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2017.5.6.Sat
処刑と襲撃④ 【 五日目 夜 】
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「……時間になったな」
深夜の丸太小屋で、現在時刻をケータイで確認した俺、村崎将泰は気を引き締める。
勝利を目前にして、最多数票を集めて処刑が決まってしまった俺だが、ただで死ぬつもりは毛頭無い。凶器の有無を確認し、計画を頭の中で反芻して、最後の大仕事へと思いを馳せる。
「……よし! こっちの準備も万端だ。それじゃ、行こうか」
俺は颯爽と丸太小屋を出ると、近くに停めておいた自転車へと向かう。こっちへ来る時に使った、霧隠荘の自転車だ。
……何とか、使えて良かった。今までの処刑の時は使わなかったから、不自然に思われないか、かなり不安だったのだが。
「……行くか」
自転車に跨り、安全確認をしてからペダルを漕ぐ。夜の山道は、風が穏やかで心地良い。そう言えば、前に遊びに来た時も、こうやってサイクリングを楽しんだ事があった。……けど、もうそれも出来なくなるんだな。
まぁ、それも覚悟の上だ。伊達に、命懸けてないさ。そのくらい、俺はあいつらを許さない。何故ならあいつらは潤水を、……俺から、大切な幼馴染を奪ったのだから。
(……っと。いけない。あまりスピード出したら、マズイよな。安全運転安全運転)
スピードの出し過ぎに気を付けながら、俺は難無く霧隠荘へと到着する。自転車を元あった場所に停めて、入口のドアに手をかけると、鍵が開いていたのか、何の苦労も無く侵入出来た。
(流石カオル。抜かり無いな)
ドアを閉め、確認するようにそぅっと別荘内を覗き込む。まぁ、午後十時以降に部屋を出る事はルール違反だから、この時間に廊下にいる奴はいないとは思うが、念の為だ。案の定、そこには人っ子一人いなかった。
(……さて、これが俺の、最期の襲撃だ。気を引き締めて行かないとな………)
凶器を取り出し、今日の襲撃対象の部屋へと向かう。
狩るべきは、暴走が過ぎて戦力外通告をされた、愚かな裏切者、……樋口比美子だ。
◇
(…………将泰さん)
深夜、自室のベッドに座り、顔を覆いながら、アタシ、樋口比美子は嘆く。
やっと、あの人を手に入れられると思ったのに。これでようやく、アタシはアタシだけの唯一を得て、幸せになれると思っていたのに。全部、全部全部、朱華のせいだ。
生まれた時からずっと、世界は等々力家に支配されていた。といっても、別に理不尽な要求をされた事は無いし、おじ様とおば様─朱華のご両親─もお手伝いの方々も優しくて良い人だった。それは、別に良かった。
アタシが腹立たしかったのは、……アタシが朱華と出会ったその瞬間、アタシの人生すべてが決まってしまった事。
ずっと、敷かれたレールを歩き続けていた。幼稚園から始まり、小学校も中学校も高校も大学も、朱華の希望に付いて行く形で進んで来た。
「朱華お嬢様の助けになって差し上げなさい」
「朱華お嬢様は、旦那様と奥様に似て素晴らしい方だ。きっと、お前もそれが判るだろう」
父も母もそう言って、朱華を褒め讃えていた。それが、酷く癇に障ったのだ。
確かに、朱華は良い子だった。アタシの事も気にかけて、お嬢様の割に妙に庶民的で、高級スイーツより、アタシが上げた駄菓子で喜ぶような子だった。
だからといって、アタシの人生が朱華に、等々力家に食い潰される事になるのは嫌だったのだ。
両親は、自らの一生を等々力家に捧げる事に疑問を抱かない。昔から、等々力家に色々お世話になった事もあるのかも知れないが、アタシは、そこまで忠実にはなれない。
アタシは、朱華の召使いじゃない!
アタシは、アタシだけの人生を歩みたい!!
けれど、現実は残酷だった。朱華なんかと一緒にいたせいで、アタシは面倒な事に巻き込まれた。
アタシは本当は、朱華より潤水の方が好きだった。周りが上流家庭な中でも、自分を磨き続ける潤水が、アタシにはとても輝いて見えたから。出来るなら潤水の事、助けてあげたかった。
けれど、家柄の事もあって、アタシは朱華を選ばざるを得なかったのだ。愚かで、自業自得な朱華を。
(それがアタシの人生において、最大の汚点だわ。まったく、いつまで朱華の腰巾着でいなくちゃいけないの……?)
もう、いっその事、あの家を出て行っても良いかも知れない。家柄も等々力家も全部捨てて、新たにアタシだけの人生をスタートさせるの。
うん。それ、良いな。それでもし、上手く行ったら。あぁでも。無事にここを出られても、……あの人はもう、いないんだよな………。
大切な存在の喪失に、改めてショックを受けていると、突然、コンコン、とドアをノックする音がした。
「だ、誰!?」
予想だにしない出来事に、アタシは思わず上擦った声で返事をする。……いや、冷静に考えて、こんな時間に部屋の外にいるのは、人狼しか。
嘘!? まさか、今回の襲撃先はアタシなの!? どうして!? アタシは、人狼の為に協力して来たというのに!?
自分が選ばれてしまったという恐怖に震えていると、……今宵ずっと想っていた、愛しい人の声が、アタシの耳に届く。
「俺だよ、比美子ちゃん。……悪いけど、開けてくれないかな?」
「え、……将泰さん!? ……ま、待って下さい今! 今開けますから………!!」
その声に、導かれるように、アタシはドアを開け、将泰さんを部屋に招き入れる。
あぁ、将泰さん! まさか来てくれるなんて!
これは、夢なの? ……ううん。夢でも良いの。また、あなたに会えるのなら、こんなに嬉しい事は無いのだから。
「今晩は、比美子ちゃん。調子はどうだい?」
「……将泰さん、どうして………? どうやって、あの小屋から、ここまで………?」
「あんな古びた鍵、抉じ開けるのなんて簡単さ! あいつら詰めが甘くてね。突っかい棒もしていなかったよ。ここまでは、自転車で来れた。向こうに置いて行くの覚悟で使ったんだろうけど。まさか、俺が脱出して使う事を想定していなかったなんてな」
流石、将泰さん。あいつらの目を掻い潜って、丸太小屋を脱出するなんて。彼が逃げて来れたのなら、後は大丈夫。必ず、アタシが匿って、守ってみせる。誰も、将泰さんに触れさせるものか!
と、ここで、ふと疑問に思った事を、アタシは彼に聞いてみる。
「……将泰さん、どうしてそこまでして、……アタシのところに?」
「あ、……びっくりした? ごめんね。どうしても最期に、君に会いたかったんだ」
「え………?」
「君はずっと、俺の為に暗躍してくれた。裏切者という汚名を被る事になるにも関わらずに、だ。そんな君に俺は、……いつの間にか惹かれていた。自覚したのは、ついさっきなんだけどね。今更だと思ったけどせめて、……この気持ちだけは、君に伝えたかった」
嘘……将泰さんが、ずっと想いを寄せていた将泰さんが、アタシの事を……?
これは、やっぱり夢、なの……?
感激のあまり、言葉の出ないアタシに、将泰さんは顔を少し背けながら、不安気に口を開く。
「……いきなり、こんな事言ってごめん。……迷惑だよね。けれど、俺は」
「め! 迷惑なんかじゃないです!! ア、アタシだってずっと、……将泰さんの事」
「……本当に? 嬉しいなぁ。……こんな事なら、もっと早く伝えておけば良かったな………」
「そんな!! 今からでも遅くないです!! すぐにでもアタシ、……あなたと」
「そっか。ありがとう、比美子ちゃん。そんなにも俺の事を。……ならさ」
次の瞬間、アタシは将泰さんに抱き締められる。その多幸感に身を委ねる間も無く、背中に激痛が走った。
え、何? どういう、事……?
「……俺の為に、死んでくれるよね?」
刹那、ぐ、と背中から何かが強く引き抜かれる感覚がして、密着していた筈の身体が、離れた気がした。
何が起きたか判らず、アタシは思わず将泰さんの顔を見やる。目が合ったあの人は、刃渡りが十センチはありそうな大型のナイフを構え、こちらを睨み付けている。
「……五日目の襲撃、完了」
冷たい声でそれだけ言うと、将泰さんは、くるりとアタシに背を向けて、離れて行く。
そんな、将泰さん。どうしてですか。
アタシの何がいけなかったんですか。
言ってくれれば、直します。だからお願い。戻って来て。置いて行かないで。……アタシを見て!!
支えを失ったアタシは、そのまま床に倒れ込む。
将泰さん。決められた道を歩かされていたアタシの、ただ一つの光。
あなたの目に写して貰えなくなったら、アタシは。
絶望のあまり、涙が流れる。
後は何も、判らなくなった。
◇
「お、来たか。……見ての通り、襲撃は完了した」
襲撃を終えた俺、村崎将泰の元に、処刑人が訪れた。すぐにドアを開けて、部屋に招き入れる。
「単純なものだよ。ちょっと大袈裟に愛を囁けば、すぐにコロッと引っかかっちまうんだから。……馬鹿な女だ。潤水を死に追いやった奴なんかに、俺が惚れる訳無いのに。本当、おめでたいよ」
俺は、比美子ちゃんの遺体を見遣りながら、溜め息を吐く。彼女に対して、特に何の感情も湧かなかった。あるのは、潤水の仇を討てたという達成感だけだ。
俺は、すぐに処刑人に向き直る。今の俺にとって、一番大事なのは、こいつらだ。なのに、俺はこれから、こいつらを置いて逝かなければならないなんて。それを思うと、心が苦しくなった。
「頼む、勝ってくれ。復讐を果たす事はもちろんだけど、それ以上に俺は、お前達に生き残って欲しい」
後、一日だ。この一日さえ乗り越えれば、俺達人狼陣営の勝利が決まる。復讐は、果たされるんだ。そうなれば、こいつらは生き残れる。それが、最良な結果なんだ……!
「だから勝て! そして、幸せになってくれ。それが潤水への手向けになるからな。……頼んだぞ」
俺は処刑人の両肩を掴みながら、すべてを託す。
これで良い。俺はもう、側にいる事は出来ないけれど、せめてこいつらの無事を祈るくらいは、許される筈だ。
「……さぁ! 早く処刑してくれ。……場所は、ここで済ませるんだろう?」
俺の言葉に、処刑人が凶器を構える。振り翳されたそれは、勢いのままに俺の首に食い込み、頸動脈を断つ。
鮮血が吹き出すと同時に、力が抜けて行く。ふらつく足が血塗れの床を踏み締め滑り、俺は比美子ちゃんの隣に倒れた。
「……五日目の処刑、…………完了」
感情を殺した、処刑完了宣言が耳に届く。あぁ、これで本当に終わりなんだな、とぼんやりした頭で考えた。
ジュン、カオル、後は任せた。
大丈夫。お前らなら出来るって、俺は信じているよ。
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