうしようもなかった。

 あたしは口元に笑みを浮かべ........ナイフを構える。

 え........ナイフ!!?
 いつから持ってた!?

 あたしの手にナイフが握られている。刃渡り20センチぐらいの、いかにも、生物を殺す事を目的としたようなデザインである。 
 これにも深紅色と黒く輝く線が入っている。

 気持ち悪い虫が手についていたのを驚くように、ナイフを手放した。
 床に落ちたナイフがキィイインと音を立てる。

 やめてよ!
 何で生き物を殺さなくちゃいけないの??

 逃げればいいじゃない。

 あたしが土竜に背を向け、逃げようとした瞬間.....

 土竜の眼が光りを発した。
 光にも関わらず、それは、私の身体にバシっと何かが当たったような感じがした。

 構わず逃げようとしたが.......ウソ!?
 ぐっ!?ううう......動けない!?
 なんで?

 これは、魔法?
 もしかして、眼が光ったと思ったのは、光る魔法陣が土竜の眼球内に出現していたから?

 捕食するためなのか、土竜はのそのそとこちらに近づいてくる。

 ひぃいいいい!!
 あたしは眼に涙を溜めながら、半狂乱になり、もがこうとしたが、もがく事すらもできない。

 すると、心の内側から声が聴こえた。
 ただ...重く淀んだ何かが心に接触している感じ。

 《殺して.......お願い.....殺して.....》

 え??何、この声。

 《この地獄から解放して....お願い》

 周さんの声じゃないだろうし.....

 もしかして、目の前の土竜の声なの?
 なぜか分からないが、そんな気がしたのだ。

 話し方からして女性なのかな。

 《あなたは誰?》

 《私は.......誰なのか分からない》

 心の声に集中した事で冷静になったからか、体が動くようになった。
 その直後、土竜は屈みこみ......体当たりの予備動作が見えた。

 身体のバネを溜め...弾かれたように飛び込んでくる土竜。

 あたしの身体よりも大きい竜の顔が口を開け、目前に迫ってくる!!
 口の中は、サメのような何層にもある牙が見える。


 ギャーーーーー!!!

 あたしは時間停滞オラアダージオを発動した。

 飛び込んできた超大型トラック並みの土竜が音も無く静止する。
 実際は、ダンゴ虫ほどの速さでこちらに向かっているが。

 ん!?この時間魔法を何気なく時間停滞《オラアダージオ》って認識してるけど、そんな名前、名付けた覚えはない。周さんが名付けたのかしら。
 魔法に名前をつける趣味はないのだけど.....

 それにしても、今回は魔法陣が出なかった。
 姿が変わった事と関係があるのかな。

 あたしは土竜の攻撃線上から回避し、土竜の後方、ある程度離れた大岩の後ろに隠れた。
 
 本当はこのまま逃げようと思ったのだが、心の内側の何かが引き留めるのだ。
 土龍への攻撃手段を考えることで時間停滞《オラアダージオ》を解いた。

 その直後、土竜の噛みつきによるガチィイイン!!と口を閉じた音がした後、飛び込んだ勢いを止めるためのズドォオォオオという轟音が鳴り響いた。

 《ねえ、聴こえる?攻撃するのはやめて!!さっきの声はあたしを油断させるためなの?》

 姿を隠したまま会話できるか、土竜に気づかれるのを承知で試してみた。

 《私は、この身体を動かせない.....ああ、速く...!!殺して....じゃないと...私は消えてしまう》

 土竜はあたしの居場所にまだ気が付いていないようだ。

 引き続き会話をする。
 この土竜を無視したら後で絶対後悔する気がしたのだ。
 
 《消えてしまうって、どういうことなの?》

 《私も、よく分からない......何も分からない...あぁあぁぁあ》

 このままじゃ埒があかないと感じた瞬間.....

 心の内側から明るく軽い何かを感じた。
 この感じは、周さんである。

 ”この女性の願いを聞き届けた方がいい。この女性は魔物に転生した人間であり、土竜の肉体を失う事で自我を取り戻し、もっと良い場所に行くことができる”

 という思いが湧いてきた。
 
 こうやって心同士で会話できる事から分かってはいたが、やっぱり人間なのね.....
 ナルバみたいに人間の顔をしてるわけじゃないけど。

 正直.....生き物を殺すのは嫌だ。

 だけど、彼女の言葉からすると、まるで土竜の肉体に宿る事で自我を失いかけているような.....もし本当にそうだとしたら、彼女の願いを拒否するのは、彼女を見殺しにしてしまうのと同じかも.....

 うぅうううう........

 あたしは両手をグっと握り....決意をする。
 この女性は、なんで...こんなことになってしまったんだろう。
 それを知るためにも、やらなければいけない。

 あたしは土竜を殺す覚悟を決めた。


 大岩の陰から土竜の様子を観察しようと覗き込む。

 そこには土竜が足を踏ん張った事でできた地面の破壊跡だけが残されていた。
 土竜は忽然と姿を消している。

 あれ!!?居ない。
 ど、どうして......?

 混乱していると、小石が幾つか落ちてきて私の肩に当たった。
 ま、まさか......

 あたしは空洞の天井を見上げる。
 全身の毛が逆立つ思いがした。

 天井に張り付いた土竜が首を伸ばし、逆さまの状態のまま私を見つめている。

 その瞬間........土竜は天井を蹴り、私に向かって噛みついてきた。
 咄嗟に回避するが、右腕が何かにひっかかる!!

 いや、引っかかったのではない。
 土竜が私の右腕をくわえている。

 やだやだやだやだ!やめてぇー!!!
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