女児霊といっしょに。シリーズ

黒糖はるる

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女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~

幕間:“儀式”

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 夜明け前の海はどす黒く、否応いやおうなく恐怖を放っている。
 これからすることを加味しても、やはり海は恐ろしい。私達に富をもたらす一方で、災害も運んでくる自然という名の脅威。
 そこに何らかの意志があってもおかしくはない。

「ふふ……私が子供の頃より考えていた通りだ……」

 海には私達の想像をはるかに超えた存在が眠っている。
 それはずっと昔から夢想してきた、私だけの御伽話おとぎばなしではなかった。どうやらその何かは実在し、呼び寄せることが出来るのだと知ることが出来た。


 以前この地を訪れた、見知らぬよそ者。彼は全国津々浦々つつうらうらを旅していること以外語らず、宿屋に泊まっていた。
 その身なりこそ汚らしく乞食こじきのようであったが、それに反して銭は多く、宿だけではなく茶屋や遊び場などで湯水の如く使っていた。
 全くもって、不可思議なよそ者だった。人の往来が多いこの地でも、あそこまで異様な者はいなかった。まるで自分の存在を住民に刻みつけるかのように、人々の視線を集めていた。
 だが、何故かその者の顔は誰も思い出せなかった。この私も、その一人だ。

 ある日、そのよそ者が私の元を訪れて「良い話がある」と持ちかけてきた。それは新たな商売や金貸しなどではなかった。
 彼の良い話とは「神に等しき力を手に入れる方法」だそうだ。
 最初は眉唾まゆつば物で、疑い九割で聞いていた。しかし彼の話す神と呼べる存在はまさしく私の思い描く海の脅威であった。
 どうしてそのようなことを教えてくれるのかと問うと、彼は私に「似たものを感じたからこそ話した」と言うのだ。
 彼曰く「海を司る意志への畏怖は、選ばれし者が持つ資質」だそうだ。つまり、私も彼もその選ばれし者なのだ、と。

 私は彼の好意により教えてもらったその方法、“儀式”を行う決意をした。


 その“儀式”を執り行うのが今日なのだ。
 彼はいつの間にか村を去ってしまったが、もしこの“儀式”で神に等しい力を手に入れたらそれを行使して礼をしてあげたい。
 取らぬたぬき皮算用かわざんようと言われたらそれまでだが、私は今後のことを考えるだけでわくわくする気持ちを抑えられなかった。

 “儀式”。
 それは海の中で眠る神を呼び寄せる神聖な行為。
 だが、その神は村に古来より伝わる八百万神やおよろずのかみでもなく異国より伝わった悟りを開く類いのものでもない。それらとは全く違う、自然そのものを司る神だ。故にその神の呼び寄せ方も独自、全てが初耳だった。

 砂浜の上に、彼が教えてくれた通りの文様を刻んでいく。
 奇妙な文字のようにも見えるそれが何を意味するのかは分からない。彼も詳しいことは知らないようだった。
 だが、文様からは不思議な熱のようなものを感じ取れた。それそのものが力を持つような不思議な感覚だった。

「……ふぅ。これで完成か」

 広い範囲に文様を描いたため、全身から汗が噴き出してきた。
 既に疲れてきてしまったが、まだ“儀式”の準備は終わっていない。

「次は……供物を並べないとな」

 神を呼び出すには供物が必要。
 その供物というのは――人間のことだ。
 文様の周囲に決められた数の人間を並べることで、それが神へ捧げる供物だと示さなければならない。
 ただし、供物は意味がない。

「集めるのが大変だったわい……」

 村の中で行方不明になっても騒がれない人間の中で条件に合う人物、それらを生きたまま捕獲するのは至難の業だった。自分の配下の者達に多額の口止め料を渡してどうにか用意出来たが、それでも長い月日がかかってしまった。

「……重い……あぁ、重い」

 供物達は全員薬漬やくづけで眠らせているため、引きずって文様の周囲に寝転がすしかない。それだけでも老体には重労働だ。配下の者達を使おうかと思ったが、連中にも力が渡っては意味がないので一人でやるしかない。


「……ぜぇ……ぜぇ…………」

 息を切らせて、その場に倒れ込む。
 これでやっと下準備が終わった。早く次の工程に移りたかったが、息を整えないと体が動きそうになかった。


「…………よし、そろそろやれそうじゃな」

 荒い息が収まってきた。これなら最後の呪文を唱えられそうだ。
 私は文様の中心部へと、刻んだ文様を消さないように歩み寄った。

 呪文。

 それは文字で表現出来ない言語であった。異国の言葉でも当て字を使えば多少は理解出来るだろうが、その呪文はもはや気狂いの妄言もうげんを濃縮したかのような、聞く者の精神を汚染するような“音”であった。
 そんな呪文という名の“音”を、私は喉の奥より発する。

「~…☓☓***……☓☓☓~~」

 自分の声なのに、他人の声だと錯覚する程。否、人とは思えないその呻りは発している自身ですら、狂わせそうな“音”だった。

「~…☓☓***……☓☓☓~~」

 ああ、おかしくなりそうだ。
 吐き気と目眩めまいが同時に襲いかかってくる。

「~…☓☓***……☓☓☓~~」

 もう、限界だ。
 諦めかけた、その時だった。

―ヨン…ダ…ノハ、オ…マエ、カ―

 頭の中で直接響く、頭蓋をしびれさせるような声。
 違う、声なんて軽々しいものではない。声ではないのに、何を伝えたいのか私には理解出来る。
 これが“儀式”を遂行した者にのみ聞くことが出来る神の“言葉”なのだろうか。

「そうです!私があなた様を呼びました!ご覧下さい、文様も供物も完璧でございます!」
―ソ…ノヨ…ウ、ダナ―

 ぼきょり。
 ぐちゃり。
 ごりごり。
 肉と骨が引き裂け砕ける音がして、供物達の体が一斉にねじ曲がったり食いちぎられるようにもげたりしていった。
 誰も供物には触れていない。
 これが神の力なのか。

「はは……、供物の方はお気に召しましたでしょうか?」
―アア。デ…ハ、ワ…レノ…イチブ…ヲ、ウケト、レ……―

 これで遂に、私は神に等しい力を手に入れることが出来るのだ!
 長かった、ここまで辿り着くまでに時間も金もかかった。だが、それもこの瞬間に全てが報われる!

 ――ザザザザザッ……

 大きな波音を立てて、海の中から巨大な頭のような物体が出てきた。
 その頭は二つの大きな目を持っていて、体中に海の恵みを貼り付けた化け物そのもの。頭より下はまだ海の下、一体どれだけ大きいのか皆目見当が付かない。

「え……?これが、力?」

 神は「我の一部を受け取れ」と言っていた。
 まさか、この化け物がその一部というのだろうか。
 じゃあ神に等しい力というのは、神の一部であるコレのことなのか!?

「お、お待ち下さい!神よ、これを私に手懐けろと申すのですか!?」

 そんなこと、絶対無理だ。
 こんな化け物を私一人でどうにか出来るはずがない。
 それなのに、もう神の“言葉”はもう聞こえない。
 “儀式”はもう終わっていた。

「あ、あぁ……」

 化け物が迫ってくる。
 私は腰が抜けて、滑稽こっけいにばたつきながら逃げることしか出来ない。

「ひぎゃっ!?」

 だが逃げられるはずはなく、私の体は簡単に化け物の触手――その先に付いた口で噛みつかれてしまう。
 そのまま、ゆっくりと触手の中へとずるずると飲み込まれていく……。

「嫌だ、嫌だ……誰か助け……」

 せばまっていく視界の中。
 “儀式”を教えてくれた、彼がいた。
 どこかへ旅立っていったはずの彼が、何故この場にいるんだ。

「おいっ!助けてくれ!あんたが教えてくれたんだろ、なぁ!?」

 だが、彼は救いの手を差し伸べてはくれない。
 何故だ、今にも飲み込まれそうな人がいるというのに彼は微動だにしない。

「ふざけるなっ!私がどれだけの思いで……早く助けろ!」

 彼はただ、私の方を見て静かに笑っていた。

「何なんだ……あんた、一体……何がした……かったん……だ……」

 視界が真っ暗になる、その最期の瞬間まで。

 彼は、
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