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女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~
第二章:共同戦線 4
しおりを挟む「邪怪は専門外だってのに、何で相手にすることが多いかなぁ……」
いくら念導者といえども浄怪道具がなければ倒せない。出来るのは“りばやし”到着までの時間を稼ぐことだけだ。しかもこいつは人を食べてエネルギー満タンの状態で、きっと強い。
無傷で生き残るのはちょっと厳しいか?
「っと、危ねぇっ!?」
ひゅん、と風を切って魚の骨が飛んできた。焼き魚を食べた後に残るアレだ。だがその鋭さは段違い、というか大きさも全然違う。鉄パイプみたいな太さの小骨が飛んできて、コンクリートの壁に突き刺さっている。
「やるじゃねーか――うおぉっ!?」
小骨攻撃に気を付けようと思っていたら、今度は猛ダッシュで近づいてきた。さすがゴキブリを内包しているだけあって、移動速度は今まで会った邪怪の中で一番速い。こんなスピードで体当たりされたらバスもひしゃげますわ。
紙一重で躱して、オレは黒烏の刃を威嚇代わりに邪怪へと向ける。だが邪怪は気にしていないのか、ただ触角をひょこひょこと動かしているだけ。そのゴキブリそのものな動きが生理的嫌悪感を催させる。
邪怪は細い六本の足を器用に動かして方向転換、再びオレへと向き直る。
確かゴキブリはその性質上、前進しか出来ないはず。だからこうして突撃直後に方向転換をしている。つまり豪速の突進攻撃は正面での対決の時に来るということ。
「それならっ……!」
邪怪の視界から外れるよう、オレは素早く背後へと回り込む。
そう、常に正面以外の場所にいれば必殺技を食らうことは避けられるのだ。時間稼ぎをするにはもってこいの戦法だ……少々格好悪いが。
当然邪怪もそれに応戦してしゃかしゃかと方向転換をするが、オレはそれより速く次の地点――邪怪の死角へと回り込んでいく。
ぐちゃり。
何か、踏んだ。
靴越しでも分かる、不快な感触。
まさかと思い足元へと視線を移すとそこには生ゴミの塊。恐らく邪怪が落とした体の一部だろう。
「うげっ……」
その一瞬の気の緩みを狙われた。
高速回転しながら骨が飛んでくる。今度は鶏肉料理、フライドチキンだった物と思われる太い骨。
「がはっ!?」
胸部に直撃、棍棒で殴られたような衝撃が全身を駆け抜けていく。
幸い仕事服越しだったため外傷はなくて済んだが、体の内側ではズキズキとダメージが疼いている。
「くそ、なかなかヘヴィだぞ……」
スピーディーな突撃が持ち味なくせに遠距離攻撃も持ち合わせている、厄介な邪怪だ。しかも捕食器官も殺意高めな形をしている。少しでも口の中に入ってしまえば一撃でミンチにされてしまうだろう。
隙がない。
昨日の邪怪が可愛く見えるレベルだ。
「駆郎にぃ、大丈夫!?」
そこに怪我人の避難を終えたななが戻ってくる。
「今のところは、な。それよりちゃんと“りばやし”に通報したか?」
「したけど、遅れるかもって言ってた」
「マジかー……」
頼む、はよ来てくれ。
こいつの相手は骨が折れそうなんだ、物理的にも。
「うわ、こっち来たっ!」
邪怪が動き出す。猛スピードで突進、オレは衝突寸前のところで避けきる。邪怪は速さそのままに民家へ突撃して、玄関を破壊しながらダイナミック家庭訪問。もう住民は避難していて人的被害はないが、一般人なら突進一撃で即死だろう。
ゴキブリの素早さがこの大きさになると脅威であることがよく分かる状況だ。
「また来るよ!」
瓦礫の中からもごもごと邪怪が身を震わせながら、這い出てくる。一対の触覚を自在に動かして、周囲の様子を探りながらゆったりと。
オレはその隙に念導札を複数握り、カウンターをかます準備をする。
「いつでも来やがれ」
また突進してくるなら撃罰でその気色悪いゴキブリ頭を吹き飛ばしてやろう、そう思っていたのが読まれたのか――
「ぐえっ」
――林檎の芯が飛んできた。しかも頭に直撃。
「駆郎にぃ、今のはかなり痛かったよね」
「……うん」
よりによってガードの薄いところに当てやがって。視界がぐらぐら揺れて気持ち悪い。軽口が思いつかないくらい気持ち悪い。
「危ないっ!」
ななの叫びではっとすると、邪怪が再び突撃してきていた。生ゴミショットで怯んだところへの追撃だ。
しかし、その邪怪の進行方向が急に変わり、オレの真横の壁に激突していた。なながポルターガイストで攻撃対象をねじ曲げたのだ。
「ナイスだぜ」
「当然でしょ!」
頭が壁にめり込んでいて抜け出せない邪怪の体に、オレは撃罰をべたべたと大量に貼り付ける。
一つ爆発すると連鎖的に他の撃罰も爆発。まるで花火のように次々と爆音が響き渡っていく。それと同時に邪怪の肉体も細切れになってアスファルトの上に撒き散らせていく。
「……臭~い」
「生ゴミとゴキブリの邪怪だからな」
これが悪霊相手なら光になってくれるのだが、邪怪なので飛び散った肉片は消えず悪臭を放つだけ……ならまだしも、徐々に本体へと戻っていき再生を始めている。要するに汚物のシャワーを振り撒いただけなのだ。
「ゴミはちゃんとゴミ袋に入れておかないといけないのに~」
「あいつの袋っつーかてるてる坊主、破れてるから」
「じゃあ駆郎にぃが入れてよ」
「嫌だよ、なながやってくれ――そうか、再生を封じれば時間が稼げるじゃねーか」
ぴこん、という効果音と共に豆電球が頭上で点灯したような気がした。
オレは聖結の札を使い、這いずる肉片を閉じ込める。四方八方光の壁に阻まれた肉片は行き場を失い、ぐるぐる堂々巡りし始める。
やはり有効だ。
「ななの助言のおかげだねっ」
「……そういうことにしておいてやるよ」
「上から目線過ぎるなー」
名案が出たところまでは、まあまあ良かった。ただ、問題は聖結の札をそんなに持っていないということだ。
ただでさえ作るのが大変なタイプなので仕方ないのだが、飛び散った肉片一つ一つに使う訳にはいかない。この後にも対霊の仕事があるんだし。
「あ、抜け出したよ」
「あんまり削れなかったな」
結局、邪怪の行動を阻害する程再生を封じることは出来ず、果たして邪怪は戦線復帰するのだった。
オレはすかさず邪怪の死角へと移動、突進攻撃をされないよう常に動き続ける。それに対応して邪怪も遠距離攻撃を多用、野菜の切れ端や腐ってぐずぐずになった物体を発射してくる。
「おら、よっと!」
飛来する魚の小骨を、黒烏を用いてフルスイングで打ち返す。小骨は鮫頭の部分に刺さるが、邪怪は意に介さないで小骨の連射を続ける。おかげでオレの足元には針山が築かれていき、次への一歩が地獄の観光地状態になってしまう。
動きが止まったオレへと、また邪怪が突っ込んでくる。しかしそれはななのポルターガイストによって曲げられて不発、だがそうなることを分かっていたのかスピードを緩めていた邪怪はすぐにオレへと向き直る。
「人を食べて知能を得た……って感じか?」
悪霊レベルではないが、理にかなった戦法をその巨体でされると困る。ましてやオレは対霊処の念導者だ。邪怪対策が不十分だというのに手加減無用過ぎて勘弁してほしい。
「泣き言言っても食べられちゃうだけでしょー」
「そりゃそうだけどさ、二日続けて相手するのは嫌になるよ」
もし逆に対邪処の人が霊を相手にすると、同じように困るのだろうか。
なんてことを考えているところへ生ゴミの嵐が襲来。包装用のラップや排水溝のぬめりが体に纏わり付いてきた。
「きゃーっ……あ、平気だ」
「ずるいぞ、なな!」
「だって霊だもーん」
ななは体を非接触状態になることで生ゴミ祭りの中でも平然としている……否、臭いだけはキツイらしい。「おえぇっ」と、何度もえずいている。もっとも、直接汚物を浴びているオレよりかは幾分かマシだが。
「うわっと、やべぇ。これ滑るっ!?」
体中のぬめりのせいで思うように体を動かすことが出来ない。少し力を入れただけで派手に転んでしまいそうだ。それこそコントのように。
生まれたての子鹿みたいにぷるぷるしながら立っていたら、やはり邪怪が突っ込んでくる。
「なな、頼む!」
「いいよ!えいっ!」
ななのポルターガイストで邪怪の突撃は曲がった――が、邪怪自身もぬめりのおかげでドリフトしてそのボディアタックがオレに直撃。更に足元のぬめりによってカーリングよろしくついーっと体が道路の上を滑っていく。
「うわああああああああっ!?」
戦場がどんどん遠ざかっていく。邪怪の姿も小さくなっていく……かと思われたが、邪怪も一緒にカーリングして迫ってくる。
何が悲しくてゴキブリ鮫野郎とぬめぬめデートをしなくてはいけないのか。
しかも行く先はT字路。このままではオレは壁と邪怪の間に挟まれてぺしゃんこだ。
「待てぇーっ!」
ななが急いで飛んで来ようとしているが、ぬめぬめのスピードの前では敵わない。
どうする!?
あいつに対抗する術はないのか!?
残された手は――あるにはある。でも無事では済まないだろうし、決定打にはならない。
だが、やるしかない。
邪怪がオレにぶつかるその瞬間に、黒烏を突き刺すのだ。
衝撃は吸収できないから肩は確実にイかれるし、黒烏が貫通したら結局押し潰されることに変わりはない。
でも、一矢報いることは出来るし大ダメージを与えられれば時間稼ぎになる。
最悪重傷で済めばいい。ゆっくり静養すれば完治するだろうし。
致命傷にならなければ、の話だが。
「ああ、くそ。うまくいってくれよ」
一撃を食らわすその一瞬に全てを賭けて、オレは黒烏の切っ先を邪怪へと向ける。
どかっ、と背中に衝撃が走る。
T字路の壁にぶつかったのだ。割と痛いが、それよりヤバイのが今からやって来る。
邪怪との距離はあと――
ばごんっ!
――眼前まで迫っていた邪怪は、直角にすっ飛んでいった。
「……あ」
左からやってきた車に撥ね飛ばされたようで、邪怪は大量の生ゴミを撒き散らして道路に横たわっていた。あれがもし人間だったら内臓はみ出し状態、といったところか。
「駆郎にぃ、生きてる!?……って、臭」
「邪怪のぬめりのせいだから。断じてオレの臭いじゃねーからな」
ななはオレの何を心配しているんだか。
ってそれより、今邪怪を撥ねた車は――
「いや~、遅れてごめんごめん」
――“りばやし”の車両だ。
車内から茶々がにひひっ、と笑いながら降りてきた。
昨日と同じく人を小馬鹿にした、場違いなノリ。しかしそんな茶々の体はボロボロで、切り傷や打撲まみれだった。
「傷だらけじゃねーか、お前」
「まーね、さっきまで別の邪怪と戦っていたし」
「連戦かよ」
つまり、ろくに体を休めずに駆けつけたということ。対邪処の念導者は戦闘一本に特化した訓練をしているせいで回復面は薬頼みで、それの効果が最大限出るまでには大体一日かかる。要するに対邪において連戦は基本御法度、というかそんなにホイホイ邪怪は出ない。
「さっさとあの邪怪を倒すぞ」
「は?別に駆郎の助けなんていらないんですけど」
「そんな状態でよく言えるな」
対邪処としてのプライドなのか、オレの申し出を断ろうとする。
だが、どれだけ断ろうとも勝手に戦わせてもらうがな。
「……邪魔にだけはならないでよ」
「了解だ」
茶々も自分の消耗具合とプライドを天秤にかけて考えたようで、渋々了承してくれた。
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