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2017.5.7.Sun
第十一章 喪失 【 六日目 朝 】
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(……あれ? …………朝?)
憂鬱な気分のまま、私はベッドから上体を起こす。何だか、とても疲れていた。軽く痛む頭を押さえて、私は目を瞑る。
(……昨日、……結局どうなったんだっけ。……おぼえてない………)
気怠い身体を引き摺りながら、私はベッドを抜け出し、身支度を始める。ふと、机の上に何かが置いてある事に気付いた。
(手帳……?)
如何にもデキる人種のアイテムらしい、それでいて見覚えのある、黒のシステム手帳。それの持ち主に気づいた瞬間、芋蔓式に思い出された記憶は、否が応でも昨晩の光景を組み立ててしまう。鮮明に焼き付いた、悪夢の如き光景を。
あの時、私は避けられぬ一撃を覚悟していた。だが、その向けられた刃の捉えた先は、いつの間にか私の前に出て来ていた、黎名ちゃんの首筋だった。
何かを裂く嫌な音と、顔面に振りかかる夥しい鮮血。それらを感じて初めて、私は彼女に庇われた事に気付いた。瞬間、目の前の光景から現実が失われて行く。
少女は、あの細首に流れているとは思えない程大量の血液を吹き出しながら、その場に倒れ伏す。一気に、鉄錆交じりの独特の生臭さが鼻を襲った。
次の瞬間、大音響と共に開く扉。雪崩れ込む人達。誰かが、なおも私に飛びかかろうとする獣を、乱暴に引き倒した。悲鳴と怒号が、室内を満たす。
誰かが、誰かと一緒に獣を取り押さえて、部屋から出した。
誰かが、放心状態になった私の肩を支えた。
獣の悲痛な慟哭に、全身が粟立つのを感じた。その間私はただ、未だに血を流し続ける少女の首筋を押さえる事しか出来なくて。咄嗟に傷口に宛がった上着がじわじわと濡れて行く感覚に泣きそうになった。
誰かが少女を抱き上げ、運んで行く。誰かが、私に何か声をかけ、ゆっくりと立たせてくれた。
そこから先は、良く覚えていない。ただ、少女の鮮血に濡れた両手のべったりとした感触と、目に毒々しく映る暗い紅色だけは、今も、はっきりと覚えている。
(……そうか。昨日、ここで作戦会議して、………そのまま忘れてっちゃったのか)
あの後、彼女が助かったのかどうか、私は知らない。そもそも昨晩、自分がどうやって部屋に戻って来たのかも定かではないのだ。
僅か数日の付き合いとは言え、彼女は共に真実を追求し、協力し合って議論を戦い抜いた仲だ。心配にならないわけがない。しかし同時に、……あの出血量では助かる見込みは殆んど無いだろう事も、理解していた。
何せここは、周囲を木々に囲まれた山奥なのだ。病院施設などある筈も無いし、ここにあるような救急箱程度では、止血程度の処置しか出来ないだろう。最も、あの傷ではそれさえも徒労に終わる気もする。
つまり生死に関係無く、今日の“裁判”に、黎名ちゃんが参加出来る可能性は、絶望的と考えて良いだろう。それ即ち、村人側の深刻な戦力低下という事を意味していた。
突き付けられた現実の重圧に、私は思わず身震いする。それは決して、言葉に表せるような生易しいものではない。
確かにこの五日間、私は仲間達と命懸けの論戦を交わして来た。しかし、それを上手く進めて来れたのは、ひとえに黎名ちゃんの存在が大きかったからだ。
思えば、私は黎名ちゃんに頼りっぱなしだった。“裁判”の時こそ、流れを作る為の発言は繰り返してはいたが、有効なる一撃に貢献した事は多分無い。あったとしてもせいぜい、黎名ちゃんのアシストあってこそのものだろう。
彼女は、正しく“探偵”だった。常に状況を見据える冷静さ。あらゆる情報を取捨選択し、正答を貫ける程の明晰さ。そして、真実への執拗なまでの執着心──。
だが、その“探偵”は斃れ、今や回復の見込みは無い。そして、現時点でゲームが続行している以上、人狼はまだ、生き残っているという事だ。故に、他の生存者を、安易に信用するわけにも行かないのである。
(もし、人選を誤ったりしたら、それこそゲームオーバーだもの。リスクの高い賭けは止めとくべきよね)
ああ、やっぱり私一人で立ち上がらなくちゃいけないのか。判り切っていた事だけど、改めて実感するのは辛かった。それでも、塞ぎ込んでいる場合じゃない。
強く、ならなければ。こんな弱い心を宿したままじゃ、朽ち果てるのは時間の問題だ。ここで負けたら、それこそ黎名ちゃんに、申し訳が立たない。
少女の手帳を握り、目を閉じて深呼吸。再び開いた瞳に映る自室が、別世界のように見えた。
私は、ただ逃げ惑うだけの、村人じゃない。
決意を新たに立ち上がると、手帳をスカートのポケットに入れて机に向かう。その中央に、ひっそりと鎮座しているカードのデッキを一瞥し、崩した。
無心でデッキを混ぜて、切り、整える。その作業を何度も繰り返す。そうして、形を整えたデッキから私は、一番上のカードをそっと引いた。
(……“棒の5、正位置”。……“結果の出ない、激しい争い”………)
カードに描かれた絵を、私はじっくりと眺める。長い棒を振り翳し、殴り合いをする五人の男達。正に、“争い”という意味に相応しい一枚だ。
なんて事だ。私達はまた、仲間割れを繰り返す運命にあるというのか。冗談じゃない。私達はもう、十分過ぎる程に傷付けあった。それなのに。
そこまで考えて、ハッとする。机の片隅に置かれた鏡に映る、己の顔。その表情足るや、鬼の如し。まるで別人だ。……私、こんな酷い顔も出来たのか。
(……駄目だ駄目だ。動揺してどうするの。強くなるって、決めたんだから!)
不安で、狂いそうになる心を叱咤すべく、私は自らの両頬を叩いた。こんな事で、自分を見失っていては駄目なんだ。強く、強くならなければ。
カードをデッキに戻し、手早く髪を整えながら、もう一度鏡を覗き込む。……よし、いつもの自分だ。あんな顔、誰かに晒すわけには行かない。
「絶対、生き延びてやる。こんな所で、死んでやるもんか」
それは、私なりの宣戦布告だった。こんな絶望的な運命に蹂躙されるのは、もう沢山だ。だから、私は抗う。例えどれだけ汚ならしく、醜くなろうとも。
早朝の薄暗い廊下を、ゆっくりと歩く。季節は初夏とは言え、やはりこの時間帯は肌寒い。カーディガンを羽織って来て良かったと、数分前の己の判断に感謝する。
長く、広い空間内に、自分の靴音だけが響く。静かだ。不気味な位に静かだ。まるで、この世界に自分一人だけしか存在していないみたいだ。
(初日にここを訪れた時の、あの賑やかさとは大違いね。……悲しい、な)
当たり前のように在り続けるのだと、信じていた。
例え喪う時が来るとしても、それはずうっと先の未来の話だと、疑う事すらしなかった。
しかし、現実は残酷だ。初日に十三人居た仲間達は、今や四人、……内、一人は瀕死に、なってしまった。彼らが、再び笑い掛けてくれる事は、二度と無い。
そう言えば、警察はこの件に関して、ちゃんと動いてくれているのだろうか。二日目に連絡して以来、全く音沙汰無いのだけれど………。
(……いや。無駄な期待をするのは止めておこう。どうせ、虚しくなるだけだもの………あれ?)
“それ”を確認した瞬間、まさか、と思った。嘘であって欲しくて急いで駆け寄ったが、現実は無慈悲であった。
比美子の部屋の扉が、僅かに開いている。
(お、落ち着け。ただ単に、閉め忘れただけかも知れない。いやでも、こんな朝早くに……?)
嫌な予感が頭の中を駆け巡り、心臓がばくばくと胸を打つ。早く、中を確認しなくては。襲い来る焦燥感の勢いのままに、私は直ぐ様行動に移した。
素早くハンカチを取り出すと、ドアノブをくるんで握る。正直、入りたくない。が、そうも言っていられない。私は覚悟を決めて、扉をそうっと開いた。
(……うっ)
開かれた扉の先で私は、ぶちまけられた血潮の色と匂いに酔う。今までの現場の中で、最も強烈だった。何せ、血の量が明らかに違い過ぎる。
足元が汚れるのを気にする余裕もなかった。私は渇ききらぬ赤黒い床を踏み締め、真っ直ぐに部屋の奥を目指す。
その先は、──地獄絵図だった。
比美子と将泰さんが、赤に沈んでいた。首を掻き切られている。寄り添うように横たわる彼らは、宛らロミオとジュリエットのラストシーンのようだ。
そして、そんな彼らを隔てるかの如く添えられた、一本の枝。その所々から群がるように咲く赤紫が、厭に毒々しい美しさを放っているようだ。
奇しくも、私はこの花を知っていた。英名は、“ユダ・ツリー”。かつてイエスを裏切った事を悔いたユダが、この木で首吊りした事が名の由来だと言う。
(ハナズオウ……花言葉は、………“裏切者”)
どろりとした赤い沼に咲く、裏切りの花。まるで、二人の命を糧に、咲き誇っているみたいだ。その光景を呆然と眺めていた時、ふと、一つの疑問が浮かぶ。
(けれど、どうして将泰さんが比美子の部屋に? 彼は昨日、丸太小屋へ連行されて行った筈じゃ……?)
そうだ。この部屋の利用者である比美子は兎も角、将泰さんの遺体が何故、ここに存在するのか。彼はどうやって、比美子の部屋に侵入出来たのだろう?
「何だよ、これ……!?」
「比美子……? 将泰さん………?」
考え込んでいると突然、背後から声が聞こえた。兄と紫御だ。どうやら、遺体に集中していて、近付いていた事に気付けなかったらしい。
「何で、こんな事になっているんだよ? 有り得ねぇだろ……!?」
「そんな、どうして? 昨日、確かに、丸太小屋に閉じ込めた筈なのに……?」
カッと目を見開き、戸惑いがちに吠える兄と、考え深げに俯き、ぶつぶつと言葉を紡ぐ紫御。どちらも、異様なくらいに動揺している。
けれど私は、おかげで冷静さが戻って来た。どうやら、自分以上に取り乱す人間を見ると、却って落ち着くというのは本当の事らしい。
未だ、ショックから立ち直れない彼らを尻目に、私は改めて遺体に目を向ける。もう、胃が暴れるような嘔吐感は無かった。以前なら考えられなかった事だ。
要は、慣れてしまったのだ。この極限状態に。
仲間達の変わり果てた姿も、喉に貼り付くような粘っこい血の匂いも、この心にはもう響かない。
最低だ。私達はずっと、投票という手段で仲間達を殺して来たのに。あまつさえ、その屍を積み重ねた犠牲の結果、私は生き延びているというのに。
ずっと、目を背けて来た事実だった。けれど、結局は逃げられる事等出来なかったんだ。何て、愚かなんだろう。
思わず天を仰いだ、その時、結果発表の合図が沈黙を裂いた。しかし、今回はいつもと比べて早い気がした。どうしたのだろう。今まではずっと、朝食前くらいに受信していたのに。
私は首を傾げながらも、上着のポケットをまさぐった。何と無く、いつもと勝手が違うこの状況が、不安感を掻き立てる。
それでも、弱さを見せたらそれこそ心が折れてしまう。だからこそ、内心の動揺を隠す。私は、表情を崩さないままに、目的の画面を呼び出した。
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From:香澄ちゃん
Sub:おはYO! ヽ(゚Д゚)ノ
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この命懸けの“ゲーム”も、いよいよクライマックスだね!(*σ´ェ`)σ
果たして、勝利の女神はどちらの陣営に微笑むのか。
私も気になって、夜しか眠れないヨ♪ ( -。-) =3
さてさて、皆様お待ちかね。結果発表の時間だよん。
将泰さんは、……人狼でした! ヽ(*´^`)ノ
おめでとう~!! これで何とか全滅は阻止出来たね!!
でもでもぉ~、油断は禁物だよぉ~。
「お役目ご苦労さん。じゃ、とっとと死んでくれ」
それと、もう一つ! 比美子さんは村人だよ。
と言っても、人狼に魂を売った裏切者だけど。
使い勝手は良かったけど、昨日みたいに暴走されると困るからさ。殺しちゃった♪ (^ω^)
まぁ、どのみちもう用済みだったんだけどね。(^ω^)
けど一応は役に立ったから、ご褒美に好きな人の手で死なせてあげたよ。私ってば、優しぃーね♪ (*´ω`*)
「ただ、あなただけの為に………」
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私は、文字通りその場で固まった。書かれた内容に、驚いたわけではない。事実、メールを読み終えた私の頭を過ったのは、昨晩の黎名ちゃんの言葉だった。
──もう、止めませんか?
──お喋りが過ぎると、余計な事まで話してしまいますよ? ……裏切者のヒナタさん?
恐らく、……いや、確実に、彼女は確信していたんだ。比美子が、……私の親友が、裏切者である事を。そして、その想い人が復讐に身を焦がした人狼である事を。
私は、画面を凝視したまま、馬鹿みたいに突っ立っていた。冷静に考えれば、判り切っていた事だ。けれど、こうもはっきりと示されると、かなり辛い。
(結果が見えていてもなお、信じていたかったのかな。……二人の事を)
自分の気持ちの筈なのに、何も判らなくて、ついそんな事を考えてしまう。最早、一番に信じなくてはならない礎さえ、崩れてしまいそうだ。
何だか、迷子になってしまった幼子みたいだ。思わず涙が零れそうで、咄嗟に目を閉じて俯く。無心になろうとする私の中で、二人の言葉が響いて来る。
──積み重ねて来た努力が、無駄になるなんて事はあり得ないんだ。だから、これは当然の結果なんだよ。
──何言ってんのよ。当然じゃない。愛されてなきゃ、わざわざ時間作ってまでこんな事しないわよ。
脳裏に浮かぶ二人は、彼ららしい笑顔を浮かべていた。将泰さんは、大人らしく控えめで、優しげに。比美子は明るく、向日葵のように快活に。
あの時彼らは、どんな想いを抱いていたのだろう。心中に潜む、憎悪や殺意を仮面で隠して。さも、祝福するように、偽りの笑みを張り付けて。そうして、罠にかかる仲間達を“愚か”だと、密やかに嗤っていたのだろうか。理解出来ない。一体何が、彼らにそこまでさせてしまったのか。
様々な感情が胸中で渦巻き、冷静さはすっかり飛散してしまった。これではいけない。何とか落ち着こうと目を閉じた時、突然の大音響が耳を襲った。
「……ッ!? え………?」
驚いて振り返ると、兄が紫御の胸ぐらを掴み、壁に叩き付けていた。所謂壁ドン体制なのだが、周囲の空気がぴりぴりしていて、萌え要素の欠片も無い。
「ちょっと兄さん、何して……!?」
「白状しろよ」
兄を止めようと、私は慌てて二人の元へ駆け寄る。だが兄は私の方を一瞥する事無く、地を這うような声音でそう口にした。対して紫御は、澄まし顔で無言を決め込んでいる。
そんな彼の態度が気に食わなかったのか、兄は苛ついたように利き手に力を込め、更に言葉を吐き出した。
「聞こえないのか。とっとと白状しろっつってんだよ、このウソツキ野郎!」
「……何の事ですか?」
「とぼけんな! 人狼はてめぇだろ!? 生き残っているのはもう、俺らだけなんだからよ!!」
がん! と兄が壁を殴り付ける鈍い音が、室内に響く。今立っている角度からでは、その顔は見えないが、元々強面な兄だ。多分、般若も裸足で逃げ出すレベルだろう。
だがそれ以上に、兄が意図せずして口にした言葉が、私の横っ面を叩いた。生き残っているのは、私達だけ? なら、黎名ちゃんは………?
不意討ちでもたらされたその情報は、私の思考を停止させるには十分過ぎた。結果、私は完全に、二人を止めるタイミングを見失ってしまった。そんな私に構わず、兄の猛攻は続く。
「判ってんだろ……? 今回の事に関して、人狼は等々力家、……特に朱華に復讐心を向けているっつう事に。ならもう、決まりじゃねぇか! 人狼はてめぇだ!! 等々力家の後継ぎたる俺ら兄妹が、わざわざ一族を潰す理由はねぇんだからよ!!」
「それだけですか?」
「あぁ?」
「言いたい事は、それだけですか? まったく、何を言い出すかと思えば。……下らない」
そう口にしつつ、ぎろりと兄を睨み付ける紫御は、さながら蛇のよう。その視線は、少し離れた場所から見た私でさえ、恐怖に凍り付きそうになる。
そんな視線をまともに浴びた兄は、怯んだように紫御から距離を取る。けれども、紫御は逃がさないとばかりに右手を伸ばすと、がしりと兄の腕を掴む。
「大体、復讐云々の話なら明宣さん、あなたの方が心当たりあるでしょ? 僕ね、知ってるんですよ」
「は? 何をだよ」
「あなたが、朱華を疎ましく思っている事」
「……えっ?」
いきなり告げられた信じがたい言葉に、私は反射的に兄の顔を見る。……その瞳が帯びた光は、微かな動揺と焦燥を含んでいた。
兄さん? と呼びかけても、兄は答えない。その様子に、私は疑惑が徐々に膨れ上がるのを感じた。
そんな私達を尻目に、紫御は更に言葉を続ける。
「美津瑠さんや、将泰さんに散々愚痴ってましたよね?偶然、聞いちゃった事があって」
「はぁ? お前いつの間に……!?」
心外だ、とばかりに捲し立てていた兄が、急に口を抑えて言葉を切る。恐らく、己の失言に気付いたのだろう。紫御は、その様子を見て、ふ、と鼻で笑う。
「『朱華さえ、いなけりゃ』でしたっけ。妹の方が優秀だと父親に言われて、屈辱だったんでしょ? 今回は、良い機会ですよね? 人狼が朱華を始末してくれれば、邪魔者は消えるのだから!」
「紫御! てめぇ……!!」
兄は激昂したのか、紫御の襟首を更に強く締め上げる。流石にマズイと感じた私は、即座に二人に駆け寄ると、直ぐ様兄の腕を掴んだ。
「兄さん、それ以上は駄目!」
「止めんな朱華! こいつは人狼だ! 今のではっきり判った!! こいつ、俺を貶めようとしている!!」
「理由はどうあれ、暴力は駄目だよ! 兎に角、落ち着いて! こんな事したって何の意味も無いでしょ!?」
「放せ! 何で、こいつを庇う? まさか、こいつの言葉を信じるのか!? 俺が信じられないのか!!」
「そんな事、言っていないでしょ!!」
兄は、酷く乱暴に私の腕を振り払う。おまけに、とんでもない暴言をぶつけて来たので、私は思わず声を荒げてしまった。止めてくれ、被害妄想にも程がある。
「そうやって、すぐに暴走する悪癖止めてよ! 兄さんはいつもそうじゃない。もっと冷静にならなくちゃ……」
「黙れ! 妹の分際で、俺に口答えするな!!」
突然、左の頬に衝撃を受けて、勢いのままに床に転がる。そのまま呆然としていると、紫御が慌てた様子で抱き起こしてくれた。
そこでようやく、自分が殴られたのだと理解した。瞬間、じわじわと熱い痛みが頬全体に伝わる。それ自体は、大した事なかった。ただ、悲しくなった。
兄は、基本的に喧嘩っぱやいが、それでも、妹である私に手を上げた事は一度たりともなかったから。だからこそ、今のこの状況が、信じられないのだ。
「……にいさん、なんで。わたしはただ………」
「煩い! そもそも、このゲームに巻き込まれた原因は、お前だろうが朱華!!」
「明宣さん! そんな言い方は……!」
堪らず、といった様子で、紫御が兄に噛み付くが、兄は止まらず、口から唾を飛ばして、更に喚き散らす。
「事実だろうが! 大体こいつが、過去のトラブルにケジメを着けなかったから、今こんな事になってんだろ!! 自業自得で破滅するのは勝手だが、俺を巻き込むな! 兄を理由に、妹の尻拭いをさせられた、こっちの身にもなれってんだッ!! 迷惑なんだよ!!!」
それは恐らく、兄の本心なのだろう。私が生まれてからの二十年間、溜まりに溜まった不満や鬱憤が、ダムが放水するかの如く溢れているのだ。
その声や言葉は、瞬く間に私の心を貫き、痛みへと変える。いつの間にか、目の前の世界が滲んでいた。それに気付いた途端、自分が酷く情けなくなって、ごしりと目を袖で拭った。
そんな私の耳に、突如、怒号が飛び込む。
「ふざけるなッ!!」
驚いて顔を上げれば、眼前には、拳を勢い良く顔面に叩き込まれた、兄の姿があった。それが、紫御の拳だと気付いた時、私はその、信じがたい光景に瞠目した。
「“あの日”の事は、助けるどころか、傍観者に撤して潤水を見捨てた、僕達全員の責任でしょう!! 僕等に、朱華一人を責める資格は無い! そもそも、“あの日”に“誓い”を立てた時点で、僕等は全員共犯者になった筈だ!! 違いますか!?」
怒りに吊り上がった両目を開き、荒い呼吸を繰返しながら兄を見下ろす、紫御。怒りに顔を歪ませ、感情のままに怒鳴る彼を、私はただ呆然と見つめた。
紫御が、ここまで感情を荒げる様は、初めて見た。普段、温厚な人間は怒らせると恐いとは、良く言ったものだ。正直、通常時とのギャップが半端無い。
そんな彼の猛攻に、兄は分が悪いと思ったのだろう。ぱんぱんと、服に付いた埃を叩きながらゆっくり立ち上がり、そのまま一直線に進む。
私や紫御には目も呉れず、一気に出入口へ辿り付いた兄は、突然くるりとこちらを振り向く。そしてそのまま、紫御にビシリと人差し指を突き付けた。
「決めた。今夜、絶対てめぇに投票するからな。覚悟しとけよ、紫御」
噛んで吐き出すように宣言すると、兄は苛立たしげに部屋を出て行った。その、怒気を帯びた後ろ姿を、私も紫御もただ見送るしかなかった。
緊迫からようやく解放された私は、ほっと一息吐く。けれど、内心は未だ荒れ模様だ。それくらい私は、先程の二人の姿にショックを受けていたのだ。
程度差はあれど、私と彼等との付き合いは長かった。兄など、生まれた時からずっと一緒なのだ。知らぬ事等無いと、以前なら自負していた。
しかし、それは自惚れに過ぎなかった。何故なら、兄も紫御も仮面を被っていたのだから。今しがた見えたのは、ズレた表面からはみ出た“素顔”だ。
結局私は、彼らの事を理解してはいなかったのだと、思い知らされた。自分の不甲斐無さに溜め息を吐きつつ、私は傍らの人物に話しかける。
「……ごめんね、紫御。兄さんが、その………」
「大丈夫。僕は気にしていないから。朱華こそ、平気? 女の子だし、顔に痕、残らないと良いんだけど」
紫御は、私の謝罪に苦笑すると、心配そうに私の左頬に触れた。その、不意討ちな接触と近付くご尊顔に、瞬く間に顔面が熱くなる。
「……こッ、これくらいなら平気。後で保冷剤当てておくし。どうせ今から朝ご飯作りに行くしねッ!」
私は恥ずかしさのあまり、つい可愛げの無い言葉を返して、部屋を乱暴に出て来てしまう。ツンデレか、とは思うが許せ。何せ相手は、片思い十数年の大本命なのだから。
そんなつれない態度をしても、微笑みながら「手伝うよ」と言える紫御は、いつになく輝いて見える。あぁ、好きだなぁ。この笑顔と優しさに、私は心を奪われたんだ。
だからこそ、怖いのだ。この笑みが、この言葉が、本当は紛い物なのかも知れない事が。そして、その事を疑わなくてはならない事が。
しかし、私達の中に人狼が潜んでいる以上、私は、彼らに手を下さなければならない。そうしなければ、ゲームは終わらないのだから。
(……ねぇ、紫御。君は、人狼なの………?)
心に灯った疑問は、結局口にする前に胸中で消えた。馬鹿な事を、と思う。
仮に彼が人狼だとしても、その事を正直に口にするワケが無いだろうし、村人だったとしても、……その場合は兄が人狼という事になってしまう。どっちに転がっても、また一人、大切な人を失う結果は変わらないのだ。
真意を確かめる事の出来ない、空っぽな言葉に意味は無い。それを判り切った上でなお欲するのは、不安が拭い去れないからだ。
(……それでも、言って欲しいんだろうな。私は。……人狼である事を否定する、たった一言を)
そんな事を考えながら、私の数歩後ろを歩く紫御を想う。その近くて遠い、微妙な距離感は、今の私達の心の距離を表しているようだった。
「はぁ………」
人知れず吐いた溜め息が、広々とした空間に虚しく溶けて消える。もうこれで何度目だろうか。あまりにも女々しくて、自分でも呆れるレベルだ。
私は廊下の壁に寄りかかった。朝から色々あったせいか、酷く気疲れしてしまったようだ。働きの鈍った頭に、先程の紫御との会話が過る。
「……ごめん、朱華。僕、明宣さんに投票するよ。そうしないと僕が死ぬし、もし投票で票が割れたら、処刑がないまま、夜の襲撃で村人が殺される。だから……」
「ま、待って! 嘘でしょ!? それって……!」
ド直球な紫御の発言は、頭の中で捏ね繰り回していた推論を吹っ飛ばすには、十分過ぎる威力があった。朝食後、それぞれの部屋へ戻る道すがらの事である。
彼はたった今、兄に投票すると宣言した。そして兄もまた、紫御に投票するつもりでいるらしい。その意味に気付かぬほど、私は馬鹿ではない。
「私の一票で、勝敗が決まるって事じゃないの……!」
冗談じゃない。残る村人の命と、無残にも散っていった仲間達の想いを、私一人に背負わせるというのか。そんな大役、耐えられるわけがない!
「わ、私無理だよ。出来るわけないじゃん! 何か、何か他に方法が、……そ、そうだ黎名ちゃん!! 黎名ちゃんなら何か良い案を出してくれるかも!!」
「朱華、黎名ちゃんは……」
「こうしちゃいられないわ。早速、頼まなくちゃ! ねぇ紫御。今黎名ちゃんは──」
「朱華!!」
紫御は、私の両肩を掴んで怒鳴り付けると、無言でゆっくりと首を振る。まるで何かを耐えるような、沈痛な面持ちに気付いた瞬間、私は悟った。
かの少女は、もういない事を。そして。
私は、目の前の残酷な運命から逃れる事は、出来ないのだという事を。
瞬間、頭の中が真っ白に塗り潰されて行く。
「……兎に角、僕は決めたから。翠宣さんにも、はっきり宣言するよ」
それだけ言うと、紫御は足早に去って行く。
残された私はただ、迷子みたいに途方に暮れながら、その場にぼうっと突っ立っているしかなかった。
(……今思い出すと、なんつう体たらくなの………)
数十分前の自分の失態を思い出して、落胆する。確かに、あの時はパニクっていたし、何とか紫御に考え直して貰おうと躍起になっていた。
だからといって、重症の少女を引き摺り出そうとするなんて、非人道的だろう。昨夜の惨劇を最も間近で見ていた筈なのに。我ながら、なんと愚かな事か。
計り知れぬ罪悪感を抱えた私は今、黎名ちゃんの部屋の前まで来ていた。申し訳無さもあるが、本当に心配だったのも事実なのだ。
しかし、いざ扉の前に立ってみたものの──。
(……どうしよう………)
いざ扉の前に立ってみたものの、ドアノブを握る勇気が出ない。昨夜のあの光景が、先へ進む事を躊躇わせるのだろうか。心無しか、手が震えている気がする。
ふと脳裏を過るは、真っ白なシーツで覆われた、比美子と将泰さんだ。血の匂い漂う薄暗い部屋の中、二つ並んだベッドに横たえられた、二つの膨らみ──。
「うッ! ……くぅ………」
瞬間、何かが競り上がる感覚がして、その場でずるずると座り込み、素早く口を両手で押さえる。こんな所で、粗相をするのはごめんだ。
目の前の扉に身を預け、必死で嘔吐感を誤魔化した。いつの間にか頬を滑る涙は、生理的なものなのか、今の私には判る筈もなかった。
(取りあえず、部屋に戻ろう。こんな状態じゃ、現実に向き合う事も出来ないや……)
ぐらぐらと煮え立つような腹を抱えたまま、私は全身に無理矢理力を入れて、立ち上がる。不甲斐ない話だが、このままでは色々ぶちまけてしまいそうだ。
揺れる視界の中、私は壁づたいにそろそろと歩く。兎に角、横になりたかった。自室の窓を全開にして、空気を入れ替えれば、少しはリフレッシュ出来る筈。
身体を引き摺るようにして進み、やっとの思いでドアノブを握る。取り敢えず、少し休もう。それだけを考えながら、私は勢い良く扉を開けた。と、同時に、部屋の違和感に気付く。
「……え、何これ………?」
上質なチョコレートのように、艶やかなデスクに色を添える、青のブーケ。そして、それに寄り添うように座っている、白いテディベア。
花の方は、すぐに見当が付いた。名は、ワスレナグサ。“私を忘れないで”という花言葉の、可愛らしい小花だ。では、こっちのテディベアは?
恐る恐る持ち上げてみると、ゴツゴツと硬い感触がして、それなりに重い。背中には、銀色のネジが付いていて、明らかに普通のテディベアじゃない。
けれど何故か、私はこのテディベアに見覚えがあった。一体、どこで遭遇したのだろう。ふと、テディベアの足の裏に目をやると、そこに何かが書かれている。
(“May 16th”? て事はこれ、バースデーベア!? でも、5月16日生まれの知り合いなんて……?)
判らない事はいくつかあるが、それ以上に、ネジが気になって仕方ない。好奇心に背を押されるように、私はそのネジを摘まみ、キリキリと回した。
ネジが回り出した瞬間、静かな室内に旋律が解き放たれる。どうやらこのテディベア、オルゴールが内蔵されていたようだ。
機械仕掛けが織り成す、儚くも美しい音色。それら一つ一つが曲を紡ぎ、響かせる。さぞ心を打つであろうそれを耳にして、──私は愕然とした。
(……この曲、は、………)
名も知らぬ、けれど、まったく知らない曲ではない、その曲。
何十、何百回と、この曲を耳にして来た。しかし、あくまでも夢の中での事だった。タイトルが判らなくて、調べる事も出来なかった、得体の知れぬ曲。
(……まさか、直接聞ける時が来るなんて………)
五年間、私を心を捕らえていた曲が今、形を変えて私の元に訪れた。思いがけぬ邂逅に、私はちょっとした感動を味わっていた。
(……こうして聞くと、良い曲だなぁ。夢で聞いていた時は、こんな事思わなかったのに。……というか、何か、眠くなって来る………)
いつの間にか意識がぼんやりして、瞼が何と無く重たい気がする。取りあえず座ろうと思い、一歩踏み出そうとした私は、よろけて机に足をぶつけてしまった。
「痛ァ! ……やば。めっちゃ眠い。……疲れてるのかな………?」
負傷した足を擦りながら、私は力無く独りごちる。
思えばこの数日間、心休まる時など皆無に等しかった。日中は、常に互いの腹を探り合う心理戦状態だし、夜は、人狼の襲撃という恐怖に耐えねばならない。運良く朝を迎えられても、また地獄の一日が始まるだけ。
こんな極限状態が続けば、神経が擦り切れて行くのは当然か。多分、十分睡眠を摂っていたつもりでも、蓄積された疲労量に追い付けなかったのだろう。
そう思ったら、益々眠くなってしまった。朝食後で、満腹なのも要因だろう。ケータイで時間を確認すると、丁度八時半を告げたところだった。
「…………寝ちゃお」
ふらつく足でベッドに向かい、正面から思い切り倒れる。ケータイを放り出し、靴を乱雑に脱ぎ捨てると、勢いのまま布団に潜り込んだ。
幸せ、と思う間も無く、睡魔が襲って来る。
うわ、これは思った以上に疲れていたのかも。
気付けば、身体がどんどん怠く、重く………。
意識はやがて、蕩けたチーズのように、ふにゃふにゃになって行く。思ったより、限界だったようだ。
いつの間にか、身体がどんどん重く、だけど、気持ち良くもなって、そうして、私の意識は闇に吸い込まれて行ったのだった。
──良い曲でしょ? これ、私が初めて完璧に弾けるようになった曲なんだ!
──うわぁ! もしかしてこれ、バースデーベア? ありがとう!! すっごく嬉しい!!
──ふぁー!! 冷たーい!! 凄いね! まさかこんな所にこんな澄んだ池があるなんて……!
──……大丈夫。怪我の割に骨は無事だったの。……けど、もうピアノは弾けないだろうって………。
──小説大賞、応募してみようと思うんだ。だからこれ、読んで感想貰えないかな……?
──目障りなのよ、あんた
──……あんたが側にいると、自分が惨めになるの。
──あんたなんて嫌い! 大ッ嫌いよ!!
──だから、もう……
──死んじゃえッ!
──……お、落ちた? 嘘だろ!?
──いやぁッ! 潤水センパァイ!!
──香澄ちゃん! 見ちゃ駄目!!
──おいヤベェじゃん! どうすんだよッ!!
──きゅ、救急車。救急車を! 早く!!
──無理だ! あの高さから落ちて、生きていられるワケ無いだろ……ッ!!
──喧嘩している場合か! それより………。
──……おい、朱華!? どうした!?
私のせいじゃない。
あの子が、勝手に落ちただけだもの。
私は、悪くない。私じゃない。
悪いのは、あの子だ。
作品を返せなんて、馬鹿みたいに食い下がるから。
……返せ? 違う。あれは私の作品だ。
返す必要なんて無い。
盗作なんてしてない。知らない。……知らないッ!
──朱華? 聞いているか?
──明宣どうした?
──判らん。朱華の様子がおかしいんだ。
──朱華が?
──朱華? 大丈夫?
──朱華センパァイ?
──どうしたんだ朱華!? 取りあえず落ち着け!
潤水を追い詰めたのは、私じゃないッ!
違うッ! 全然違うッ!!
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う……ッ!!
「いやああああああああああああ!!」
「…………………………ッ!?」
目の前に広がる、白一色。ぼんやりと意識が浮上して行く中、それが見慣れた自室の天井だと理解するまで、さほど時間はかからなかった。
最悪の目覚めだった。身体が、熱くて怠い。しかも妙に汗っぽくて、気持ち悪い。いつの間にかオルゴールが止まっていたのか、室内は静寂に包まれていた。
「……怠ぅ………」
何だか、動くのも億劫なくらいに身体が重い。睡眠を摂った程度では足りないくらいに、疲れているのだろうか。
それに何故かとても、不安で不安で仕方無いのだ。
(……何と無く、すっごく嫌な夢見た気がするんだよな………)
(……でも、…………忘れたらいけない夢だった気もするんだよなぁ………)
がしがしと、乱雑に頭を掻きながら、私はぽつりと呟く。
何故、そんな事を思ったのかは、自分でも判らない。判らないけれど、……そう思ってしまうのだ。
「…………もう良いや。起きよう」
考える事を放棄した私は、時間を確認しようと、ケータイを手に取った。ディスプレイによると、時刻は既に午後一時過ぎだ。どんだけ寝てるんだ自分。
(取りあえず、何か食べなきゃダメだな。というか、兄さんも紫御もご飯どうしたんだろう………?)
二人の分も何か作った方が良いかな、と考えていた時、ケータイのランプがチカチカしている事に気付いた。どうやら、爆睡している間にメールが届いたらしい。
またジュンか、と警戒心MAXでマークをタップするが、杞憂だった。受信ボックスの先頭に記された従弟の名に、私は安堵してメールボックスを開いた。
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From:ユーガくん
Sub:昨日ぶり!!(*´-`*)ゞ
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昨日の内に返信出来なくてゴメン。(´。・д人)゙
寝オチしてました。(泣)
ていうかソッチめっちゃくちゃ楽しそう。
やっぱりムリしてでも行きたかったよ! ( ゚皿゚)ギー
この悔しさはもう、お土産という供物を収めないと治まりませんな!!
というわけで、この前頂いたとろふわぷりんを要求します!! 3コくらい!!!(y゚ロ゚)yクレ!!
楽しみに待ってるからねっ!!!
( `・ω・´)ノ ヨロシクー ( `・∀・´)ノ ネッ
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「一個千円近いプリン三個って鬼かあの子……」
メールを読み終えた私は、がっくりと肩を落とす。この前あげたのってあの店のか。あそこのは余所のとレベル違うんだぞ畜生……。
だが、可愛い従弟の為なら三千円くらい良い、……良いか! と思い直した。後で財布と相談しなければならないが。いくら社長令嬢とて、金を湯水の如く使えるわけではないのだ。
簡単に了承の意をしたためて、メールを飛ばす。これで、是が非でも帰らなければならなくなったな、と思った。
けれど、帰る理由が出来たのは良い事だ。何だかんだ言って、私はユーガ君に助けられているのだな、と思う。だって、彼のメールが無ければ、私は今頃感情に押し潰されてしまっていただろうから。
「…………メール、か」
送信が完了した旨を伝える画面を凝視したまま、私はぽつりと呟く。メールの、返信。たった今行ったばかりのそれが、何故か引っかかるのだ。
例えるならば、歯と歯の間に何かが挟まっているような、何とも言えぬ感覚。その正体が知りたくて、私は衝動のままにメールの履歴を辿っていた。
その答えは、あっさり見つかった。私は、探し求めた画面に映る文字の羅列を睨み付ける。それは滞在二日目、事件発生時に来たメールだった。
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From:香澄ちゃん
Sub:手紙は読んだみたいね。(^^)
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以後の連絡は、こちらでさせてもらうね。( ・∇・)
もちろん、このメールを書いているのは私ジュンであって、城崎香澄ではないよ。(⁰▿⁰)
質問をこのアドレス宛に送れば、きちんと返してあげるね♪(*^^*)
それと、ここから逃げようとしても無駄だよ。
だって、ここと向こう岸を繋ぐ吊り橋を壊しちゃったからね☆(^_^)v
それに、この辺りって霧が良く出るから、警察に連絡出来ても救助は望めないんじゃないかな?(;・ω・)
要するに、諦めろってことだね。\(^o^)/
それじゃ皆、頑張ってね。(*´3`)/⌒☆chu
一応言っておくけど、変な事は考えない方が身の為だよ。ルールが守れないなら、死んで貰うから。
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「……『質問をこのアドレス宛に送れば、きちんと返してあげるね』………」
これだ。このワンフレーズが、今の私の心に突き刺さったのだ。寧ろ何故、今の今まで気付かなかったのだろう。
だって、……だってこれは、重要な事だ。
(これって、こっちからアクションすれば答えてくれる、……って意味だよね………?)
流石に、ズバリ核心を突くような疑問は無理だろうが、ある程度の手がかりになりそうな事ならば、答えてくれるのではないだろうか?
それにもし、目ぼしい情報が手に入らなかったとしても、直接人狼サイドとやり取りするだけでも、意味があると思う。上手く行けば、人狼やGMの正体に気付けるかも知れない。
それなら善は急げ、とばかりに、私はベッドに座り直し、ケータイのメール作成画面を呼び出したところで、はたと気付く。さて、一体何を書けば良いのだろう?
(いや。聞きたい事なら山程あるのよ。あるんだけど、……何をどう、聞いたら良いのか………?)
要は、聞きたい事があり過ぎて、逆に何を聞くべきなのか判らないのだ。けれど、このままウンウン唸っていても何も進むわけもなく、私は覚悟を決める事にする。
「取りあえず当たり障りのない、簡潔な質問を……」
この数日で酷使した脳ミソに鞭打ちながら、指先を画面に滑らせる。そうして形作った酷く簡潔なそれに、私はじっくりと目を通した。
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To :香澄ちゃん
Sub:こんにちは
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朱華です。
このアドレスに質問を送れば、返信してくれるとの事ですが、本当ですか?
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読み返すと、本当にシンプルな文章だが、初手として申し分無い。と思う事にした。……いや、やっぱりカタ過ぎるかな? でも、……タメ口して殺されたりしたら。いやいやいや。
十数分ほど悩んだ末に、結局そのまま送る事に決めた。覚悟を決め、えいやっ、と送信ボタンをタップする。
瞬間、画面の端に流れた「送信中」の文字は、すぐに「送信完了しました」に変わった。
穴が空きそうなほどに、じっくりと画面を見つめていた私だが、送信完了を確認すると、ふぅ、と息を吐き、肩の力を抜いた。
送った……。送ってやったぞ……。
謎の達成感の中、私は内心でガッツポーズをとった。しかし、本当にちゃんと届くんだろうか?
そんな事を考えていた私は、僅か数十秒で返信を告げるメールの着信音に心臓を貫かれた。うら若き乙女としてあるまじき奇声が室内に響き渡る。
驚いたのと恥ずかしさに激しくなる鼓動を感じながら、私は手の中のケータイを凝視する。
……早くないか? もしかしてコイツ、暇なのか? それとも、常にスタンバイ状態でケータイとにらめっこしているのだろうか。……いや、今はそんな事はどうでもいい。
私は軽く深呼吸すると、メール画面を開く。画面上には、先刻は無かった“メール1件受信”の文字があった。その下に浮かぶアイコンを、私はタップした。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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やっとメールくれたんだね!ヽ(*´∀`)ノ
いつしてくれるのかな? ってずうっとワクワクしながら待っていたのに!! (*`ω´*)
まぁいいや。
堅っ苦しい事言葉使いはナシにして、これからもどんどん質問してね♪ (((o(*゚∀゚*)o)))
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私は、目の前の顔文字ゴテゴテのメールを見る。どうやらコイツ、……ジュンは、最後まで香澄ちゃんとして振る舞うつもりらしい。だが、問題ない。香澄ちゃん相手に送る感じで良いなら、寧ろ送りやすいというものだ。それよりも。
このメールにどう返信すべきか。考えなくては。
頭の中で、簡単に内容を纏めてから、私は文字を綴る。まるで、画面に刻み込むかのように、しっかりと打って行く。……これで、良いだろうか?
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To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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返事ありがとう。
思ったよりフツーに返事来たから、ちょっと拍子抜けしてる。もっとヤバイのとか来るのかと。
てか、ずっとワクワクしてたのか。なんかすまぬ。
もしかして、この数日誰もメールくれなかったのかな?
なら、確かにさみしいかも……。(--;)
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何度も練り直したそれを、先程同様に、じっくり確認する。言葉選びは大丈夫か。相手の地雷を踏んではいないか。それは最早、心理戦の域だった。
覚悟を決めて、私は二通目のメールを送る。そして程無く、次の返信が来た。私は素早くケータイを操作し、内容を確認した。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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お姉ちゃん警戒し過ぎ(笑)
フツーのメールには、フツーの返事するよ。( *´艸)
あ! あとメールは明宣お兄ちゃんが送ってくれてるから大丈夫デス!( ´∀` )b
ぼっちじゃない。( ´∀` )b
ゲームを開始してすぐくらいからやり取りしてるから、もうすっかりメル友だよね☆ ( ´∀` )b
さっすが明宣お兄ちゃん!
ずっとゴリラみたいだと思っててごめんね!
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「は? 兄さん?」
以外な人物の名前を目にした瞬間、思わず言葉を漏らしていた。
兄が、ジュンとメールのやり取りをしていた? それも、このゲームが開始されてから、ずっと?
これは、見過ごせない情報だ。だって、ゲーム開始時点というと、……恐らく、居間で見つかった手紙を、黎名ちゃんが読み上げた辺りくらいと考えていい筈だ。
あの時激昂していた兄は、どんな想いで、従妹の死の元凶にメールを送ったのだろう。
もしかしたら敵討ちか、あるいは、自らが生き残るためか。兎に角、少しでも情報を手に入れる為に、兄なりに足掻いたのかも知れない。
けれど同時に、あの精神年齢五歳児の兄がねぇ……とも思う。
一体兄は、何を聞き出したかったのか。その辺りも、確認してみる事にする。
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To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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ゴリラw
ゴリラに失礼だぞww
でも、あの兄さんがねぇ。基本考える事が5歳児だから、ちょっと意外。
一体、どんな事を質問をして来たの?
答えられる範囲で良いから教えて? (・ω・`人)
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取りあえず、あまり深入りしない程度の事を書いて、送信する。細かい部分については、その時その時で確認すれば良いや。
待つ事一分弱。着信音が、時計の針の音しかしない、静かな部屋に次の返信が来た事を告げた。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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お姉ちゃんも失礼だよwww
どんなって言っても、本当に色々な事だよ。
ゲームのルールの事とか。こっちの目的とか。
あとは、小説と現実のゲームとの関連性についてとか、処刑はどこで、どうやって実行するのかとか。そんな事かな。
でも、スッゴク細かい事まで聞くの。(^_^;)
だから、明宣お兄ちゃんは皆の中で一番ゲームのルールに詳しいと思うよ。(*´ω`*)
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「兄さんが、まともな事を聞いている……!?」
思わぬ事実に衝撃が走るが、それどころではない。
ジュンにこう言わせるほどという事は、兄は本当に、このゲームについて詳しかった。そうなるくらい、ジュンに質問していたという事だ。
なのに、それを誰にも悟らせず、得た情報を自分だけで独占し続けたのはきっと、誰の事も信用すべきではないと、早い段階から気付いていたからだ。
事実、この五日間で、仲間だった筈の私達の絆は、容易く崩壊した。もしかしたら兄は、そうなる事を予測していたのかも知れない。最終的に信用出来るのは、己しかいないのだと。
そう言えば、先程から兄の話しか出て来ていないが、他の人はジュンに質問していないのだろうか。次は、そこを聞いてみる事にする。
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To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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つまり、兄さんは私や、他の皆が知らないゲームのルールを把握していたって事?
ちなみに、他にあなたに質問メールを寄越して来た人はいるの?
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簡単に文章を纏めて送信。返事を待つ。程無くして届いた返信に、私はすぐに目を通した。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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そうだなぁ。わりとそれなりにはメール来たよ。
相田先生とか、紫御さんとか、唯さんとか。そのくらい。
まぁ皆、1・2回しかメールしてくれなかったからね。
明宣お兄ちゃんだけが、心の友!! d=(^o^)=b
だからね。
お兄ちゃんにだけ、とっておきの事教えちゃったんだ☆
( *´艸)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……とっておきの事?」
何か、凄い言葉が出て来ちゃったんですけど。マジで何?
めちゃくちゃ重要な事なんじゃないのこれ?
何で兄さん誰にも話してないの?
私達の事、そんなに信じてなかったの?
言いたい事は色々あったが、取りあえず、置いておこう。詳しい事は、生き残ってから兄に問い質せば良い。その為にも、今は情報収集に勤しまなくては。
私は急いで、次の質問をメールに叩き込んだ。
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To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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とっておきの事、って何?
それは他の、メールを送った皆には伝えてないの?
私や、他の誰にも伝えられない事?
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「……聞くだけなら、タダだよね?」
恐らく、教えて貰えないだろうなぁ、とは思うが、駄目元で聞いてみる。もしかしたら、気まぐれで答えてくれるかも知れないし。
返信次第だな、と考えて、メールを送る。何だか喉が渇いて来たな……。
次の返信が来たら、一度お茶でも淹れて来よう。そう思っていると、ケータイの着信音が鳴った。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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それはナイショだよぉ☆( *´艸)
私と、お兄ちゃんだけの、ヒ・ミ・ツ☆ なんだから。(σ≧▽≦)σキャッ
どうしても知りたいなら、お姉ちゃんも何か質問してよ。
せっかくの救済措置のつもりなのに、ホントに皆利用しないんだもん!(*´;ェ;`*)
何で使ってくれないの!?(*´;ェ;`*)
泣くよ!? (*´;ェ;`*)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「泣かしてもうた……」
文面が完全に香澄ちゃんのため、何だか申し訳なくなる。しかし、良く考えてみると、実際にメールを送れるのは、現時点で生存している人間だけだ。
つまり、このメールの送り主は、紫御か兄のどちらかという事になる。なってしまうのだが。
「どっちが送っていたとしても、身震いするな……」
兄は言わずもがなだが、紫御ならまだ、……いややっぱり微妙だわ。すまんな紫御。いくら好きな人でも限度があるわ。
取りあえず、一度台所に行って、お茶でも持って来よう。マグカップにティーパックの紅茶とお湯を入れ、待つ事一分半。その間に戸棚からビスケットを見つけたので、頂いて行く事にする。
部屋に戻り、お茶を啜りながら、聞きたい事をいくつかピックアップして文章に纏め、ケータイに打ち込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Oh …。なんかすまぬ。(・・;) ならば遠慮なく。
1.今回のゲームは、周潤水の仇討ちなの?
2.今回の事件が“ユダの箱庭”、いや。“芳香と咆哮”をなぞらえているのは、それが私に効果的に復讐出来ると考えたからなの?
3.にも関わらず、ここにいる人間の数と“芳香と咆哮”の登場人物名が、合わないのは、どういう事なの?
4.処刑についてはこちらで何とかする、と手紙にあったけど、具体的にどのようにして行われたの?
以上。こんなものかな。
いくつか、兄さんからの質問とカブっているものもあるかも知れないけど、確認の意味も兼ねているから。
よろしくね。(_ _)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これで良い、と思い、送信する。
一息吐こうとビスケットを齧り、お茶を一口。束の間の休憩で心を癒やしていると、次の返信メールが届いた。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おお! 怒涛の猛攻!(;゚д゚) 流石お姉ちゃん!!
では、一個ずつお答えしましょうー! (*゜ー゜)ゞ⌒☆
1→ようやく気付いたんだ。鈍いね。周潤水は、私達にとって大切な、大事な存在なの。だから、彼女を奪った皆なんて、死んでしまえと思っているの。
2→ざっつらいと。
どうせなら、周潤水の手がけた物で、見立て殺人を演じようかな、と思ってね☆
本格ミステリみたいでワクワクするでしょ? (*^^*)
3→それは、一人で複数の役を演じている人がいるからだよ。誰なのかは秘密♪ 自分の力で見つけてみてね♪
ま、生きているとは限らないけれど。(⌒‐⌒)
4→実はね、丸太小屋には処刑人がいるの。夜になると、斧を振り下ろして、処刑を執行するのよ☆
こんなものかな? それじゃ、頑張ってね♪ (*ゝω・*)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「処刑人……やっぱりいたんだ………」
ずっと、いるかも知れないと疑っていたその存在の肯定は、確信と同時に、新たな疑問へと直結する。
処刑はずっと、丸太小屋で行なわれると考えていた。何故なら、最多数票を得た処刑候補者は、そのまま丸太小屋に連行されていたからだ。
ならば“処刑が行なわれる時間、処刑人は丸太小屋にいる”という前提が成立しなければならない。
その条件下がある中で、確認すべき事は何だろう。私は頭を働かせ、更に質問を捻り出し、メールを綴った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ありがとう。把握。それと、追加で。
5.複数の役を演じている、と書かれていたけど、この場合の“役職”には、処刑人も含まれているの?
あるいは、裏切り者の時のように、ゲーム上では村人として扱われるのかしら?
6.処刑の執行時間は、人狼の襲撃時間帯のような、具体的に何時から何時までと決まっているの?
以上。ご回答お願いネ! _(._.)_
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
兎に角、処刑人についての情報を得る必要があった。書き終えたメールを見直すと、意を決して送信する。
残り一枚になってしまったビスケットを咥えた瞬間、返信が来た。もごもごと口を動かしながらも、私はすぐにケータイに飛び付く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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おーけーおーけーお答えします!(*゜ー゜)ゞ⌒☆
5→処刑人は、あくまでも“役割”だよ。
ゲーム上は村人として扱われる、裏切り者と同じだと考えて良いヨ。^^
6→処刑の執行時間は、特に決まってないヨ。強いて言うなら、午前零時以降の数十分間、だね。
ぶっちゃけると、処刑は丸太小屋で行われるから、細かな時間設定は必要ないんだよ。
昨晩は、別だけどね。^^
以上でーす!(*ゝω・*)
これを元に、頑張って推理してみてねー♪(*´ω`*)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
更にもたらされた処刑人に関するルールを読みつつ、私は考える。
やはり、犯行現場は丸太小屋で間違い無いらしい。ならば凶器もまた、小屋内の物を使用したと考えて良いのだろう。
「取りあえず、質問はこれくらいで良いかな。……いや」
そこで私は熟考する。実は一つだけ、どうしても聞きたい事があった。けれど、それを聞いたら、ジュンは激怒する可能性が高かった。もし怒らせてしまったら、相手が何をして来るか判らない。最悪、“裁判”前に奇襲でもされたら。
人狼ゲームに則って行動している以上、そんな暴挙に出るとは思えないが、人間、理性を失ったらただの獣だ。下手すれば、想像の範疇を軽く超えるような事だって、やって退ける危険は拭い去れないのだから。
けれど、聞かないわけにはいかない。だってそれは、私達がこのゲームに巻き込まれた根本に関する事だからだ。例え、ジュンが暴走する危険性を孕んでいたとしても、やはり、無視する事は出来ないと思った。
「……よし!」
腹を括った私は、素早く、だけど慎重に文章を纏めて打ち込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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なるほどね。判った。ありがとう。
それと、もう一つ聞かせて。
あなた達は何故こんな、人狼ゲームなんてまどろっこしい手段を復讐に使ったの?
殺すだけなら、他にも効率的なやり方はいくらでもあるだろうに。何故わざわざ、不確実なやり方を選んだの?
本当に『周潤水の手がけた物で復讐したかった』という、ただそれだけの事でしかないの?
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「怒らせるかな? やっぱり」
けれど、避けては通れない内容の筈だ。私は、清水の舞台から飛び降りる思いで、メールを送信する。気を揉む事数十秒、着信音がメール受信を知らせて来た。
大丈夫。どんな内容だとしても、きちんと受け止めるんだ。覚悟を決めて、私はジュンからの返信内容に目を通す──。
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From:香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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ただそれだけ? よくも、そんな事が言えるね。
事故の後遺症で、夢だったピアニストの道を諦めて。
それでも小説家という新たな夢を目指した中、やっとの事で書き上げた作品を奪われて。
あろう事か他人の作品として発表されて絶賛されて。
「それは、自分の物だ」と正しい主張をしただけなのに。
周囲は歪んだ正義感を振り翳してあの人を追い詰め、孤立させ、死へと追いやった。
家柄との違いを物ともせず、己の実力で周囲の信頼を勝ち取って来たのに、それらはすべて崩れ去ったの。
全部、あんたのせいよ。
だから私達は、復讐する事にしたの。
周潤水の作り上げた世界の中で、互いを疑わせ、裏切られる事の恐怖と絶望を味わわせた上で、死を与える。
かつて、友人だった筈のあの人を見捨てたんだもの。当然の報いだよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そのメールを読み終えた私は、頭が真っ白になった。過去の経緯については、ある程度耳にしていたとは言え、流石にショックだった。
私が周潤水にした事は、想像以上に酷かった。当時の自分達が、彼女の事情を知っていたかどうかは定かではないが、それを引いても悪質な事に変わりない。
だがもう、謝って済む問題ではない。そんな段階は、とうに越えている。そもそも、当時の記憶の無い今の私が謝罪したところで、何の意味も有りはしないだろう。
……それでも、謝りたいと思うのは、偽善なのだろうか。だが、自身の非を知ってなお、知らないフリをして済ませてしまうのは、性分ではない。
そう考えた後、私はケータイを持ち直し、文章を打ち始める。時々長考しつつも、何とか練り上げたそれを、一思いに送信した。
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To :香澄ちゃん
Sub:Re:こんにちは
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申し訳、ありませんでした。
正直、私のした事は許される事じゃないし、復讐されて当然だと思っている。因果応報だね。
実を言うと、“あの日”起きた事について、私は覚えていないの。でも、そんなものは関係無い。記憶が消えたからって、私の罪が無かった事になるわけじゃない。
当時の事を覚えていない、今の私の言葉はあなたに届かないかも知れない。それでも、一言だけ。
どうか、私の事は許さないで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
送信の完了を見届けても、私の心は晴れなかった。本当に、こんな返信をして良かったのか。もっと、何か言うべきではないのか。不安ばかりが募る。
だが、私がどんなに言葉を重ねたところで、ジュンに届くとも思えなかった。現に、矢継ぎ早に鳴っていた筈の着信音が、ぴたりと止んでしまっている。
明確な拒絶だ。何も話す事は無い、という意思表示。取り付く島も無い。判っていた筈だが、やはり落ち込む。それだけ、許されざる事をしたという事なのだ。
(……このゲーム、勝つ意味はあるのかな)
気付けば、そんな事を考えていた。だって、この事件のそもそもの発端は、私達にあるのだ。そう思うと、今の状況はある意味自業自得と言えた。
いくら正しい手段ではないとは言え、大切な人を奪われた彼らの気持ちを考えれば、当然の行いだ。加害者である私達に、それを糾弾する資格などない。
それに、もう何もかもが遅過ぎた。既に多くの仲間が死に、絶対だと思われた絆は壊れてしまった。今更、元の関係に戻れるわけがない。
だから、例えここで生きて帰る事が出来ても、その先の未来に、明るいヴィジョンがあるとは、到底思えない。私達は、この咎を一生背負って生きて行くのだ。
(ならばいっそ、ジュン達の望むように、復讐を果たさせてあげるべきなのかも知れない。けれど……)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
From:ユーガくん
Sub:昨日ぶり!!(*´-`*)ゞ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨日の内に返信出来なくてゴメン。(´。・д人)゙
寝オチしてました。(泣)
ていうかソッチめっちゃくちゃ楽しそう。
やっぱりムリしてでも行きたかったよ! ( ゚皿゚)ギー
この悔しさはもう、お土産という供物を収めないと治まりませんな!!
というわけで、この前頂いたとろふわぷりんを要求します!! 3コくらい!!!(y゚ロ゚)yクレ!!
楽しみに待ってるからねっ!!!
( `・ω・´)ノ ヨロシクー ( `・∀・´)ノ ネッ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……私にも、負けられない理由があるんだ………!」
数十分前に来た従弟のメールが、私の心を奮い立たせる。
そうだ。こんな私でも、待ってくれている人がいる。だからまだ、死ぬわけには行かない。……あの子の為にも、帰らなくちゃいけないんだ!
絶対に、生き延びる。今朝、そう決めたじゃないか。強くなれ。何があっても、自分を見失っては駄目だ。そう言い聞かせて、私はゆっくりと立ち上がる。
その時ふと、妙案を思い付いた。私は勢いのままにケータイを掴むと、素早く文字を叩き込む。この時ジュンからの返信は、まだ無かった。
だが今は、待っている時間さえも惜しい。私は、打ち込まれた文章をざっ、と見直し、出来映えを確認すると、それを送信した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
To :香澄ちゃん
Sub:提案なんだけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今回の投票は話し合いナシ、つまり、九時の投票のみの一発勝負にするのはどうかな。
兄さんは紫御に。紫御は兄さんに。それぞれ投票すると言っていたの。
なら、わざわざ話し合う必要は無いと思うんだよね。
最終的に勝敗を決めるのは、私の一票なんだもの。
どうかな?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ッシャァオラ! やってやんよォ!!」
私は、気合いを入れるべく両頬を叩く。
今は、過去の罪に打ちひしがれている場合じゃない。罪を償うのは、ここを生きて脱出してからだ。
その為にも、このゲームに勝つ。そして、勝つ為には、先程までのやり取りで得た情報を元に、真実に辿りつかなければならない。
私は、カバンからメモを取り出した。瞬間、ぐごごご……と地鳴りのような音で、腹が悲痛そうに訴える。そう言えば今まで、紅茶とビスケットくらいしか口にしていなかったな……。
腹が減っては戦は出来ぬ。というわけで、まずはエネルギー補給が先だ。それから……。
あれこれ考えながら、私は台所へ向かった。
食料漁りから戻った数十分後、気付いたらジュンからの返事が届いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
From:香澄ちゃん
Sub:Re:提案なんだけど。
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お姉ちゃんがそうしたいなら、それでもイイよ。(^^)d
その感じだと、明宣お兄ちゃんも紫御さんも、変えるつもりは無いんでしょ?
じゃあ、最終投票はぶっつけ本番、一発勝負にしよう!
投票は、いつも通り九時だから、それに間に合うように食堂に来てね。(*゜ー゜)ゞ⌒☆
お兄ちゃんと紫御さんには、こっちからメールで伝えておくね。(*^O^*)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうやら、ジュンは私の提案を受け入れてくれたようだ。これで、考える時間がぐっと増えた。
「じゃ、こっちも始めますか! ……っと」
素早く了解の返信をしてから、私は、背中と手に装備していた荷物を床に下ろす。袋が変形する程に物が詰まったそれは、見た目に違わず、結構な重さだった。
開けてみれば出るわ出るわ。様々なラベル付きの缶詰や箱に、カレーやスープのレトルトパウチ。その他の雑貨が詰め込まれたそれ、非常袋は宝の山だった。
(しっかし、まさか非常袋なんて利用する日が来るとはねぇ。まぁ、今もある意味“非常時”だし、良いかぁ)
それに、これなら今日一日は持つだろう。と、一人でニンマリ笑うと、私は隣に置いた2lのペットボトル入りミネラルウォーターを開け、そのまま一気に呷る。
「……ぷッはぁ~~~~~~~~~! 生き返るゥ!!」
ラッパ飲みなんてお嬢様にあるまじき行為、普段なら絶対に出来ない事だ。口元を手の甲で拭いながら湧き上がる背徳感と高揚感にゾクゾクした。
私は、そのままデスクの椅子に座ると、側に非常袋、デスクにはペットボトルとメモ帳、黎名ちゃんの手帳を設置した。準備完了だ。
非常袋から引き摺り出したチョコレートバーを咥え、ペンを取る。そしてメモ帳を開き、先程までのジュンとのやり取りで手にした情報を書き殴った。
続いて、傍らの黎名ちゃんの手帳を手に取り、熟読する。些細なものまで細かく得られた情報や、彼女なりの考察の書き込まれたそれは、大変重要な手掛かりだった。
これらと自分の得た情報を照らし合わせつつ、私はメモを書き付けて行く。そうしていると、何だか黎名ちゃんの声が聞こえてきそうで、泣きそうになった。
雑ながらも、何とか纏めたメモを前に、私はじっくりと考える。これらの事から何が読み取れるのか。今までに得た事実との矛盾は無いのか。諸々を。
(……結局、兄さんにだけ話したって言う“とっておきの事”が何か聞きそびれちゃったなぁ………。今からメールしてみるか? ……いや。まずは、今提示されている情報を纏めてから考えるか………)
チョコレートバーを食べ切った私は、再び非常袋の中を漁る。程無くして掴んだ乾パンの缶を開くと、一つ摘まんで口に放り込んだ。
バリバリ、と頭に響く咀嚼音をBGMに、私はペンを走らせる。こういう時、一口サイズの食べ物は良い。メモ帳にカス等飛んだら、集中力が散漫になってしまうから。
乾パンを食べ切ったら、また次の食料に手を出し、時々ミネラルウォーターで水分を摂る。そうやってエネルギー補給をしつつ、私は情報を整理して行った。
途中、御手洗いに行く時もあったが、それ以外はほとんどデスクに齧り付いていた。兎に角、時間が惜しい。だから、一分一秒足りとも無駄にはしたくなかった。
この数日に起こった事件の様相、今日までの話し合いの内容、何とか集めた手掛かり。それら全てを記憶から引き出し、メモ上でパズルの如く組み立てて行く。
メモ紙は、瞬く間に真っ黒になり、それが一枚、また一枚と数を増やす。どんどん乱雑になる文字は、若干読みにくくもあったが気にしている余裕もなかった。
室内には、飲食時を覗けば、ガリガリとペンが紙に文字を刻み込む音だけが響く。もう、時間の感覚はなくなっていた。ただただ、“真実”に辿り付きたかった。
書いて、書いて書いて書いて、書きまくった。例えどんなに些細な事でも構わなかった。兎に角覚えている事、思い付く事は何でも書き込んでいった。
ふと、ペンを置いて顔を上げれば、いつの間にか淡いオレンジに包まれていた。窓から注がれる夕日影の美しさに、思わずほぅ……と息が漏れた。
(せっかくだから、目に焼き付けておこうかな。最悪、これが人生最後の夕景色になるかもだし、ね……)
強く、鮮やかな色彩が世界を焼いて行く。
思えば、こんなにも美しい夕焼けを見たのは、初めてかも知れない。実に、感慨無量だった。
だが、こうしている間にも、時間は徒に過ぎて行く。もう少しこの夕景色を見ていたい、という気持ちを押し込め、私は再びペンを握った。
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