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8話 馬車の中で
しおりを挟む祖父がいなくなったガーメロウ邸へむかう馬車の中で、向かいがわに座る不機嫌そうな護衛騎士の顔を、アデルはホッ… とため息をつき、ながめた。
「……」
あいかわらず、口が悪くて意地悪だけど… やっぱりクロヴィスは優しい人だわ。
クロヴィスがそばにいるだけで… 少し前までグチャグチャだった心が、不思議なほど整理されて癒されてゆく。
「旦那様のことは本当に残念だったな…」
チラリッ… と視線をあげて、クロヴィスはアデルを慰める。
「昼間の葬儀のあいだは、あなたと会えなくてお礼が言えなかったけれど… あなたがお祖父様の最期を看取ってくれたのでしょう? ありがとう… それなのに、あなたを避けたりしてごめんなさいクロヴィス」
ピエールがクロヴィスと私が会うことを嫌がったから、なるべく会わないよう気を付けていた。
でもクロヴィスは私の護衛をはずれたあと、お祖父様がさびしくないよう、私の代わりに寄りそっていた。
そのうえアデルが結婚前にしていた、祖父の事業の手伝いもしていたらしい。
「旦那さまはオレの恩人だから当然だよ… それにお前は人妻なんだから、気やすくオレと会わないようにするのも、当然のことさ… 気にするな」
祖父を亡くしてぼうぜんとしていたアデルの代わりに、葬儀の手配や事後処理を、秘書や執事たちとともに全部クロヴィスがしてくれたから… アデルは周囲があわただしくする中、祖父との別れを悲しむ時間をえることができた。
「私にはもう… 誰もいないと思っていたけれど、あなたがいてくれて良かった…」
私のためにクロヴィスはたくさん怒ってくれた。
こんなに私を大切にしてくれる人を、私はピエールへの恋心で追い払ってしまったなんて! 2度と間違えたりしないわ!
けして嘘をつかないクロヴィスを、アデルは信頼し兄のように慕い… そして憧れていた。
「今夜は実家のガーメロウ邸に帰るとして… クソ野郎はきっと夫の権利を主張して、連れ戻しにくるはずだ…」
「ええ… だから、その前にやれることを全部しておきたいの… 明日の朝いちばんに、お祖父様の弁護士を呼ぶつもり」
クロヴィスの言葉で、アデルは感傷的になっていた気持ちを切りかえる。
「旦那様の遺産に関することだな?」
「ええ… それでね、クロヴィス? あなたはこれから、どうするつもり?」
クロヴィスはお祖父様が雇っていた騎士だから… それに私は1度裏切っているし…
アデルはおずおずと今後の予定をたずねた。
身代金がめあてで何度も誘拐されそうになったアデルを、クロヴィスは守りきった実績があり… 有能なクロヴィスを自分の護衛騎士に欲しいと思う、上位貴族たちは多いのだ。
「今さらソレを聞くのか…? お前はどうして欲しいんだ?」
「私のそばにいて欲しいわ?」
「なら、そうする! 当然だろ?」
クロヴィスは即答した。
「良かった」
アデルの顔に笑みが浮かぶ。
ホッ… と安心したのも、つかのま… 馬車がガタガタと激しくゆれだし、アデルは座席から転げ落ちそうになった。
「キャッ…?!!」
「……っ!」
とっさにクロヴィスがアデルを抱きしめ、座席のはしをつかみ身体をささえる。
激しくゆれた馬車は、不意にとまった。
馬車の外で男たちの怒鳴り声と、興奮した馬たちのいななきが聞こえた。
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