虚構の檻 〜芳香と咆哮の宴~

石瀬妃嘉里

文字の大きさ
22 / 29
2017.5.6.Sat

処刑と襲撃④ 【 五日目 夜 】

しおりを挟む



「……時間になったな」

 深夜の丸太小屋で、現在時刻をケータイで確認した俺、村崎将泰は気を引き締める。
 勝利を目前にして、最多数票を集めて処刑が決まってしまった俺だが、ただで死ぬつもりは毛頭無い。凶器の有無を確認し、計画を頭の中で反芻して、最後の大仕事へと思いを馳せる。

「……よし! こっちの準備も万端だ。それじゃ、行こうか」

 俺は颯爽と丸太小屋を出ると、近くに停めておいた自転車へと向かう。こっちへ来る時に使った、霧隠荘の自転車だ。
 ……何とか、使えて良かった。今までの処刑の時は使わなかったから、不自然に思われないか、かなり不安だったのだが。

「……行くか」

 自転車に跨り、安全確認をしてからペダルを漕ぐ。夜の山道は、風が穏やかで心地良い。そう言えば、前に遊びに来た時も、こうやってサイクリングを楽しんだ事があった。……けど、もうそれも出来なくなるんだな。
 まぁ、それも覚悟の上だ。伊達に、命懸けてないさ。そのくらい、俺はあいつらを許さない。何故ならあいつらは潤水を、……俺から、大切な幼馴染を奪ったのだから。

(……っと。いけない。あまりスピード出したら、マズイよな。安全運転安全運転)

 スピードの出し過ぎに気を付けながら、俺は難無く霧隠荘へと到着する。自転車を元あった場所に停めて、入口のドアに手をかけると、鍵が開いていたのか、何の苦労も無く侵入出来た。

(流石カオル。抜かり無いな)

 ドアを閉め、確認するようにそぅっと別荘内を覗き込む。まぁ、午後十時以降に部屋を出る事はルール違反だから、この時間に廊下にいる奴はいないとは思うが、念の為だ。案の定、そこには人っ子一人いなかった。

(……さて、これが俺の、最期の襲撃だ。気を引き締めて行かないとな………)

 凶器を取り出し、今日の襲撃対象の部屋へと向かう。
 狩るべきは、暴走が過ぎて戦力外通告をされた、愚かな裏切者、……樋口比美子だ。



(…………将泰さん)

 深夜、自室のベッドに座り、顔を覆いながら、アタシ、樋口比美子は嘆く。
 やっと、あの人を手に入れられると思ったのに。これでようやく、アタシはアタシだけの唯一を得て、幸せになれると思っていたのに。全部、全部全部、朱華あいつのせいだ。
 生まれた時からずっと、世界は等々力家に支配されていた。といっても、別に理不尽な要求をされた事は無いし、おじ様とおば様─朱華のご両親─もお手伝いの方々も優しくて良い人だった。それは、別に良かった。
 アタシが腹立たしかったのは、……アタシが朱華と出会ったその瞬間、アタシの人生すべてが決まってしまった事。
 ずっと、敷かれたレールを歩き続けていた。幼稚園から始まり、小学校も中学校も高校も大学も、朱華の希望に付いて行く形で進んで来た。

「朱華お嬢様の助けになって差し上げなさい」
「朱華お嬢様は、旦那様と奥様に似て素晴らしい方だ。きっと、お前もそれが判るだろう」

 父も母もそう言って、朱華を褒め讃えていた。それが、酷く癇に障ったのだ。
 確かに、朱華は良い子だった。アタシの事も気にかけて、お嬢様の割に妙に庶民的で、高級スイーツより、アタシが上げた駄菓子で喜ぶような子だった。
 だからといって、アタシの人生が朱華に、等々力家に食い潰される事になるのは嫌だったのだ。
  両親は、自らの一生を等々力家に捧げる事に疑問を抱かない。昔から、等々力家に色々お世話になった事もあるのかも知れないが、アタシは、そこまで忠実にはなれない。
 アタシは、朱華の召使いじゃない!
 アタシは、アタシだけの人生を歩みたい!!
 けれど、現実は残酷だった。朱華なんかと一緒にいたせいで、アタシは面倒な事に巻き込まれた。
 アタシは本当は、朱華より潤水の方が好きだった。周りが上流家庭な中でも、自分を磨き続ける潤水が、アタシにはとても輝いて見えたから。出来るなら潤水の事、助けてあげたかった。
 けれど、家柄の事もあって、アタシは朱華を選ばざるを得なかったのだ。愚かで、自業自得な朱華を。

(それがアタシの人生において、最大の汚点だわ。まったく、いつまで朱華の腰巾着でいなくちゃいけないの……?)

 もう、いっその事、あの家を出て行っても良いかも知れない。家柄も等々力家も全部捨てて、新たにアタシだけの人生をスタートさせるの。
 うん。それ、良いな。それでもし、上手く行ったら。あぁでも。無事にここを出られても、……あの人はもう、いないんだよな………。
 大切な存在の喪失に、改めてショックを受けていると、突然、コンコン、とドアをノックする音がした。

「だ、誰!?」

 予想だにしない出来事に、アタシは思わず上擦った声で返事をする。……いや、冷静に考えて、こんな時間に部屋の外にいるのは、人狼しか。
 嘘!? まさか、今回の襲撃先はアタシなの!? どうして!? アタシは、人狼の為に協力して来たというのに!?
 自分が選ばれてしまったという恐怖に震えていると、……今宵ずっと想っていた、愛しい人の声が、アタシの耳に届く。

「俺だよ、比美子ちゃん。……悪いけど、開けてくれないかな?」
「え、……将泰さん!? ……ま、待って下さい今! 今開けますから………!!」

 その声に、導かれるように、アタシはドアを開け、将泰さんを部屋に招き入れる。
 あぁ、将泰さん! まさか来てくれるなんて!
 これは、夢なの? ……ううん。夢でも良いの。また、あなたに会えるのなら、こんなに嬉しい事は無いのだから。

「今晩は、比美子ちゃん。調子はどうだい?」
「……将泰さん、どうして………? どうやって、あの小屋から、ここまで………?」
「あんな古びた鍵、抉じ開けるのなんて簡単さ! あいつら詰めが甘くてね。突っかい棒もしていなかったよ。ここまでは、自転車で来れた。向こうに置いて行くの覚悟で使ったんだろうけど。まさか、俺が脱出して使う事を想定していなかったなんてな」

 流石、将泰さん。あいつらの目を掻い潜って、丸太小屋を脱出するなんて。彼が逃げて来れたのなら、後は大丈夫。必ず、アタシが匿って、守ってみせる。誰も、将泰さんに触れさせるものか!
 と、ここで、ふと疑問に思った事を、アタシは彼に聞いてみる。

「……将泰さん、どうしてそこまでして、……アタシのところに?」
「あ、……びっくりした? ごめんね。どうしても最期に、君に会いたかったんだ」
「え………?」
「君はずっと、俺の為に暗躍してくれた。裏切者という汚名を被る事になるにも関わらずに、だ。そんな君に俺は、……いつの間にか惹かれていた。自覚したのは、ついさっきなんだけどね。今更だと思ったけどせめて、……この気持ちだけは、君に伝えたかった」

 嘘……将泰さんが、ずっと想いを寄せていた将泰さんが、アタシの事を……?
 これは、やっぱり夢、なの……?
 感激のあまり、言葉の出ないアタシに、将泰さんは顔を少し背けながら、不安気に口を開く。

「……いきなり、こんな事言ってごめん。……迷惑だよね。けれど、俺は」
「め! 迷惑なんかじゃないです!! ア、アタシだってずっと、……将泰さんの事」
「……本当に? 嬉しいなぁ。……こんな事なら、もっと早く伝えておけば良かったな………」
「そんな!! 今からでも遅くないです!! すぐにでもアタシ、……あなたと」
「そっか。ありがとう、比美子ちゃん。そんなにも俺の事を。……ならさ」

 次の瞬間、アタシは将泰さんに抱き締められる。その多幸感に身を委ねる間も無く、背中に激痛が走った。
 え、何? どういう、事……?

「……俺の為に、死んでくれるよね?」

 刹那、ぐ、と背中から何かが強く引き抜かれる感覚がして、密着していた筈の身体が、離れた気がした。
 何が起きたか判らず、アタシは思わず将泰さんの顔を見やる。目が合ったあの人は、刃渡りが十センチはありそうな大型のナイフを構え、こちらを睨み付けている。

「……五日目の襲撃、完了」

 冷たい声でそれだけ言うと、将泰さんは、くるりとアタシに背を向けて、離れて行く。
 そんな、将泰さん。どうしてですか。
 アタシの何がいけなかったんですか。
 言ってくれれば、直します。だからお願い。戻って来て。置いて行かないで。……アタシを見て!!
 支えを失ったアタシは、そのまま床に倒れ込む。
 将泰さん。決められた道を歩かされていたアタシの、ただ一つの光。
 あなたの目に写して貰えなくなったら、アタシは。
 絶望のあまり、涙が流れる。
 後は何も、判らなくなった。



「お、来たか。……見ての通り、襲撃は完了した」

 襲撃を終えた俺、村崎将泰の元に、処刑人が訪れた。すぐにドアを開けて、部屋に招き入れる。

「単純なものだよ。ちょっと大袈裟に愛を囁けば、すぐにコロッと引っかかっちまうんだから。……馬鹿な女だ。潤水を死に追いやった奴なんかに、俺が惚れる訳無いのに。本当、おめでたいよ」

 俺は、比美子ちゃんの遺体を見遣りながら、溜め息を吐く。彼女に対して、特に何の感情も湧かなかった。あるのは、潤水の仇を討てたという達成感だけだ。
 俺は、すぐに処刑人に向き直る。今の俺にとって、一番大事なのは、こいつらだ。なのに、俺はこれから、こいつらを置いて逝かなければならないなんて。それを思うと、心が苦しくなった。

「頼む、勝ってくれ。復讐を果たす事はもちろんだけど、それ以上に俺は、お前達に生き残って欲しい」

 後、一日だ。この一日さえ乗り越えれば、俺達人狼陣営の勝利が決まる。復讐は、果たされるんだ。そうなれば、こいつらは生き残れる。それが、最良な結果なんだ……!

「だから勝て! そして、幸せになってくれ。それが潤水への手向けになるからな。……頼んだぞ」

 俺は処刑人の両肩を掴みながら、すべてを託す。
 これで良い。俺はもう、側にいる事は出来ないけれど、せめてこいつらの無事を祈るくらいは、許される筈だ。

「……さぁ! 早く処刑してくれ。……場所は、ここで済ませるんだろう?」

 俺の言葉に、処刑人が凶器を構える。振り翳されたそれは、勢いのままに俺の首に食い込み、頸動脈を断つ。
 鮮血が吹き出すと同時に、力が抜けて行く。ふらつく足が血塗れの床を踏み締め滑り、俺は比美子ちゃんの隣に倒れた。

「……五日目の処刑、…………完了」

 感情を殺した、処刑完了宣言が耳に届く。あぁ、これで本当に終わりなんだな、とぼんやりした頭で考えた。
 ジュン、カオル、後は任せた。
 大丈夫。お前らなら出来るって、俺は信じているよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...