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7話 弟
しおりを挟む成人の儀を受けてから数年の月日が流れ、22歳になった私はとっくに結婚をあきらめて、スリンドン子爵家の家政をこなすことに専念し、いそがしい毎日を送っていた。
「それではお願いね」
「はい、お嬢様。 お任せ下さい」
雑用をさせるための小間使いを、新たに雇い入れる話を老齢の執事とちょうど話し終えたときに… 乳母と手をつないだ弟のティエリーがやって来た。
「おねえさま! お馬…! お馬に… あいにいこう!」
弟のティエリーは乳母の手を放して私にかけより… 私のドレスを可愛い手でつかむとギュッ… としがみついてくる。
「ふふふっ… まぁ、ティエリー! 今はお昼寝の時間でしょう?」
「お馬にあいたいの! お馬!」
「もう仕方ないわね…!」
かわいいわ! 本当にティエリーはかわいい! この子の顔を見るだけで、仕事の疲れが吹き飛ぶわ!
「申し訳ありません… ティエリー坊っちゃまがどうしても、マリオンお嬢様と馬を見たいと、おっしゃられて…」
ティエリーの乳母が申し訳なさそうに謝るが… むしろ私は弟に会えたことが嬉しかった。
「良いのよ。 ローザ様に見つからなければ、私は気にしないから…」
継母は私がティエリーをかわいがると、嫌な顔をするから。
継母のローザ様とは価値観が合わず、私は彼女に嫌われている。 だから私に自分の息子ティエリーが懐くのが嫌なのだ。
たぶんローザ様はお父様だけでなく、息子のティエリーも自分の味方であってほしいのだろう。
贅沢が大好きなローザ様は『旦那様のために私はつねに、美しくないと』 …と言いながら、ドレスやアクセサリーを買いあさったり……
『こんな古臭い家具ばかりでは、息子の芸術的センスが悪くなってしまう』 …とその場の思いつきで、屋敷内の家具や美術品を買い替え、改築までしようとする。
だから、スリンドン子爵家の家政をにぎる私は『いくらお金があっても足りないわ』 …と片っぱしからローザ様が注文したものをキャンセルしていた。
それでいつも、ローザ様と言い争いになるのだ。
いくらローザ様の贅沢を私が阻止しようとしても… 結局、最後にローザ様はお父様に泣きついて、贅沢品を手に入れてしまうけれど。
「今から私もティエリーと厩舎に馬を見にゆくけど… このことはローザ様に黙っていてくれる?」
「はい、お嬢様… そのほうがよろしいでしょう」
ティエリーの乳母はこころよく私の頼みを受けいれてくれた。
「ありがとう」
ローザ様には嫌われているけれど、使用人には好かれているから… こんな時はみんな私の味方をしてくれて、ありがたいわ。
私の足にしがみつくティエリーを見下ろし、やわらかい髪をなでながらたずねた。
「ねぇティエリー? お馬を見たら、お昼寝をすると約束する? お姉様と約束できたらお馬を見につれて行ってあげる」
「する! やくそくする!」
「ふふふっ… ティエリーは良い子ね」
弟と乳母と3人で厩舎に馬を見に行き、つかの間の穏やかな時間をすごした。
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