上 下
316 / 340

留守番していたアバドン

しおりを挟む
 出来立てのハム!?

 勢いよく首を回して、白い半球体と化している一角に目を向ける。結界のすぐ側まで来たアバドンが、白い煙の中からぬッと出て来た。だが、結界を壊すこともなく、結界の側で立ち止まっていた。結界を壊して出て来ると思っていたが、壊す気配は見えない。手には相変わらずトングを持っている。そんなアバドンは俺を見て笑顔を向けた後、視線を俺から少しずらした。その顔は一瞬にして真顔に変わる。どうした?

 アバドンの視線の先に顔を向けると、そこにいたのはズィーリオスしかいない。ズィーリオスの顔も真顔で、その視線はアバドンを向いていた。お互いを合わせているが、どちらも真顔なのが面白い。ズィーリオスとアバドンの顔を交互に見ながら、微動だにしない2人に困り一度ユヴェーレンに顔を向ける。ユヴェーレンにもアバドンの声が聞こえていたはずなので反応したのだろうが、このよく分からない空気にユヴェーレンの表情が抜け落ちていた。すると、俺の視線に気付いたようでユヴェーレンと目が合う。



『ハムが出来たって・・・』



 何を言えば良いか分からず、取り敢えず頭に浮かんだことを伝える。



『・・・ええ。らしいわねぇ』



 ユヴェーレンもなんと言えば良いか分からなかったようだ。当人のアバドンが説明しないとどうしようもない。



『いやいや!そんなことはどうでも良いだろうっ!?今はそんな話をしているところではない!!』



 突如脳内で響いた大声に顔を顰める。咄嗟に両耳を塞いだが、念話だと意味はないことに気付き腕を下ろした。続けて世界樹がテンション高くツッコミを入れる。



『そもそも先ほどからそこの悪魔は何をしているのだ!?』



 世界樹は話を聞いていなかったのか?ハムを作っていると言っていたではないか。念話だから耳が遠いという現象は起きないはずだが・・・。世界樹にも難聴という症状が出ることがあるのか?先ほど状態異常の解除はしても、難聴とかは状態異常には扱われないのか・・・。



『おい!そこの人間!今、物凄く失礼なことを考えていただろう!?』
「・・・気のせいだ」
『その間は何だ!?』



 めんどくさいなこの人。あ、人じゃないや。



『あ、今めんどくさいって顔をしたな!?』



 何だよ本当にこの木。やれやれ。首を左右に振って溜息を吐くと、さらにぎゃんぎゃんと騒ぐ声が脳内に響く。



『結界を解除してやらないのか?』



 逸らした顔をズィーリオスに向け、俺はチラリとアバドンを確認する。アバドンの手の位置が先ほどよりも腰のあたりまで下がっており、相変わらず無表情でズィーリオスを見ていた。2人の間で一体どんな念話が繰り広げられているんだ?本当に無言の可能性もあるけど。



『なんか、結界を解除するのが癪なんだよなー』



 ズィーリオスが心底ダルそうに答えた。



『それに、自力で出て来れるくせに出て来ないってのもウザイ』



 ・・・ただいまのズィーリオスはご機嫌斜めのようだ。ハムが嫌いなのだろうか?



「ハム嫌い?」



 ただ疑問を聞いただけなのに、返答はなく、ズィーリオスが溜息を吐いてアバドンから視線を逸らした。え、酷い。やっぱりズィーリオスは今機嫌が悪いに違いない!先ほどはそうでもなかったのに・・・。これはアバドンのせいだな。



『アバドン!さっさと自分で出て来いよ!』



 だから、つい非難めいた声音になってしまったのは仕方ない。だが、アバドンは俺の言葉を字面のまま受け取ったらしい。なんともなさげに状況を説明しだした。



『いや、結界を壊したいのはやまやまなんだが、そうすると結界の・・・。まあ、いいや。分かった』



 ・・・マジでアバドンは何がしたかったんだろう?何かを言おうとしていたが、何故か取りやめて結界を自力で出て来ることにしたようだった。結界の側を離れて再び白い煙の中へ姿が消えていく。後片付けでもいているのか?終わったら勝手に出て来るだろう。

 アバドンに向けていた顔をユヴェーレンの方角に戻す。さて、なんの話をしていたんだっけ?



『なあ、闇の王の契約者は私の扱いが酷くないか?世界樹ぞ?世界樹と話しができる人は、エルフの巫女と呼ばれる者だけで、とても名誉なことなのに淡泊過ぎやしないか!?』




 なんともまあ、お喋りな木である。そんなにお喋りが大好きなら、巫女の人はとても大変だろうな・・・。遠い目をして、長話に付き合う巫女の苦労に同情していると、ズィーリオスが欠伸混じりに話を変えて来た。



『もう十分元気になったようだし、俺たちもそろそろ行かないか?』
「そうだな」



 ズィーリオスはきちんと空気を読んでくれたな。ズィーリオスにもスルーされた世界樹が「なっ、なっ、なっ!」しか言わないボットと化したが、俺たちが去った後には元通りになっていることだろう。

 周囲の気配を探ってみると、エルフの国がある方角から複数の人の気配がこちらに向かっているのが分かった。距離があるためすぐには到着しないが、世界樹のすぐ側でアバドンが燻製をしていたことだけはバレてはいけない。ただの感だが、こちらに向かっている一行の中にあの王子がいる気がするのだ。




「そういう訳だから俺たちは行く。ここにエルフが来るだろうけど、アバドンの正体については黙っておいてくれよ?」
『・・・・何なのだ、全く・・・。そんなことは分かっておる。この地の者達に悪魔の存在を知らせたところで混乱を引き起こすだけだ』




 世界樹に向かって告げると、溜息を吐きながらも了承の返事が返って来た。これで、エルフたちにアバドンのことがバレる可能性はなくなった。そして、タイミングよく結界が割れる音が響き渡る。


 立ち上がりながら振り返ると、白い煙が半球の形を失いながら広がって行った。発生源が片付けられたおかげで、白い煙は広がる度に薄く消えていく。後は風が拡散していってくれることだろう。首をズィーリオスに向けようとした時、アバドンが思い出したという声を上げた。

 まだ何かあるだろうか?アバドンに振り返ると、丁度次元収納から何かを取り出したところであった。



「これ。お前らがいない間に見つけたんだけど」



 そう言って見せられた物は、まるでお香の入れ物のようであった。見たことはないなー。使用目的が分からない。



『それ・・・!?』



 しかし、そのお香を見た途端、ズィーリオスが驚愕の声を上げた。ズィーリオスは何かを知っているようだ。森の中に不釣り合いなお香は、明らかに人工物である。エルフたちが使っているものだろうか?



『以前、ハーデル王国の王城の敷地内で見たことがある』
「ッ!?」



 ハーデル王国の王城だと!?そんな高価なものが何故ここに?



『その時、リュゼの弟が“人払いの香”だと言っていた。裏社会では極々一般的で簡単に手に入る代物だと。特に、裏ギルドが連中が良く使う道具らしい・・・』



 裏ギルド。

 ここでその名が出て来るか。ユヴェーレンに牽制して出て来ないようにしたというのに。これでは、裏ギルドの可能性が一段と増したじゃないか。本当に裏ギルドなのだろうか。こんな遠くまで勢力を展開しているなんて考えてもいなかった。世界樹にまで手を出していたなんて。



「他にもあるぞ?森にあるのは違和感があったからな。一応回収しておいた」



 そう言ってアバドンが見せて来たのは、太さが5センチメートルほどもあるCの形の腕輪だった。厚さは1センチメートルもないぐらいであるが、金属で出来ており、とても存在感がある。更に、腕輪にはこれ見よがしに罅の入った魔石が埋め込まれており、これが使用済みの魔道具であることが分かったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

使えないと思った僕のバフはパッシブでした。パーティーを追い出されたけど呪いの魔導士と内密にペアを組んでます

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》一年間いたパーティーを役に立たないからと追い出されたマルリード。最初から持っている『バフ』の魔法が使えず、後付け魔法にお金をつぎ込んだばかりだった。しょんぼりとするマルリードだが、その後付け魔法で使えるようになった『鑑定』で、自分のステータスを見てみると驚きのステータスが表示された。  レベルと釣り合わない凄いHPや魔法のレベル。どうやらバフはパッシブだったようだ。このバフは、ステータスを底上げするだけではなく、魔法のレベルまで上げていた! それならと後付けで錬金も取得する事に。  それがマルリードの人生を大きく変える事になる――。

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

処理中です...