138 / 149
女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~
幕間:“儀式”
しおりを挟む夜明け前の海はどす黒く、否応なく恐怖を放っている。
これからすることを加味しても、やはり海は恐ろしい。私達に富をもたらす一方で、災害も運んでくる自然という名の脅威。
そこに何らかの意志があってもおかしくはない。
「ふふ……私が子供の頃より考えていた通りだ……」
海には私達の想像を遙かに超えた存在が眠っている。
それはずっと昔から夢想してきた、私だけの御伽話ではなかった。どうやらその何かは実在し、呼び寄せることが出来るのだと知ることが出来た。
以前この地を訪れた、見知らぬよそ者。彼は全国津々浦々を旅していること以外語らず、宿屋に泊まっていた。
その身なりこそ汚らしく乞食のようであったが、それに反して銭は多く、宿だけではなく茶屋や遊び場などで湯水の如く使っていた。
全くもって、不可思議なよそ者だった。人の往来が多いこの地でも、あそこまで異様な者はいなかった。まるで自分の存在を住民に刻みつけるかのように、人々の視線を集めていた。
だが、何故かその者の顔は誰も思い出せなかった。この私も、その一人だ。
ある日、そのよそ者が私の元を訪れて「良い話がある」と持ちかけてきた。それは新たな商売や金貸しなどではなかった。
彼の良い話とは「神に等しき力を手に入れる方法」だそうだ。
最初は眉唾物で、疑い九割で聞いていた。しかし彼の話す神と呼べる存在はまさしく私の思い描く海の脅威であった。
どうしてそのようなことを教えてくれるのかと問うと、彼は私に「似たものを感じたからこそ話した」と言うのだ。
彼曰く「海を司る意志への畏怖は、選ばれし者が持つ資質」だそうだ。つまり、私も彼もその選ばれし者なのだ、と。
私は彼の好意により教えてもらったその方法、“儀式”を行う決意をした。
その“儀式”を執り行うのが今日なのだ。
彼はいつの間にか村を去ってしまったが、もしこの“儀式”で神に等しい力を手に入れたらそれを行使して礼をしてあげたい。
取らぬ狸の皮算用と言われたらそれまでだが、私は今後のことを考えるだけでわくわくする気持ちを抑えられなかった。
“儀式”。
それは海の中で眠る神を呼び寄せる神聖な行為。
だが、その神は村に古来より伝わる八百万神でもなく異国より伝わった悟りを開く類いのものでもない。それらとは全く違う、自然そのものを司る神だ。故にその神の呼び寄せ方も独自、全てが初耳だった。
砂浜の上に、彼が教えてくれた通りの文様を刻んでいく。
奇妙な文字のようにも見えるそれが何を意味するのかは分からない。彼も詳しいことは知らないようだった。
だが、文様からは不思議な熱のようなものを感じ取れた。それそのものが力を持つような不思議な感覚だった。
「……ふぅ。これで完成か」
広い範囲に文様を描いたため、全身から汗が噴き出してきた。
既に疲れてきてしまったが、まだ“儀式”の準備は終わっていない。
「次は……供物を並べないとな」
神を呼び出すには供物が必要。
その供物というのは――人間のことだ。
文様の周囲に決められた数の人間を並べることで、それが神へ捧げる供物だと示さなければならない。
ただし、供物は生きていなければ意味がない。
「集めるのが大変だったわい……」
村の中で行方不明になっても騒がれない人間の中で条件に合う人物、それらを生きたまま捕獲するのは至難の業だった。自分の配下の者達に多額の口止め料を渡してどうにか用意出来たが、それでも長い月日がかかってしまった。
「……重い……あぁ、重い」
供物達は全員薬漬けで眠らせているため、引きずって文様の周囲に寝転がすしかない。それだけでも老体には重労働だ。配下の者達を使おうかと思ったが、連中にも力が渡っては意味がないので一人でやるしかない。
「……ぜぇ……ぜぇ…………」
息を切らせて、その場に倒れ込む。
これでやっと下準備が終わった。早く次の工程に移りたかったが、息を整えないと体が動きそうになかった。
「…………よし、そろそろやれそうじゃな」
荒い息が収まってきた。これなら最後の呪文を唱えられそうだ。
私は文様の中心部へと、刻んだ文様を消さないように歩み寄った。
呪文。
それは文字で表現出来ない言語であった。異国の言葉でも当て字を使えば多少は理解出来るだろうが、その呪文はもはや気狂いの妄言を濃縮したかのような、聞く者の精神を汚染するような“音”であった。
そんな呪文という名の“音”を、私は喉の奥より発する。
「~…☓☓***……☓☓☓~~」
自分の声なのに、他人の声だと錯覚する程。否、人とは思えないその呻りは発している自身ですら、狂わせそうな“音”だった。
「~…☓☓***……☓☓☓~~」
ああ、おかしくなりそうだ。
吐き気と目眩が同時に襲いかかってくる。
「~…☓☓***……☓☓☓~~」
もう、限界だ。
諦めかけた、その時だった。
―ヨン…ダ…ノハ、オ…マエ、カ―
頭の中で直接響く、頭蓋を痺れさせるような声。
違う、声なんて軽々しいものではない。声ではないのに、何を伝えたいのか私には理解出来る。
これが“儀式”を遂行した者にのみ聞くことが出来る神の“言葉”なのだろうか。
「そうです!私があなた様を呼びました!ご覧下さい、文様も供物も完璧でございます!」
―ソ…ノヨ…ウ、ダナ―
ぼきょり。
ぐちゃり。
ごりごり。
肉と骨が引き裂け砕ける音がして、供物達の体が一斉にねじ曲がったり食いちぎられるようにもげたりしていった。
誰も供物には触れていない。
これが神の力なのか。
「はは……、供物の方はお気に召しましたでしょうか?」
―アア。デ…ハ、ワ…レノ…イチブ…ヲ、ウケト、レ……―
これで遂に、私は神に等しい力を手に入れることが出来るのだ!
長かった、ここまで辿り着くまでに時間も金もかかった。だが、それもこの瞬間に全てが報われる!
――ザザザザザッ……
大きな波音を立てて、海の中から巨大な頭のような物体が出てきた。
その頭は二つの大きな目を持っていて、体中に海の恵みを貼り付けた化け物そのもの。頭より下はまだ海の下、一体どれだけ大きいのか皆目見当が付かない。
「え……?これが、力?」
神は「我の一部を受け取れ」と言っていた。
まさか、この化け物がその一部というのだろうか。
じゃあ神に等しい力というのは、神の一部であるコレのことなのか!?
「お、お待ち下さい!神よ、これを私に手懐けろと申すのですか!?」
そんなこと、絶対無理だ。
こんな化け物を私一人でどうにか出来るはずがない。
それなのに、もう神の“言葉”はもう聞こえない。
“儀式”はもう終わっていた。
「あ、あぁ……」
化け物が迫ってくる。
私は腰が抜けて、滑稽にばたつきながら逃げることしか出来ない。
「ひぎゃっ!?」
だが逃げられるはずはなく、私の体は簡単に化け物の触手――その先に付いた口で噛みつかれてしまう。
そのまま、ゆっくりと触手の中へとずるずると飲み込まれていく……。
「嫌だ、嫌だ……誰か助け……」
狭まっていく視界の中。
“儀式”を教えてくれた、彼がいた。
どこかへ旅立っていったはずの彼が、何故この場にいるんだ。
「おいっ!助けてくれ!あんたが教えてくれたんだろ、なぁ!?」
だが、彼は救いの手を差し伸べてはくれない。
何故だ、今にも飲み込まれそうな人がいるというのに彼は微動だにしない。
「ふざけるなっ!私がどれだけの思いで……早く助けろ!」
彼はただ、私の方を見て静かに笑っていた。
「何なんだ……あんた、一体……何がした……かったん……だ……」
視界が真っ暗になる、その最期の瞬間まで。
彼は、笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる